キャロルの紅茶
何だかんだでギルドが落ち着くまでに四日かかった。
その間に工房へ何度も足を運び、ドラゴンの素材を収納。
三日目から魔の森への立ち入りも解禁されたので、何度かホーンラビット狩りをした。まあ、勘が鈍らないように、という名目だが。
「興味本位なので答えなくてもいいですけど、その素材、どうされるんですか?」
「秘密です」
ケイトの疑問は当然だろう。リョータが受け取った素材は、そのまま買い取りに持ち込んでも大金貨が出てくるレベル。ギルドとしては不干渉としても、個人的に気になるのも無理は無い。
とは言え、現時点ではドラゴンの素材だけで作れそうな物が今ひとつだったので保留。もう少しいろいろと素材を集めなければならないので、「これを作ってこんなことを」と言う妄想だけは広がっていく。
ヘルメスの街を散策してみた感じだと、ある程度の素材は購入できそうだが、出来れば自分で揃えたい。時間もたっぷりあるからのんびりやろう。
そう決めてすっかりおなじみになったキャロルへ向かい朝食を頼む。そうだ、紅茶を頼んでみよう。
日替わりのサンドイッチは卵と野菜とハム。いつも通りうまい。リョータの比較対象がコンビニのサンドイッチというのが残念だが、全く引けを取らないと行ってもいいだろう。そしてスープを飲み干してから紅茶に手を伸ばす。
「香りは普通だな」
それほど紅茶に詳しくないが、この香りなら結構良いんじゃ無いか?何となく店の中にある壁掛け時計に目をやりながら一口飲んだ。
「おかしいな」
確か、紅茶を手にしたときには八時前だったはずだ。
「どうして十一時になってるんだ?」
当然だが紅茶は完全に冷めている。わずかに香りはするが。
「止めよう。これ以上は危険な気がする」
冒険者ギルドに戻り、いつもの部屋に。
さて今日はどうしようかと思案しながらベッドに腰掛けた瞬間。
「は……腹が……」
慌ててトイレに駆け込む。ギリギリセーフ。
何も出ない。デカい音は出たが。
何も出ないのだが、何かが出る気がして……音と気体が出続けるという謎の状態がずっと続き、リョータがようやく部屋に戻ったのは夕方になってからだった。
「支部長が言ってたのはこれか……」
二度とキャロルの紅茶は飲まない、そう心に決めた。
翌日はギルドの酒場で朝食にした。ここも実はそれほど悪くは無いのだ。
リョータが朝食を摂っている時間、他の冒険者達は張り出された依頼票を吟味しながら今日の仕事を決めて出かけていく。リョータが朝食を終える頃にはほとんど冒険者達は残っておらず、受付からは相変わらず紹介できる仕事が無くてゴメン、と視線で謝られるのが日課である。
今日はホーンラビット狩りにしようと決めて席を立つが、そう言えばロープが無かったと気づき、先に買い物に行くことにする。
ダルクの店に行き、ロープを購入。最近はホーンラビット狩りが順調なので、袋に入りきらないときにはロープで括ってくることも多いし、ロープはあって困る物でも無い。
店長の「ドラゴンスレイヤー御用達の店」という張り紙をしていいかという問いに苦笑しながら買い物を終えてギルドへ戻ると、受付のケイト――いろいろ忙しかったので午前のシフトになっていた――が、旅装した男性ともめていた。
「なんとかならないのか?こっちも困っているんだ」
「そう言われましても、ドラゴン討伐直後で出払ってしまっていまして……」
「ああ、くそ!」
ケイトと目が合った。
「あ、ちょっとお待ちください」
ポンと手を打つと奥へ入っていく。面倒事になりそうなので、こそこそと階段を上っていく。不審げにみる男な視線は気にしないことにした。
だが、階段を登り切らないうちにケイトから声がかかった。
「リョータさん……って、ちょっと待ってください。あの……」
……やれやれ系の主人公になったつもりで足を止める。が、視線を合わせるのが怖い。
「なんでしょうか……」
「今、お暇ですよね?」
「まあ、暇と言えば暇ですが」
「依頼一つ、やってみませんか?支部長の許可も下りました」
「はあ……」
ランクこそDになったが、ホーンラビット狩り、薬草採取の他は特にこなしたことがないので、いきなり何かをやれと言われても……と思ったが、その辺は大丈夫だと判断して声をかけたのだろう。
「どんな依頼ですか?」
「荷物運びです。近くの村まで」
定期馬車が無いとか、急ぎの荷物とかそう言うときの定番の依頼だ。だが、リョータはヘルメス周辺の地理に明るくない。大丈夫だろうかと詳しく聞いてみる。
依頼人である男性は行商人で、街から街、村から村へいろいろな商品を運び、売り歩いているのだが、ヘルメス近くの村でやらかした。少しばかり在庫を読み違え、村で必要な薬草が足りなかったのだ。普通ならどこかで仕入れて村へとんぼ返りするのだが、この先の村で約束があると言うことでそうも行かなくなってしまった。
薬草自体は高価な物ではない――何しろリョータが時々採取している程度のありふれた物だ――のだが、魔の森でしか採取できない上、これから寒くなっていく季節では欠かせない、風邪などに効く薬草。この世界では風邪で死ぬことも珍しくないことを考えると冬を迎える前にしっかり用意しておきたいのだが、ついうっかり他の薬草と間違えて数えていたために品切れになってしまった。村の人たちは、自分で街まで買いに行くからと言ってくれたが、それは行商人のプライドが許さない。必ず手配して届けると約束したは良いが、そのあとに約束があるのを忘れていたことを思い出し、冒険者による配達をしてもらおうとギルドに来てみたら冒険者が出払ってしまっていて、困っていたところにリョータがいた、と言うわけである。
「薬草を村まで持って行けば良いんですね?」
「ええ、そうです。あ、薬草はこれを。村の人からの代金は受け取らなくて大丈夫です」
そう言って、袋を見せてくる。やや大きいが、乾燥させてあるので重さはそれほどでも無い。
「村の場所とか教えてください」
「もちろんです。ここからだと歩いて二日ほどの距離です。今から出れば夕方に一つ目の村……ハマノ村に着くのでそこで一泊。翌朝出発すれば夕方には着くでしょう」
男はそう言いながら紙を広げて地図を描き出す。ヘルメスから出て北へ向かい、途中の分岐で北西へ。そのまましばらく行くと村が一つあるのでここで一泊。そこからさらに北西へ進み、途中で西へ。あとはそのまま行けば目的の村に着くという。
「この村にも初めて行くんですよね?だったらわかりづらいかも知れないので、これと……これ、あとこれが目印になるかな」
丁寧に、ちょっと目立つ形の木や岩などの目印を書き加えてくれた。
「あ、それならここにこれも書いておいた方が」
ケイトも少し描き足してくれた。これなら大丈夫かな?
「わかりました。引き受けます」
「ありがとうございます」
ケイトがきちんと手続きした依頼票を渡してくるので内容を確認。言われた内容との相違は無い。報酬は往復四日間と考えると妥当なラインらしいので、特に何も言わない。お金には困ってないし。
ケイトからいくつかの注意点……水や昼食を持って行くのを忘れないように、等を聞いてから部屋に戻り、いつも通りの支度をして受付に戻る。
「では行ってきます」
薬草の袋を背嚢に入れて、ケイトと商人に告げてギルドを出る。
さて、初めて街の外へ出る仕事だ。不安と言えば不安だが、新たな出会いとか発見とか期待も大きい。ワクワクしながらヘルメスの街を出ると北へ向けて歩き出した。




