謁見の前に
そのままズンズン進み、ドリアルが左手の扉を開くと、中は戦場だった。要するに受け付けの奥なので、依頼完了とか買取とかの紙が飛び交い、「次、○○ギル、急いで!」「待て!これ足りないぞ」「違う!それは○じゃなくて△の分!」なんてやりとりが繰り広げられていた。
「ええと……いた。マシューさん!」
ドリアルが声を張り上げると、あちこちから回収した紙を両手に抱えた小柄な男がこちらへ来た。
「リョータたちを連れてきた」
「わかった。あっちで待っててくれ」
「了解」
言われるままに衝立の向こうに回り、並んで座って待っていると先程の男が「ふう」と大きく息をつきながら向かいに座った。
「ええと……ようこそルルメドの冒険者ギルドへ。私がギルドマスター……ならよかったんだけど、あいにく不在。副ギルドマスターのマシュー・フェロウズです。よろしく」
「リョータです。こちらこそよろしく」
「エリスです」
「ポーレットです」
「丁寧な挨拶ありがとう。えっと……アキュートボアの素材の運搬と、王女様護衛、そして王様呼び出しへの対応。君たち本当にCランクなの?」
「え、ええ」
「ははっ、ま、いいさ。ランクを上げるだけが冒険者の人生じゃないからね。実際私もEランク止まりだったし」
いいのかよ、それで副ギルドマスターなんてやって。
「私は事務方だからね。ギルドで何をどうするという、冒険者側のだいたいの流れを実際に体験するためだけに冒険者として登録しただけ。一応これでも貴族の端くれでね、こういう事務仕事、書類作成とか計算とかは得意なんだよ。四男だから家を継ぐこともどこかに婿入りすることも出来ないけどこうして安定した職には就ける。貴族の特権だね」
社会の闇だな。天下りって奴だ。
「さて、それはそれとして……お、届いたか?」
職員が一通の手紙を持って来た。
「ええと……うん、よしよし」
内容を確認するとこちらにも見せてきた。
「予定通りの到着だったから、予定通り明日、城で王様たちと謁見だ。こちらからの参加は君たち三名と、報告責任者という名目でジェロルドとドリアルの二名にギルド側の責任者として私が付き添う」
「ええと、時間とか」
「っと、ここには予定通りとしか書いてないか。全く、こういう所をしっかりして欲しいところだな。朝、城から馬車が来るので、それに乗っていけばいい。ええと、着る物は……そのままでもいいし、少しくらいめかし込んでくれてもいい。ドレスコードが気になるなら私でもそこらの職員でも捕まえて聞いてくれればアドバイスするよ」
一つ聞くと十も二十も返ってくる感じの人だな。聞き忘れがなくてありがたいけど。
そして、寝坊でもされたら困るからとギルドの奥にある職員用の部屋を一つあてがわれた。他の街から、ジェロルドたちのように出張してきたものが泊まるときの部屋で、結構広……くはなかった。四人部屋だから狭くはないが。
「とりあえず、メシかな」
「お腹ペコペコです」
「私、肉がいいです!」
「却下」
「そんなっ!」
そんなやりとりをしながら街へ繰り出す。
「リョータ、こっち。こっちからおいしそうだけど嗅いだことのない匂いがする!」
「よし、行ってみよう」
こういうときもエリスは有能だな。
そして翌朝、朝食を軽く済ませると、あまり袖を通していない服を選んで着込み、ギルドの受付前に。既に話を聞いているらしい、受付嬢が「うん、それなら問題ありませんね」と太鼓判を押してくれたので、そのまま待「おうおう、いつからここは子どもの遊び「スタンガン」
昨日とは別口か。
「やっぱりこの格好だと、お子様に見えるのか」
「あはは……確かにちょっとお金持ちの商人の子どもと言えば通りそうな感じですね」
冒険者の多くが魔の森に入る。魔物と戦う頻度に関しては、何をするか次第ではあるが、ほとんど魔物が出ないと言われるような場所であってもホーンラビットくらいは出る。そして冒険者というのは魔物と対峙したら、戦うか逃げるかどちらかを選ぶ。そしてどちらの場合でも汚れる。返り血だったり、泥や土埃だったり、時には自分や仲間の血で。
つまり、新品同然の服を着ている冒険者は登録したての駆け出しというのはだいたいの冒険者の共通認識として正しく、新人冒険者にからみたいベテランのいいカモになるのも仕方ない。
「万一、どれかの依頼を出した人物だったりしたら、どうするつもりなんだろうな」
「ああ」
護衛の依頼などを出し、受付で依頼を受けた冒険者と待ち合わせるのはよくあること。そんなところに絡んだりして、怪我でもさせたらどうするつもりなんだろうか。
「ぐぬぬ……」
「お、復活した」
「意外に早かったですねえ」
「一応は手加減してるよ。盗賊相手に撃つときの十分の一くらいの威力にしてある」
「思い切りやっても良いと思いますけどね」
「そう思うならポーレットがやっていいぞ」
「え、遠慮します」
二人とも電撃魔法の練習は続けているが、ちょっとバチッとする程度。いきなり食らわせたらびっくりするかも知れないけどね、と言う程度の威力をこの状況で使って相手を倒せというのは、無謀というものだろう。
「でもな、今なら練習にはちょうどいいと思うぞ。まだ復活していないし」
「ええ」
「やってみます……えい」
「はうっ!」
エリスが無邪気にバチッとやると、ひげ面のオッサンが身悶える。うんうん、汚い絵面だな。
「あの……あまり汚さないでくださいね」
「善処します」
受付嬢が結構辛辣だった件。
エリスが何発か食らわせたら、懲りたらしく這いつくばって逃げていった。もう二度とこんなことをするんじゃないぞと言おうとしたら、身なりの良い者が数名入ってきた。
「冒険者リョータというのは……君か?」
「はい」
出迎えご苦労、とか言えばいいのかな?
受付嬢が奥へ声をかけると、ギルド側出席者三名が出てきた。こちらもこちらで準備万端。特に副ギルドマスターのマシューさんはまさしく貴族という格好だ。
「さて、行こうか」
その声を合図に馬車へ乗り込み、しばらく揺られると城へ到着。立派ではあるが豪華ではなく、質実剛健という表現がしっくりきそうな部屋に通された。
「意外ですね」
「何がだい?」
「こう……美術品とか並んでいないので」
「そうだね。他の国はそうかも知れないけど、ルルメドはあまりそういう傾向はないかな。特に今の国王になってからはそれが顕著だ。城を飾り立てる金があるなら少しでも民のために、ってね」
「へえ」
感心するけど、ルルメドの国民ではないどころか、どこの国民かも特に決まっていない三人にとっては「ふーん」という程度で終わってしまう話だ。
「さて、昨日も話したけどおさらいしておこう。用件としては二つ。リョータたちへの褒美と、アキュートボアの素材買取について。素材の買取については私たちギルド職員で対応するし、そもそもの話もついているのでコレと言ったものはない」
「国として買い取りましたよ、というのを示すための場、って感じですか?」
「そういうこと」
要するに「コレを売ってくれ!」という商人へ牽制、つまり「いやあ、王様が買い上げまして」と答えるための証拠作りと言うことだ。
「で、三人への褒美だけど、本当にこれでいいの?」
「ええ」
一応事前に聞かれていたことでもあるから答えておいたが、お金をもらうだけとしておいた。
「ギルドとしては特例でSランクへ上げることも出来るし、国としては貴族として迎え入れることも出来るレベルなんだけど」
「お断りします」
マシューがうんうんと頷きながら続ける。
「一応最終確認だったけど、意志が固いことはよくわかった」
「何か無理難題を言われたときは助けてくださいね」
「大丈夫、その辺は調整済みというか、話はついているからね。ひっくり返されることはないよ」
それをひっくり返してくるのが王族とか貴族のような気がするけどな。




