ベッドの真実
翌朝、エリスが動き出すのに合わせてうん、と伸びをしてから起き上がる。体が少々ゴリゴリしているが、柔軟体操をすれば大丈夫。若いっていいね。
そして、時間的にも起きるにはちょうどいい時間なので、窓を開けて室内を明るくすると侍女さんたちも起き出した。あの狭いベッドで器用に寝ていたらしいのは感心するより他ない。
ポーレットは鈴を鳴らされてはたまらないと早々に階下に降りているようだな。この部屋で一番の早起きとは感心だ。
うん、王女様……毛布をはねのけて大の字とか、もうすこしこう……ね。
とりあえず見てませんアピールしながら廊下に出ると、ジェロルドとドリアルがもぬけの殻になっている隣の部屋を必死にノックしていた。そうだよね。ノックしても反応無しだと焦るよね。
「おはようございます」
「おはよう!リョータ、マズいぞ」
「その部屋から返事がないって事ですよね?」
「そうだ」
「その件について話があります。こちらへ」
「いや、それは……」
「大丈夫ですから。エリス、ここは任せる」
「ん。わかった」
エリスを残しておけば、ドラゴンがいきなり空から襲ってくるとか言う事態でもない限り大丈夫なはずと、二人を引っ張って階下に降りると予想通りポーレットが既に席に着いていた。
「おはようございます」
「ポーレット……先に起きてたなら二人に説明をしておいてくれてもいいんじゃないか?」
「あはは……うまく説明できる自信がないというかなんというか」
とりあえず朝食を人数分頼み、待っている間に事実のみを伝えておく。一部――毛布の臭いの件など――は除いて。
「そうか」
「はあ……まったく」
「すみません。夜中だったのと、報告に行くのも行きづらい状況でしたので」
「まあいい。何もなかったんだよな?」
「ええ。平和に朝を迎えました」
「……」
「……わかった。信じよう」
「俺、そんなに信用ないですか?」
「信用しているが、それはそれ」
「あとになって国王からイチャモンつけられないとも限らないしな」
「マジですか」
「国によって色々事情はあるだろうが、王族とか貴族ってのはだいたいの場合、無理難題をふっかけてくるもんだと思っておけ」
それは色々身に染みてるな。
「でも……何かあった、と言いがかりをつけるようなことをしたら、それはそれであの王女様が色々とマズいのでは?」
王族たる者結婚するまでは、という考えがあるかどうかわからないが、どこの馬の骨ともわからない冒険者と、というのは外聞が悪いはずだ。これがAランクとかならまだしもリョータはCランク。
リョータの面倒な事情を知らない者からすれば、充分な実力があるかどうかより前に、王族の相手をするには色々足りないという評価がされるはず。
「馬鹿、逆だ」
「え?」
「アキュートボアを仕留めるような冒険者を囲い込むにはいい口実じゃないか」
「あ」
逃げ場、塞がれてる?
「だ、大丈夫……ですかね?」
「わからん。あの王女様、ざっくばらんに色々話していて表裏がなさそうに見えるが、そういうふうに見せているとか、そういうふうに振る舞えという指示が出ていたとしたら……な」
「ええ……」
「俺たちも王族の人となりなんて詳しいことは知らんから、素の王女様がどんななのかわからないし」
「はあ……」
「ま、最悪の場合は」
「場合は?」
「覚悟を決めろ」
「どんな覚悟ですか」
「この国で一生暮らす覚悟」
「ええ……」
「安心しろ。王族ならそこらの平民よりずっといい暮らしが出来る」
「俺、現時点でも結構いい暮らししてるつもりですけど」
「それな」
もう少しアドバイスをと思ったが、王女様一行が降りてきたので話は中断。
今日中に王都に入る予定だが、少し距離もあるので早めに出ないと日暮れまでにつかないかも知れないからと伝え、最低限のことだけ伝えながら食事を済ませ、馬車に乗り込んでいく。最後にリョータがドアを閉めて御者台に行こうとしたら、王女に止められた。
「あらリョータ、こちらに乗らないの?」
「乗りません」
「どうして?」
「どうしてって……その」
「こんなに私にあなたの臭いをつけておきながら……どう責任を取りますの?」
やっぱりそう来ますか。というか発想が色々恐いです。
「お言葉ですが」
「私に意見など、平民には許されないのですが特別に許可しますわ。私とリョータの仲ですし」
「それがどんな仲かはわかりませんが、少なくとも俺の臭いが王女様についたりはしませんよ?」
「あら、おかしな事を。一緒のベッドに寝た仲なのに」
言い方!
仕方ない、種明かしをしよう。
「確かに、あの部屋の三つ並んだベッド、一番奥がポーレット、二番目が俺で一番手前がエリスにしよう、と言う話はしました」
普通の村の対して高いわけでもない普通の宿の壁なんて、耳を澄ませば隣の声はいくらでも聞こえるだろうから、こちらの話した内容を聞いていたのは想定通り。
「ですが、俺が寝ていたのは一番手前です」
「え?」
「あ、真ん中は誰も寝てません」
「は?え?どういう?え?」
寝ようとしたところでエリスに捕獲されて手前のベッドに寝ていたわけだが、それを言うのもな。と言うか、毛布が畳んだままとか、シーツに一切乱れがないとかそう言うところから気付かないのかね。
「え?じゃあ……まさか」
「え?と言うことは?」
侍女さんたち二人が急に焦り出す。
「そ、そんなはずはないわ!」
「あるんです」
「そ、それじゃあ……リョータとエリスはどこで寝ていたのよ?!はっ!まさか一緒のベッドに?!ふ、不潔だわっ!」
そのまさかなんだがそれをここで話すと話が終わらないので、そらしておこう。
「言ったじゃないですか、交替で見張りをするって」
「え、ええ」
「だからです」
「え?」
「だからまだベッドには入ってなかったんですよ」
「え……あ!」
そう、最初の見張り番だったから起きていた。ベッドに入ったら寝ちゃうから入ってなかった。と言うことにして押し切ろう。
「うう……そ、それじゃあ……」
わなわなと震えている王女様と対照的に侍女さん二人はどこかホッとしていた。そりゃそうだよな。リョータが寝ていたベッドに寝ていたのでは?というのはちょっと色々思うところもあるだろうからね。それが否定されたのならホッとするのは当然か。事実だけど。言わないけど。
「えーと、とりあえず馬車を出していいですか?」
王女様の表情が色々おかしな感じになってきたのでここらで話を切り上げさせてもらって扉を閉めるとエリスが手綱を引き、馬に合図を送る。
馬車が動き出すと、宿の主人一家が出てきて「お気をつけて」と見送ってくれたので手を振り返す。
よし、難局を乗り切ったな。
ポーレットには余計なことを話さないように言い含めてあるから、おかしな具合にこじれることもないはず。
さあ、王都はあともう少しだ。
馬車は何事もなく進み、昼の休憩に。
昨日からの流れだと、昼食をどうするかという微妙な空気になりそうだったが、そこは宿に頼んで用意してもらったパンとサラダに、炙った肉で済ませることでどうにか乗り切った。
渋るポーレットを馬車に放り込み、さあ出発しようとしたところで、声がかかった。
「お待ちください」
「なんでしょうか?」
「こちらに乗ってください」
「イヤです」
「そう言わずに!」
「そうですよ!」
ポーレットが便乗した。そんなに馬車の中はイヤか。




