王女様の話
「普通、領主のところに行ったりしないのか?」
「そういう深い事情まで突っ込んで聞けませんよ」
「それもそうか」
ではこれなら聞けただろうか。
「なんで王女様がノビロンにいたんだ?」
「それは簡単だ」
ジェロルドがルルメドの貴族の子が通う貴族学校がノビロンにあり、あの王女様は年齢的にそこに通っているハズだという。
「第七ってことは第六とか、王子とかは?」
「歳の離れた王女でな……あと、王子は」
「王子は?」
「あの王女様の五つ下」
「へ?」
ルルメド王家は一男七女で王子が末っ子だそうだ。一応、色々な法があって国王に男の子が生まれなかった場合にどうするかも決まっているのだが、それはそれ。男の子が生まれるまで頑張ったのだそうだ。
「王様って大変だな」
「それ、絶対に言うなよ」
「さすがに言いませんよ」
さて、あと確認しておくべき事は、
「王都に向かう緊急の用ってのが気になるな」
「一応聞いてみたが、答えられないそうだ」
「そりゃ秘密でしょうねえ」
「それがそうでもない」
「え?」
「あんな態度ではあるが、無理を通しているのは自覚しているらしく、話せる限りの事情を話してくれているのだが、王都に行く理由、つまり呼び出された理由については本当に知らないようだ」
「んー、下手に教えると、どこで漏れるかわからないから、とか?」
「その可能性はあるな」
「それって、王様が危篤とかそういう可能性が」
「その可能性は否定しないが、聞こえないようにしておけよ?」
食事の支度をしている様子を見るが、こちらの話には関心がないようだ。
「とりあえず、次の村まではさっきまでと同じ感じで行こうか」
「御者をまかせてしまって申し訳ないが」
「いえ、いい練習になりますので」
エリスは馬車の扱いにも慣れてきて、楽しくなってきたようだな。
「私!私も御者台に!」
「二人座るといっぱいなんだよ」
「えっと、アレですよ!リョータさんもずっと御者台でお疲れではないですか?」
「ポーレット、微妙に気持ち悪い口調だな」
「そ、そんなことはないですよ?私はいつもこんな感じです」
素直に言えばいいのにな。馬車の中の空気に耐えられないって。それでも交替する気はないが。
「失礼します。食事の支度が出来ました」
「お、ありがとう」
とりあえず、余計なことは考えない方がいいか。下手に色々考えるとフラグになりかねないし。
昼食は……普通だった。
侍女二人は冒険者よりは料理がうまいようだが、そもそも積み込んでいる食材が固いパンに保存のきく干し肉干し野菜の上、調理器具は鍋くらい。調味料は塩とコショウくらい。誰が作ってもだいたい同じ物が出来上がるのだから、期待はしていなかったというか、思ったとおりのものが出てきたと言えばいいのか。
二人とも、「王女にこんな物を食べさせるなんて」という申し訳なさそうな顔と、こちらを睨み付ける顔を使い分けていたが、こちらを睨むくらいなら最初からいろいろ用意してから乗り込んでほしいものだ。
食事を終えるとまた馬車で走り出す。
ポーレットが馬車に乗るのに抵抗したが、「さっさと乗れ」と押し込んだ。あと少しだから諦めてくれ。
そして日が暮れる頃、宿泊予定の村に到着。二軒ある宿のうちの一軒に三部屋取り、ギルド職員、リョータたち、王女一行でそれぞれの部屋に入る。
なお、部屋に入るときに王女がなぜかリョータを睨んでいた。それこそ視線で人を殺せたらいいのにと言わんばかりの眼力で。
「王女に何かやったっけ?」
「特に何もしてないと思いますが」
エリスも心当たりはないようだ。
「午後の馬車の中での話なんですが」
「ん?あまり面白くない話なら聞かないぞ」
「面白いかどうかは置いといて聞いてください」
「何があった?」
「しきりに「リョータは」「リョータは」と聞かれたんですよ。これまでの色々を」
「へえ」
この国の王族の覚えも良くなったか……嫌すぎる。適当にアキュートボアの褒美をもらって「ハイさようなら」が理想なんだけど。
「何を聞いてきたんだ?」
「とりあえず歳」
「お、おう」
「エリス、私との関係」
「関係……」
「とある目的のために共に行動しているパーティですと言っておきましたよ」
「よくやった」
「そんなはずないでしょう、って否定されました。私、あの王女様からはとんでもない嘘つきだと思われてるみたいです」
日頃の行いだな。
「事実を事実として伝えているんだよな?」
「ええ」
「で?睨まれる心当たりは?」
「その……不潔だと」
「不潔?」
「エリスだけでなく私とも一緒の部屋に泊まるなんて、と」
「うーん」
それぞれの事情はあるものの、三、四人のパーティの場合に宿で同じ部屋を取るのは珍しいことではない。ほとんどの場合、一人あたりの宿代が一人部屋より二人部屋、二人部屋より三人部屋、と言った具合に安くなっていくから。
それにこうした村も含め、冒険者たちが利用するような宿では、部屋の数も少ない。そんなわけで中に布を吊って仕切に出来るようにしている宿も多く、実際ここもそんな感じ。
と言っても、リョータとエリスの場合、仕切があってもいつの間にかエリスがベッドに潜り込んでくるのであまり意味はないのだが。
「ま、明日王都に着けば終わる話だな。王様に謁見するときに同席するかも知れないけど、何か話すと言うこともないだろうし」
「それは私もそう思います」
と言うことで、とポーレットがグッと両手を握りしめる。
「明日は私が御者「リョータ、明日も一緒に御者台で馬車の練習しようね」
「おう」
「私の意見?!」
「諦めてくれ」
明日いっぱいの辛抱だと諦めさせつつ、夕食のために階下に降りると、ギルド職員vs王女&侍女二人で険悪な空気になっていた。
「どうしても、なんですか?」
「だから、そう言ってるじゃないですか」
何を言い争っているのか、だいたい予想がつくと言うか、これ以上聞きたくないので、回れ右をする。一応手持ちに保存食が色々あるのでそれですませよう。
「お待ちなさい!」
ダメだった。
「あなた方の意見も聞く必要があります」
「ええ……」
「いいから早く!」
仕方ないので、現場へ向かおうとすると、エリスがチョイチョイと裾を引っ張る。
「食事がマズいって不満みたいです」
「了解……って、解決する方法がないな」
せいぜい「王女様、これが下々の者が普段口にしている物です」と言うくらいか?火に油になりそうだけど。
「ええと、何を答えれば良いのでしょうか?」
「食事についてです」
「食事……お口に合いませんでしたか?」
「そうではないわ!」
これが下々の、と続けようとしたところで遮られた。
「あなた方三人、曲がりなりにも冒険者でしょう?」
「ええ、そうですけど」
「そしてそちらの二人はギルド職員という立場ですが、五人揃って、私たちの護衛という立場なのでは?」
「そうですね」
破格の報酬を提示されているが、それはただの馬車代ではなく、護衛の代金も含まれている。そして、ややこしい経緯もそうだが、護衛対象である彼女の立場が王族だと言うことを除いても、護衛依頼として受けた以上、身辺を守ると言うことに否はない。だからわざわざエリスと二人で御者台にいたのだ。
エリスの五感の鋭さは今さら言うまでもないのだが、やはり馬車の中よりは外にいた方が異変に気付きやすい。そしてリョータの魔法なら、何者かが襲撃してきたとしても、馬車の中の者に襲撃があったことすら気付かせずに片付けることも可能。
索敵役と迎撃役を一番動かしやすいところに配置するという、当たり前のことをしているわけで、決してポーレットに馬車の中の居心地悪い空気を吸わせるための嫌がらせではない。




