ルルメドの王
やがて「時間です」と案内されて謁見の間へ。立派な絨毯が敷かれているものの、全体的には待たされていた部屋同様に、飾り気のない広間にこれまた飾り気のない玉座と、割とシンプルな装いの王様。
向かって右側には妃らしい女性が三名、反対側にはロレッタ様ともう一人の女性に、緊張からかカチコチになっている少年。多分、王女様たちと一番年下の王子様だろう。
中程まで進み、「ははーっ」という感じで頭を下げようとしたら、王様から声がかかった。
「ルルメドの王、ダニエル・ルルメドだ。此度は……うん、堅苦しいことは抜きにしよう。楽にしてくれ」
「は、はい」
とりあえず普通に立ってるだけでいいらしい。
白髪の男性――多分宰相とかそう言う立場かな――が紙を一枚王様に手渡す。
「ええと……リョータ」
「はい」
「Cランク冒険者、大陸西部ヘルメスで登録か」
「はい」
「そしてエリス」
「はい」
「リョータと同様、と。そしてポーレット」
「は、はひっ」
「そんなに緊張しなくていいぞ。ふーん、お前は北部の……借金奴隷だったのか……って、返したのにまた借金したのか」
「え、ええ……まあ」
「ま、どうでもいい。俺にとって冒険者というのは優秀か否かだけだ」
それはどうかと思う。優秀かどうかと言うのは時に運にも左右される話だから、と思ったが王様がさらに続けるようだし、下手なことは言わない方がいいな。
「俺の言う優秀というのは、真面目に取り組んでいるかどうかと言う意味だ。成果が伴えばもちろんいいが、地道にコツコツやれるのも才能だからな」
ほう、なかなかいいことを言う。
「ある程度実力のある奴はだいたいこう言うんだ。「たかがホーンラビット狩り」とかな。だが、そのホーンラビット狩りのおかげで人々の食卓が豊かになるんだと考えると馬鹿に出来ない、それが俺の考えだと言うことを先に述べておく」
日本にも「俺は自給自足して自分一人の力で生きている」と言う奴がいて、テレビが面白おかしく取り上げていたが、それを見ながら鼻で笑っていたっけな。自給自足とか言う割に、着ている服は既製品だし、食器やらなんやらの日用品はどこかで買ってきたものを使っていたりといった具合。もちろん移動の足は自動車があって、単純に日常的に飲み食いするものを育ててますとか、ソーラーパネルで電気を賄ってますとかいう程度で自給自足など片腹痛いと思う。本気で自給自足するなら、自分で綿花を育てて糸を作り、自分で布を作り、服を作るところから始めろと。もちろん服を縫うための針と糸もゼロから作って欲しいところだし、各種工具も打製石器からスタートして欲しい。そこまでやってこその自給自足だろうに、と。
つまり、人間が生活するというのは、そういう細々したものまで含めて誰かが用意したものを使っているのが普通のことであり、それをないがしろにしたり、見て見ぬ振りをしたりするのはおかしい。そしてこの王は、そうしたものもひっくるめて全部大事だと言い切っている。リョータはそう理解した。
「さてと、御託はこのくらいにして本題に入ろう。此度の巨大アキュートボア討伐、もしも対応が遅れたりしていたら街が一つ消滅しているような災害だったことは誰の目にも明らかだった」
ウンウンと王子様がキラキラした目でこちらを見つめながら頷いている件。こっちもこっちでなんか面倒なことになりそうな予感がする。
「一応事前に聞いてはいたが、念のための確認だ。冒険者としてのランクはそのまま。褒美は金。それでいいか?」
「はい。問題ありません」
「わかった。国からは一人あたり大金貨一枚とする。以上だが、何か質問は?」
「ありません」
「そうだ、一応教えておこう」
「なんでしょうか」
「今回の討伐、お前たちだけの力でなしえたものでないという認識はしているか?」
「それはもちろん」
壁で囲まれていなかったらどうにもならなかったし、槍を刺して電気を通すというのも、リョータたちだけでは出来なかったことだ。
「ユーフィ……コルマンドの支部長だが、コイツはまあ……業務の一環だからな。まあ、色々と考えておくか」
王様自ら考えるとか「公務員かよ!」と突っ込みたかったが、グッとこらえた。
「ああ、王都に呼び寄せてもいいかもな。ギルドマスターにしたっていいだろうし、結婚相手を探しているとか言う話もあったか。適当に釣り合いそうな年頃の貴族を紹介するのもアリか」
外堀を埋めていくタイプか?と言うか、冒険者ギルドの人事に口出しできるのか?ま、他人事だからいいけど。
「それと槍を刺したジャニエス。こっちは新しい槍を望んでいたのでな、国で一番の鍛冶師のオーダーメイドを出すことにしている。と言っても、他の仕事があるから五日ほど待ってくれと言うことになったから、そう伝えてある。リョータたちより少し遅れて王都に来て、改めて、と言うことになっているから、気にしなくてもいい……と言うか、そのくらいは既に手配しているだろうって予想していたような顔だな」
「え?顔に出てました?」
「ああ。と言っても、気付くのは俺くらいだ」
大勢いる場で言われたら身も蓋もないんですが。と言うか、どういう観察眼だよ。
「さてと、話は以上だ。俺としては街を救った英雄の面を拝めたから満足。冒険者ギルドとしては貴重なアキュートボアの素材を国に売れて満足。リョータたちは褒美をもらえて満足。そんなところか」
実にざっくりとした話だけでまとまりそうなところに噛みついた者がいた。ロレッタだ。
「お父様!」
「公の場では王と呼べと言われなかったか?」
「ならば、王!一つ確認したいことがございます!」
「言ってみろ」
「私を呼びつけた理由です!その……えっと……リョ、リョータと……その……」
「は?」
王様が「え?お前何言ってんの?」って顔になったな。
「こ、これだけの実力がある上に、品行方正な人物だなと、昨夜話していましたよね?」
「言ったな」
「なら!」
うーん、良くわからん話になってきたな。
昨日城に到着したロレッタたちは……おそらく夕食の場かなんかで俺たちに対する褒美の件とかが話題になったんだろう。で、その時にここに来るまでの間にあった出来事なんかを話して「優良物件です」とか言ったんだろうな。
で、事前に色々な資料に目を通していた王様が同意した。そんなところだろう。で、王様的にはそれで話はおしまいだったんだけど、ロレッタ的には「ということは……」と思っていた。そんなところか。
「あのな、普通に考えて王族とCランク冒険者じゃ釣り合いがとれないだろう?」
「ならばSランクに引き上げれば問題ないのでは?実績は充分でしょう?」
「いや、本人たちの意向以外にもラウアールのギルドマスターが「絶対にCランクより上にあげるな」って通達してるから上げないぞ」
「大陸の反対側でしょう?パパッとやってしまっても」
「会ったことはないがとんでもない女傑だと聞いているからな。下手に逆らうとはるばるここまでやって来て殺されかねん」
「そんなもの!王命だとひと言言えばいいじゃありませんか!」
「ならん」
「なぜですか!」
「詳しい事情はわからんが、他の国のギルドマスターも含め、ランクをCより上げないのはルルメドでも同様。ギルドマスターの決定事項だ」
「王命を覆せるような決定事項など!」
「そしてギルドマスターの考えは俺と同じだ」
「そ、そんなこと!」
ダン!と椅子の肘掛けを叩き、王様が立ち上がった。
「これ以上言わせるな」
「うう……」
「これは決定事項だ。王である俺と……ルルメドの冒険者ギルドのギルドマスターである俺の、な」
「「「「え?」」」」
今なんて言った?




