王女様が恐いもの(?)
「とりあえず事情はわかりましたが、そうは言っても連れてきていない騎士を並べることも出来ませんし」
「はい。それは重々承知しております」
申し訳なさそうに侍女さんたちが頭を下げるが、当然王女様は頭なんて下げない。それどころかグッと胸を張り、とんでもないことをサラリと言う。
「と言うことで、不安を少しでも解消できるよう……この部屋で寝ることにするわ!」
「「「はあ?」」」
ええと……どうすりゃいいんだ?
と言うか、そもそも論としてそれはマズいでしょう。
「お言葉ですが」
「うむ、発言を許可する」
偉そうだな。
「この部屋は階段から近い位置です。もしも、万が一にも襲撃があった場合、最初に狙われる部屋になるのですが」
「構わん、と言っている」
「そうですか」
そう言われるなら仕方ないと、エリスとポーレットに目配せをすると、荷物を手に立ち上がる。
「ん?どこへ行くののかしら?」
「どうって……隣へ移動を」
「待ちなさい!」
「え?」
「隣へ移動とはどういうこと?」
「ええと……王女様たちがこの部屋で寝るなら俺たちはあっちへ」
「待って、なんでそうなるの?」
「え?だって一緒の部屋とかマズいでしょう」
もちろん、何もしない自信はあるが、それはそれ。どこからどんな話に発展するかなんてわかったものでは無い。万が一にも、王女に悪い噂が立ったりした日には、「首を跳ねるか吊されるか、どちらか選べ」とか言われそうだ。
「いいえ、むしろ逆です」
「え?」
「護衛対象のそばにいるというのは鉄則ではなくて?」
「たしかにそれはそうですが」
「と言うことでここで寝ますので、引き続きお願い致しますわ」
そう言ってズカズカと真ん中のベッド――エリスのベッドだ――に寝転がる。
「ではお休みなさいませ」
そう言って目を閉じてしまったのだが、これ、侍女さんたちはどうすればいいんだ?
「ええっと……」
「では、私たちはこちらのベッドで」
「へ?」
それはリョータのベッドなんだが。
「ちょっと待った!」
「へ?」
王女様がガバッと起きた。
「私、そちらのベッドにしますわ」
「はい?」
言うが早いか、ベッドの上で立ち上がり、ぴょんと跳んだ。
「ふむ……ええ、こちらですわ。ではお休みなさいませ」
なんで一旦毛布の臭いを嗅ぐんですか?と聞けるわけもなく。それ以上にそんな様子を見たエリスの顔が夜叉みたいになってるんですが、どうしてくれるんですか。あと、侍女さんたちもどうしてこっちを睨むんですか。俺が何をしたと言うんですか。
「で、では私たちはこちらで」
そう言って侍女さんたちはこちらをギロリと睨んでから当然のようにエリスのベッドへ。
特別ふくよかというわけでもなく、それどころかスレンダー寄りな体型とは言え、一人用ベッドに二人は窮屈そうなんだが、それでいいならいい……のかな。
「リョータ、どうする?」
「どうするったって……」
選択肢は三つくらいか。
一つ目、この部屋でそのまま朝まで。
二つ目、王女様と一緒の部屋なんてとんでもないので廊下で。
三つ目、廊下にいるのはそれはそれで邪魔だろうから、もともと王女様たちのいた部屋へ。
二つ目は論外だし、三つ目は三つ目で別な問題を引き起こしそうなので仕方なく、この部屋にとどまることにした。そもそも部屋を出ようとしたら文句言われたわけだしな。
とりあえず荷物の中から毛布を出して被り、明かりのランプを消そうと手を伸ばす。
仮に何者かが襲ってくるとしても真っ暗な中でそうそう動き回れるわけがないから何かしら明かりになる物を持ってくるだろうし、このくらいの暗闇でもエリスは普通に立ち回れる。俺?音のした方というか、エリスの指示する方へ電撃を撃つだけですよ。
そんなことを考えながらテーブルの上に置かれているランプの火を消す。
「待ってください!」
「うわお!」
何かあったのかとあわてて指をパチンと鳴らしてランプに火を灯す。
「明かりを消すんですか?」
「そりゃ消しますよ」
「そんな……それでどうやって護衛をするんですか?」
「大丈夫ですよ。暗くても音でだいたいわかりますから」
「でもでも!」
これ、もしかしてもしかすると?
「あの……もしかして暗いのが恐いとか?」
「そんなことありませんわ!」
「そうですか。ならいいですよね」
そう答えて明かりを消す。
「だから、なんで明かりを消すんですか!」
「え?いらないでしょ?」
「いります!」
ええ……
どうしたものかと思ったら、エリスがそっと寄ってきた。
「リョータ、実はついさっきまで隣の部屋で同じようなやりとりが」
「なるほど」
そっと侍女さんたちの方を見ると……おい待て、なんでこっちから視線をそらすんだよ。じーっと見ていたら、さすがにいたたまれなくなったのか、もそもそと体を起こした。
「大変申し上げにくいのですが」
「だいたい予想してるから、ぶっちゃけてください」
「真っ暗なのが恐いのです」
「やっぱり」
「そんなことありませんわ!」
はい、本人からの否定が入りましたよ、と。
「では消しても大丈夫ですね」
「そ、それは!」
「それは?」
「その……えっと……よ、夜中に」
「夜中に」
「夜中にお手洗いに行きたくなった方が転んだりしたら危ないじゃないですか」
全員トイレは済ませてますけどねえ。あと、あなたはさっき行ったばかりですよねえ?
「あ、あと」
「ん?」
「その……お……お……」
「お?」
「お化けが出たり、とか」
「出ませんよ」
「出ますわ!」
「出ないってば」
一応、アンデッドモンスター的な魔物がいるという話は聞いているが、見たことはない。基本的に魔の森やダンジョンで、比較的五体満足な状態で死んだ者が濃密な魔素により勝手に動き始めるというものらしく、リョータとエリスはもちろん、冒険者としての経験の長いポーレットも見たことがない。
いわゆる異世界ものでは定番な魔物だが、この世界では結構レアらしい。なので、ベテランの冒険者でも「え?お前ゾンビとか見たの?すげえな!」というやりとりがあったりする。
そして魔素の薄い外では動くために必要な魔素をすぐに使い切ってしまうのでアンデッドは動けなくなる。
だから、お化けというのは実在するけどこんな村の宿に出るなんて事はない、というのが冒険者たちはもちろん、だいたいの大人の間では常識になっている。
が、子どもの夜更かしとかいたずらを止めさせるための手段として「お化けが出るぞ」は有効で、そういったことを扱った絵本も普通にある。
そして、王族とか貴族の家にあるそういう絵本は、得てして絵がとてもリアルというか、アンデッドの姿がとても恐ろしい姿で描かれているという。何しろ、成長してから「向かうところ敵無し」とまで言われるほどの勇猛果敢な騎士になるような人物でさえも幼少期はその恐ろしくリアルというかグロテスクな絵を見て、夜中に一人でトイレに行けなくなっていたというのだから。
「はあ……わかりましたよ」
仕方ないので明かりはそのままにすることに。何、これも今夜一晩だけの話だしな。




