王女様暗殺計画
「いいこと?これは我が国の騎士団では常識のことで、王家が懇意にしている、元Aランク冒険者の知恵でもあるから、よく聞きなさい」
「はい」
「食事に何かを混ぜられるとか、そういう危機感はなモガッ!」
多分こういうことなんだろうなという予感はしていたので、エリスに頼んで拘束&撤収。そのあとを侍女二人が慌てて追いかける理由は色々だろう。
一番大きいのは、仮にも王族の口を塞いで後ろ手に拘束しながら連れて行ったことに対しての抗議だろうけど。
「ぷはっ!一体何なんですの?!私を誰だと思っているんですか?!」
王女様たちの部屋に放り込んだら当然のように文句を言われた。
が、言わねばならない。
「食事に何かを混ぜるとか、デカい声でする話じゃないでしょうに」
「え?」
「もしも仮にこの宿の主人一家が毒殺を目論んでいたとしたら、「バレた」と考えて思い切った行動に出ますよ?」
「そう言えばそうですわね。迂闊でした」
「あと、そういう意図が全くなかったとしても、そんなことを言われたら気を悪くするのは間違いないでしょう」
「……はい」
とりあえずわかってくれたか。でも、この空気でこの宿の食堂は使えないよな。どうしよう。そんなことを考えていたら、「それはそれ」と言わんばかりの事を言い出した。
「それでも危機感がなさすぎです。昼の食事だって、私が二人に指示を出して毒を入れるとかそういう可能性を考えなかったのですか?」
どうやら随分危険な思想の持ち主のようで。
「そもそも俺たちを毒殺するつもりがあったんですか?」
「それはありませんわ」
「なら」
「私は危機感の話をしているのです」
いらだたしげにダンッと床を踏みならして言われてもな。
昼の食事の支度について言えば、ポーレットが遠目に見ながら確認していたし、そもそもの材料自体、リョータたちが用意したものしかないので、何かを混入させようとしたら三人が持ち込む以外には無い。そして、持ち込んだ様子がないことはエリスが確認済み。何かを持ち込んでいたら必ずリョータに教えているはず。
この監視をくぐり抜けて何かを仕込んでいるとしたら、すぐそばで確認していたとしても気付けない、超一流の仕事になる。
それと、この宿の食事に関しては、他の宿泊客と同じメニュー。同じ鍋で作ったものが出てくるし、テーブルまで運んだあとにどれを誰が食べるかはわからない。この状態で王女を害しようとしたら、ほぼ無差別に毒を混ぜるという恐ろしい所業になる。
少なくとも今までに確認できた情報から、この王女が王位継承権を巡った争いに、なんて流れは無さそうだし、貴族の派閥争いとも無縁の立場のようなので、仮に殺したいなら正面から来るのが筋ではないか、というのがリョータの見解だ。
「失礼ながら」
ドリアルがそっと手を挙げて発言をする。
「念のための確認ですが、食事に毒を混ぜられるような、つまり暗殺されるような状況におかれているのでしょうか?」
「愚問ね」
腰に手を当て、グッと胸を張りながら答える。
「私は王女よ。それだけで常に暗殺される危険があると言っても過言ではないわ!」
え?マジで?と左右を見るが、ギルド職員的には「そんなことはないと思うが」という感じだし、彼女の後ろに控える侍女二人は視線を合わせようとしない。
これって、勝手にそう思ってるだけなのか?
「あの、王女って命を狙われるものなんですか?」
「何も知らないのね?王女っていうのはそういう立場なのよ」
「ものを知らない平民なので教えていただきたいのですが、どうして命を狙われるのですか?」
「フフン、平民にはわからないでしょうけれど、貴族同士の権力争いってのはそういうものなのよ」
ええと、つまりあれか。王位継承権的なアレか。
「ルルメドって、王位は……」
「男子だけだな」
うん、そういう話、聞いたよな。
「王女が誰かと結婚して、男の子が生まれた場合は……」
「あまり詳しくないが基本的に継承権はないはずだ」
「いよいよ誰もいなかったときに、と言う話だったはずだぞ」
一応現時点で幼いながらも第一王子がいるのと、現国王の弟とその息子まで合わせると五、六人いるらしいので、余程のことが無い限り王女の息子に継承権は出てこない。ましてやまだ結婚相手の話すら出てきていない第七王女。
貴族間のつながりの調整という政略結婚はあるだろうが、嫁いだ先がとんでもない影響力を持つようになることはまずない。と言うか、そう言うことが起こらない先に出されるだろう、とドリアルが言うと、機嫌が悪くなった。
「そんなことないわ!だってそうでしょう?緊急で私を呼び出すくらいなのよ?!」
うーん……平民でも「チチキトク、スグカエレ」はあるんと思うんだ。
「そういうわけで、あなた方の危機感のなさは見ていてあきれたわ!しっかりしなさい!」
支離滅裂というかなんというか。どう答えようかと思っていたらジェロルドがひと言告げた。
「我々が危機感をあらわにしていたら、それこそ相手の思うつぼではないですか?」
「えっ?」
「常に警戒している相手を襲うのは意外と簡単なのですよ」
「そ、そうなの?」
「ええ。Sランク冒険者と言えど、何日間も最大限の警戒を維持することは困難。どうしても気の緩む瞬間は出てしまいます。するとその隙を突かれるのです」
「そうよね。だからこそ危機感を」
「逆です。警戒していないように見せることで、襲う側を躊躇わせるのです」
「そ、そうなの?」
「ええ。これは高度な心理戦ですよ。「あれは警戒しているのだろうか?それとも?」と、どちらにでも取れるようにすることで襲う機会を与えない。そういう護衛の仕方もあるのです」
「本当に?だって、食事が」
「護衛する対象にそれを気付かせないのも大事です。食事に関しては、あまり言いたくなかったのですが、全てチェックしていましたよ」
「ホントに?」
「ええ。何かを混入したらすぐに気付くようにしていましたし」
そして、意味ありげにピッと指を一本立てる。
「実は昼の食事も、私とリョータだけは違う物を食べていました」
「え?だって、一緒の鍋からよそって」
「ええ、受け取りました。でも、それを食べたのを確認しましたか?我々は常に一食二食程度の保存食を隠し持っていますので、さっとすり替えるくらい、簡単なんです」
「嘘……すごい」
嘘である。
「と言うことで階下へ。食事にしましょう。大丈夫ですから」
「う、うん」
意外にもおとなしくなって、言われるままに食堂へ向かい席に着くとおとなしく食べ始める。もちろん、毒などは入っていない。この店独特の味付けは、「これちょっと苦手かも」という人はいそうな感じであるが、それもまた旅の醍醐味と言ってしまえばそれまでという程度。
「ふ……チョロいな」
「ジェロルドさん、聞こえますよ?」
「大丈夫だ。見たこともない野菜を前に目を輝かせているからな」
確かに俺もスープの中に入っている、ねぎ坊主にしか見えない形状のくせに、ブロッコリーみたいな食感の野菜には少し驚いたが。
「ルルメドだとこの村でしか栽培されてない野菜で、街で売られることもほとんどない野菜だ」
「へえ」
エリスがそのコリコリともモキュモキュとも表現しづらい食感が気に入ったらしく、おかわりを注文していた。村で売っているなら少し買っていこうかなと思っていたら、食事を終えた王女様がまだ納得いかない様子でこちらを見た。
「食事に関しては、ベテラン冒険者として名を馳せたお二方の意見で納得できましたが……そこのリョータでしたっけ?あなたはやはり問題ありすぎです」
ええ……




