プスウィのこと
「まさか……」
こちらをギロリと睨んできたが、ここで「何もありませんよ!何も!」と否定するのは……それはそれで藪蛇か?だが、何も言わないのもそれはそれで「既成事実ですから手遅れですし」と捉えられそう。
どうすりゃいいんだこれは。
「おいおい、答えないってのは」
なんで勝手に修羅場になっていくんですかねえ。
というか、この手の回答って「正解は沈黙」じゃダメなんですか?
なんとか説得できたというか、誤解だとわかってもらえ、解放された。今まで積み上げてきた誠実さって大事だな。
「お疲れ様……なのかな」
「え?」
城から冒険者ギルドに戻ったら、マシューさんが意味ありげにこちらを見る。
「本当に何もなかったのかい?」
「え?俺、まだ疑われてるんですか?」
「フム……どうやら本当に何もなかったみたいだね」
「え?え?」
「今ので、嘘を言ってないってのはわかったよ」
ええ……「この味は!……ウソをついている『味』だぜ……」みたいな感じの判定?
「これでも人を見る目はあるつもり。こうして正面から目を見て話せばわかる」
「なるほど」
謁見の間では並んで立っていたから目を見て確認できなかったと。
「心臓に悪いです」
「おや?もしかして?」
「疑われ続けるって、気持ちのいいもんじゃないって意味ですよ」
「それもそうか」
パンと手を打って立ち上がり、棚から丸められた紙を持ってきた。
「さてと、王様絡みの話はこのくらいにしておこう」
「ん?」
「君たちのこれからの話だよ」
そう言って机の上に広げられたのは、ルルメド周辺の地図だった。
「君たちはこの先も南へ向けて旅をするのだろう?」
「ええ」
「ルルメドの南プスウィについて、知っておくべき事を伝えておこうと思ってね」
「知っておくべき事?」
「そう」
え?なんか、ストムみたいに面倒なところだったりするのか?
「ハハ……心配かい?」
「え、ええ」
「大丈夫。プスウィ自体はごく普通の国だよ。面倒な法律があったりとか、冒険者ギルドが機能していないとかそう言うことはない。ただ、地形的なところで色々と、ね」
「地形?」
「うん。これを見て」
見てもさっぱりわからんな。普通の地図だろ?
「プスウィは南北の長さという意味では広い国ではない。ここが王都で、ルルメドの国境からそれほど遠くもない。私は歴史に詳しくないのだけれど、昔は一つの国だった時期もあったらしい」
「へえ」
「二つの国に別れた理由はよくわからないけど、さっきの王様の話にもあっただろう?プスウィで活動していた時期もあったって」
「確かにそんなこと言ってましたね。あっちにいたときにルルメドが大変なことになったって」
「そう。国同士の関係が悪かったら、そんな事態が起こった時点で彼はあっちで拘束されてもおかしくないだろう?」
「確かに」
「だから国同士の関係は良好と言っていいし、治安もごく普通だね。もちろんルルメドもプスウィも街の隅にはスラム街があるし、裏稼業に手を染める者も一定数いる。けど、そんなのは人間が集まって生活すればどうしたって出てくるもの。そういう意味ではごく普通の国だよ」
「俺としては冒険者が迫害されるような国でなければ何でもいいです。な、エリス?」
「はい」
「ハハッ、ストムみたいな国は大陸中見ても珍しいはずだよ……っと、そうだ。そのストムだけどね、最新の情報、聞きたい?」
「聞きたくないです」
もう二度と行かないぞ、あんな国は。だから聞かない。
「そう言わずに。つい昨日入ってきたばかりの情報。ストムの南側チェルダムと東側モンブールがほぼ同時に攻め入った結果、王城を包囲。冒険者だけでなく、いくつもの種族差別や一般的には違法行為に該当するような蛮行がまかり通っていたことを確認した上で王族と上層部を一斉に処刑」
「ええ……それってストムがなくなったって事ですか?」
「そうなるね。んで、チェルダムとモンブール両方の王族から程良い人物を選んで結婚。初代国王として新しい国家としてスタートすることになったそうだ」
「ということは、もうストムを行き来するのに制約はなくなったと言うことですか?」
「そうなるね。とは言え、元々が魔の森に面していない地域だし、チェルダムヘ向かう道もとにかく何もない荒野。冒険者にとって旨味があるかというと難しい場所だねえ」
魔の森からながれたらしい海の魔物とか、積極的に相手をしようとする奴は頭がおかしいだろってレベルのがわらわらいたからな。そう思ってエリスの方を見ると、ブンブンと首を振って拒否している。エリスがいたからまともな戦闘になったが、あれはあれで結構ギリギリの戦いで、エリスも二度とやりたくないという意思表示だな。
「さて、話がそれたけど、プスウィの件。この地図を見て欲しい」
うん、話しながら見ているけど……特にどうと言うことのない地図だよな?街の名前が書かれているのは有り難いが……
「まず、ルルメド国内を見て欲しいんだけど……これが街と街を結ぶ主要街道で、こっちが海沿いの村を繋いでいる街道」
「ええ」
「で、この海沿いの街道はプスウィに入るとなくなる」
「おお……って、なぜです?」
「プスウィに入った辺りから、海岸線がグッと東側に延びているだろう?」
「そうですね。ちょっと変わった地形だなと思いましたけど」
海岸線がデコボコしているのはごく普通のこと。そして、こんなふうに突き出しているのも、珍しいと言うほどでもない、と言う程度。
「この辺りからプスウィになっていて、ルルメドからの主要街道はそのまま南下していく。いっぽうでその主要街道の東側、つまり海側は鬱蒼と生い茂る森。通称ジアン大森林」
「ジアン大森林?通称?」
正式名称じゃないんかい!
「正式名称は多分あるんだろうけど、知る術がないというか知らされていないというか」
「誰か……プスウィ以外の誰かがそのあたりを治めている、とかいう話ですか?」
「ご名答。ジアン大森林は……エルフの住む森だ」
思わずポーレットを見たが、一瞬キョトンとした顔を下の地にブンブンと首を振った。
「知りません!何も知りませんよ!」
「安心しろ。期待してなかったから」
「それはそれでひどいです」
期待してたらガッカリして今以上にポーレットの評価が落ちるんだが、いいのか?
「えっと、エルフが住む森ということですけど……その、俺、エルフには詳しくないんですが、エルフってその森にだけ住んでいるんですか?」
「まさか。あちこちにエルフの住む村はあるよ。ルルメドにもある」
「へえ」
「例えばこことか。確かここにも住んでいたかな。エルフ以外も住んでいるけどね」
「へえ」
いくつかの村を指しているが、ここより北方面。エルフを見に行きたいというミーハーでもないので行かないけどな。
「私も詳しい話は知らないんだけど、大陸の東部と北部で暮らすエルフの大半がこの森にルーツがあるそうだ。この森出身だったり、森出身のエルフから生まれていたりといった具合に」
「と言うことはポーレットも?」
「えっと、父親がエルフだっけ?」
「はい」
「可能性はあるね。と言っても、この森にルーツがあるというのが本当かどうかさえわからないんだけど」
「ふーん」
ラノベにありがちな流れだと、ポーレットの父親を探すべく森に入る、と言う流れもあるだろう。が、肝心のポーレットに父を探したいという意志がない。生まれてすぐに母とポーレットを残してどこぞへと消えたという話は聞いているが、じゃあ父に会いたいかというと、顔も覚えていない者に会って何をどうするのだという話。それに名前すらも知らないのだから、探そうにも探しようがない。




