王女様は不安
「だいたい……その、あれですよ。女性二人と一緒の部屋とか……何を考えているんですか?」
特に何も考えていないというか、それが当たり前になっているというか。
「だいたいその……未婚の男女が……えっと……つまり」
「何もないぞ」
「え?」
こうなったら口から出任せでいってやろう。
「あなた方の護衛を引き受けるにあたって、一番注意しなければならないのは夜。寝ているときの警戒というのはとても大事です。それはわかりますか?」
「ええ、もちろん。暗殺といえば寝込みを襲うものですからね!」
そうなのか?知らんけど。
「夜の警戒といっても全員が夜通し起きているなんて事はしません。交替で警戒するんですよ」
「それでも同じ部屋にいる必要はないでしょう?」
「いいえ。交代するときに廊下を歩き回る必要がなくなりますし、何かあったときにすぐに寝ているものをたたき起こして行動に移れます」
「あ」
「それに廊下と部屋を行ったり来たりというのは警戒している箇所が特定されやすいんです。と言うことで、そういう交代の様子を気付かれにくい同じ部屋、というのは都合がいいんです」
実際には村自体で見張りを立てているし、宿の出入り口は施錠される上、ある程度護衛対象である部屋の周囲に糸を張って触れたらすぐに鈴が鳴るというくらいの仕掛けを仕込んで全員寝るけどね。
この鈴、ごく普通に街で売られているただの鈴だが、どういうわけかエルフにとって不快な音がするらしく、エルフの血を引いているポーレットもこの音がすると飛び起きるので目覚ましにはちょうどいい。
「じゃ、そういうことで」
「待ってください」
説明&説得を終えてそれぞれの部屋に戻り、寝ようかと思ったらポーレットから待ったがかかった。
「せめて鈴を変えて欲しいです」
「え?」
一体何を言い出すんだとエリスと顔を見合わせてしまった。
「その……えっとですね」
「うん?」
「いつ鳴るかと思うと気が気でなくて、寝付けません」
「そうか……なら、寝ずの番ができるな」
「そんなあ」
必死に「他のことならなんでも言うこと聞きますから、この鈴だけは」とすがり付いてくるので、仕方なく鈴を交換する。
と言うか、「なんでも言うことを聞く」とか言っているが、お前は俺に借金のある奴隷だから言うことを聞くのは当たり前なんだけどな。何だかんだで色々と気が利いて役に立つからあえて何も指示を出さないけど。
「じゃ、これに替えておく」
「はい」
普通に鈴が鳴ればエリスは飛び起きるが、寝ぼけているポーレットを叩き起こすのは面倒だから用意した鈴だったんだが仕方ない。と言っても、枕元に吊しておくのだけは承諾させる。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
こらこらエリス、明かりを消して早々にこっちに移ってくるのはやめなさい。
――チリン
「っきゃあああ!」
「うわっとぉっ!」
二時間ほど経った頃、ポーレットの悲鳴で目が覚めた。
「エリス、何があった?」
「隣の部屋、ドアが開きました」
「状況は?」
「えっと……お手洗いに行ったようです」
「そうか」
しばらくすると、廊下を静かに歩く音がしてドアが静かに閉じられる音が聞こえ、同時にチリンと鈴が鳴り、
「あばばばばばば……」
ポーレットが悶えだしたので、布で口を塞ぐ。夜中に騒ぐなと。
うん、鈴は替えたよ。替えたんだけど、同じタイプの大きな――つまり大きな音がする――鈴だとは言ってなかったな。まあ、いいか。
ちなみにこの鈴、エルフに対して何か思うところがある者が嫌がらせ目的で作っているわけではないらしい。それどころか、エルフたちが自分で作り、自分で作れない不器用者あるいは、作っている余裕がない者のために、そして比較的細工が綺麗で装飾品としての価値もそこそこにあるという理由で店に卸され、売られているものだ。
エルフ自身がこんな物を作っている理由は単純で、自分たちが野営などをする際についうっかり寝てしまったりしたときの保険、らしい。
要するに自分たちの眠気覚ましにひどい音がするようにしているのだが、どういうわけかハーフエルフにはさらにひどい音に聞こえるという謎の効果があり、ちょっと鳴るだけでポーレットが悶えるという事態を招いている。
「エリス」
「はい。特に問題はなく戻ってきましたね」
「そうか……寝る前に行っておけよと言いたいな」
「そうですね……あの」
「ん?」
「一人じゃ恐くて行けないから、ってお付きの方に」
「完全にお子様じゃねえか」
――チリン
「っきゃあああ!」
「うわっとぉっ!」
一時間ほど経った頃、ポーレットの悲鳴で目が覚めた。
「エリス、今度はなんだ?!」
「えっと……廊下に出てきています……あ、この部屋の前に来ました」
コンコン
「はあ……仕方ない。エリス、明かりをつけてくれ」
「はい」
失神しかけているポーレットの姿があまりにもみっともないので、頭から毛布をかけて隠し、ノックに応じる。
「どうしました?」
「開けろ!」
「はいはい」
ガチャリとドアを開けると、その拍子にまた糸が揺れて毛布の下で痙攣しているような動きが感じられるがとりあえず気にしないことにする。
「どうしました?」
「えっとだな……入るぞ」
「はあ……どうぞ」
王女の後ろには叩き起こされたのだろうか、侍女二人もついてきていたので、おかしな事にはならないだろうと招き入れ、隅に置いていた椅子を引っ張ってきて薦める。
「その……なんだ……不安で」
「不安?」
「そう、不安で不安で」
「はあ」
何が不安なのかを聞く気はない。多分キリがないから。
「それで……その、先ほど……えっと」
「お手洗い」
「え?あ……あの……気付いていたのか?」
「あえて様子を見に行ったりはしてませんけどね。一応周囲に何もないかどうかは確認していました。ただ、寝る前に行っておいて欲しかったところではあります」
「す……」
「す?」
「すごい!」
「え?」
「気付くかどうか試してみて、特にこちらに来る様子がなかったので、大丈夫なのかと思ったのに!ちゃんと気付いていたなんて!」
「え、ええ……」
勘違いしているが、まあいいか。
「それで……その……」
「あ、はい。えっと……恥ずかしながら」
寝る前のあの「ザ・高飛車」と言ってもいい態度からは想像も出来ないほどしおらしくモジモジしていてもどかしい。さっさと用件を言って欲しいんだが、急かすのも悪いのでおとなしく待つか。
「さっきも言ったとおり、不安でして」
「不安?」
「はい……えっと……いつもとその……勝手が違って」
全くわからん、という視線を後ろに控える侍女さんたちに向けたら、一人がスイッと一歩前に出てきた。
「僭越ながら私から説明を。普段……と言うよりも通常、王族が移動する場合は護衛の騎士を含め、結構な規模で移動します。もちろんお忍びの場合は違いますが」
「結構な規模ですか」
「ええ。少なくても十名以上の騎士がつきます。そしてこのように宿に泊まるということはほぼありません」
「え?」
もしかして、野宿?
「そうですね、この部屋と同じくらいの広さのテントを張りまして、周囲を騎士で固めて、というのが通常です」
「つまり、こういう宿で泊まるってのはスカスカすぎて不安になった、と?」
「はい。そして失礼ながら私たちも同じように感じております」
なるほどね。いつもと違うってのは不安を感じるもんだよね。




