真実の愛(笑)
たった二日間とは言え、ポーレットをあのオッサン――失礼――から解放してやろうという、リョータの気遣いである。
「そういう気遣いって口にしないものだと思うんですが」
「そうか?」
「あと、そういう気遣いができるならリョータも是非「さて、うまそうな匂いがするな」
「リョータ、あっち!あっちで大きな肉を焼いてます!」
ルズベルの支店に滞在するというのは、宿代が浮くという意味でとても魅力的である一方、このように自由に街を散策というのがしづらい。
ルルメドとバンズは馬車で三日程度と近いので、大通りで見かけるような品物は似たようなものが多いが、一本入った裏通りの屋台で売られている料理はどの街でもその屋台オリジナルが多い。
つまり、隅々まで歩いて回らないと、隠れた名物を見逃してしまうことになる。
三人は見た目のインパクトや漂う香りに釣られて、あっちへフラフラこっちへフラフラと街歩きを堪能しながら二日間を過ごした。
出発当日、約束の時間にルズベル商会バンズ支店前で待ち合わせ。
特に気負うことなく店まで行くと、何やらもめているような声が聞こえ、思わず身を隠してしまった。
「ええ……」
「嘘ですよね?嘘ですよねえ?!」
「ポーレット、目の前の事実はしっかり受け入れような。んで、エリス、何を言い争ってる?」
「えっとですね……」
エリスが話している内容を聞いて、ものすごくイヤそうな顔で告げた。
「私たちも一緒に連れて行け、と」
「うん、意味がよくわからないね」
ルルメド王女、ロレッタの再来である。
「一緒に連れて行け、の理由は話してる?」
「ええと……よくわかりませんけど、私とリョータは婚約!リョータ?!」
「してないぞ」
「ですよね」
ずっと一緒にいたのにどういう隙を突いて婚約するのだとエリスを正座させて小一時間問い詰め……るのは可哀想だよな。問い詰めるのはあっちの王女様だ。
「何馬鹿なこと言ってんだ!と怒鳴り込みたいし、そもそも護衛の待ち合わせ時間だから行きたいけど、行きたくねえ!」
「私もです。あの人嫌いです」
「じゃ、ポーレット、代表して行ってくれ」
「はい?」
「門のところで待ってるから」
じゃ、とこの場をまかせようとしたが、素早く二人のバッグをつかんで引き留められた。
「待ってください!あそこに私だけとか、ひどすぎませんか?」
「ぐうう……」
確かに、ポーレットには荷が重い事案か。
「ではどうする?」
「リョータ、まさか?」
「エリス、基本的な方針は揺らがない。あの王女様とは距離を取る。と言うか、今後関わりたくない。そのためにはどうすればいいか考えようってこと」
エリスが「よかった」とホッとする。ええ……あの王女様にお近づきになりたいように見えたのかな?まあ、あの妙なテンションのアプローチは油断したら押し切られそうだよな。
「ということで、どうやってうまくこの場を乗り切るかを考えよう」
「この場を乗り切る?」
「そう。今後一切関わりたくないという方針は変わらないが、それをストレートに言って聞くように見えるか?」
「「見えません」」
「だろ?となると、下手なことを言ったらごねて時間ばかり過ぎていくことになる。ハヴィンさんたちにしてみれば、関係ないいざこざに巻き込むなって話で出発が遅れるのは避けたいはずだし、下手すると依頼失敗扱いになりかねない」
「うーん……でも、何をどうすればいいのやら、ですねえ」
「あの王女様って貴族学校に通っているって話でしたよね?」
「そうだな。どういう所かはわからんけど」
「それなら聞いてます。確か三年か四年、貴族や王族の子が通う学校だと」
「なんで年数が曖昧なんだ?」
「コースがいくつかあるそうです。騎士とか文官とか。そのコースで年数が違うとか」
「ふーん」
そのコースをどうやって決めているだろうか?入学時点で決めているのかな?
「それで、三年か四年通うとして、あの王女様は?」
「あと二年は通うそうです」
「ふーん……となると、貴族学校を卒業してからが本格的に王族として働くと言うことか?」
「多分」
「それじゃ、こういうのはどうだろう?」
今は時間が惜しいのであまり凝った案を考える余裕はない。それでも、最低限の作戦を共有したところで、ルズベルの支店へ向けて歩く。
「おはようございます」
「おはようございます!リョータさん!何とかしてください!」
オッサンにすがりつかれるとか、誰得だよ。
「ええと……一体何がどうなっているのですか?そもそもどうしてここにロレッタ様が?」
白々しく応じると、ロレッタがこちらを見てキッと表情を固くする。
「リョータ様!私に対して「様」も敬語も不要ですわ!」
「そういうわけにはいきません。あと、私に対して「様」をつけること自体がそもそも間違いかと思います」
「いいえ。リョータ様は私の婚約者。すなわち私にとっては主人となる方。敬意を持って接するのは当然ですわ。それに……その……呼び……呼び捨ては……ふ、二人きりの時だけで……と」
頬を染めながらモジモジととんでもないことを言うなあ。
「念のための確認ですが、私とロレッタ様は婚約していないのでは?先日の謁見でも王様から否定されたはずです」
「いいえ。あれは父が悪いのです」
王様が悪い発言とか、即首が飛びそうなんだが、大丈夫か?
「私は王女、王族です」
「はい」
「ですので、結婚する相手を自分で選ぶことは出来ません」
よくわからんけど、貴族とかってそういうものらしいからな。
「ですが、私は真実の愛を見つけたのです」
見つけてないと思います。
「ということでリョータ、私もあなたの旅に同行しますわ!」
ごめんなさい。どこをどうしたらそういう結論になるのか説明して……いや、話が長くなるからいいや。とりあえず王女様の意向がどういうものかよくわかったので、あとはこちらの理屈を合わせて返せば大丈夫そうだ。
「残念ながら、そのお話はお断りさせていただきます」
「何でですの?!リョータ様は私の何が気に入らないというのですか?!」
何もかもとは言わないが色々と、と答えたいのをグッとこらえつつ、密かにハンドサインを出してエリスたちを王女様付きの侍女さんたちへ向かわせる。念のための口裏合わせだ。
「理由はとても単純です。ロレッタ様は……とても中途半端なのです」
「え?」
「ロレッタ様はまだ貴族学校に通われているのでしょう?」
「え、ええ。しかし!貴族学校は婚約成立……その、結婚となれば途中でも「ダメです」
「え?」
「私の隣に立つおつもりでしたら、キチンと卒業してください」
「うぐっ!しかし、それではあと二年も!」
「たった二年です」
「え?」
「たった二年ですよ?」
「わ……わかりました」
「ただし、ただ卒業するだけではダメです」
「え?」
「今の私の状況はよくご存じでしょう?」
「え、ええ」
「二年あれば、私はSランクになっていてもおかしくない」
「Sランク……確かに」
なるつもりはないんだが。
「さて、少し考えてみてください。私がSランクになったとき、その隣に立つ者にはそれ相応の資質が求められると思いませんか?」
「た、確かに!」
そんなことはないと思うけどな。
「と言うことでロレッタ様。首席で卒業してください」
「え……」
少女マンガでショックを受けた人物が背景黒&白目になったような感じになった。
しっかり確認したわけではないが、多分この王女様、成績がかなり悪いのではないか?
普通、王族なら婚約者が決まっているか、候補が数名絞り込まれているかという年齢だろうに、そんな様子がない。多分王様が情勢を見極めようとしているのか、お馬鹿すぎてどこに嫁がせても何かのトラブルを引き起こしそうで二の足を踏んでいるかのどちらか。あるいは両方か。




