王女様と馬車
さて、後ろに侍女っぽい人を二人従えた金髪縦ロールさんは何をしているのかというと、どうやら交渉というか上から目線のお願いというか、そう言うことをしているようである。
上から目線でお願いとか器用だなと思うが、実際そうなのだからしょうがない。
「私がこれだけお願いしているのに、ダメだというの?」
「その……普通の馬車旅では無くて、王宮からの要請に応えるための移動でして」
「王宮からの要請なら王都へ向かうんでしょう?」
「それはまあ、そうですが」
「なら、ちょうどいいじゃない。私とこの二人を同乗させなさい。もちろん料金は支払うわ。通常の定期馬車の十倍を」
「お金の問題では無くて」
そう、この馬車旅は王宮から呼び出されたリョータたちを連れていくのが最優先。一応、アキュートボアの素材を王都へ運ぶという目的も兼ねているため、荷室にはどっさり積み込まれているが、主はリョータたち三人。だからこそ、昨日の盗賊団も尋問を早めに切り上げて全員をその場で片付け、後始末を衛兵経由で騎士団に丸投げにしたのだ。
それが、どこからどう見ても貴族という見た目の少女に護衛兼侍女として就いているであろう女性二名を乗せろという。
馬車は大きく客室も広いので、あと三人どころか五人くらいは余裕だが、人が増えれば重量が増し、馬への負担も増える。それが原因で王都への到着が遅れたなんて事になったらギルドとしては大問題だ。
形式上、冒険者ギルドは国から独立した組織であり、国王が何と言おうが、独自の判断をして動くことが出来る。だが、それはあくまでも形式上の話。現実問題としてこのように国王から「リョータという冒険者と会って話がしたい」なんて言われたら従うのが普通。それが、とんでもない難癖をつけてきているならともかく、アキュートボアという災害級の魔物の討伐という、前代未聞の功績を褒め称えたいというのなら尚更。
と言うことで、いくらお貴族様でも、と断ろうとしているのである。
何にしても、このままだと色々マズそうなので、面倒な交渉事の得意そうなポーレットに少し耳打ちしてギルドへ行ってもらってから近づいていくと、縦ロールさんがこちらに気付いた。
「あなたがリョータね」
「ええ」
「では、あなたに話をします。私たちを一緒に王都まで連れて行きなさい」
ええ……
「断る理由なんて無いでしょう?料金もしっかり支払いますし」
断る理由しかないんだけどなあ……
「二人とも、荷物を積み込んで」
後ろを振り返り、侍女っぽい人に指示を出す縦ロールさん。でも、この何とも言えない空気を感じて「どうしましょうか?」という視線をこちらに送ってくる侍女っぽい方々。そして「どうするも何も」とうんざり気味な表情で返すリョータ。そしてその空気を全く感じ取らずに「早くなさい」と急かす縦ロール。
カオス以上にひどい何かがそこにはあった。
そこへポーレットが理想的な人物、支部長のバーナルを連れて戻ってきた。
「ロレッタ様?!いつこちらへ?」
「ついさっきよ。それよりギルド職員の教育がなってないんじゃないの?全く私のいうことを聞きそうに無いんだけど?あとそこのリョータ。あなたもよ」
名指しで教育がなってないと言われ、リョータとジェロルドたちがカチンときて、それぞれが同じ台詞を口にした。
「「「そもそも誰だよ?」」」
「え?私のことを知らない?」
いや、名乗れよ。
リョータたちの対応にただならぬものを感じたのか、侍女二人がスッと距離を詰めてきた。まさかと思うが、こんな失礼な態度を取られた上で、貴族(?)に対する不敬だとか難癖をつけてくるのだろうか。
「ロレッタ様、こちらへ。詳しい話をお聞かせください」
「ふーん……」
「ドリアル、ジェロルド、少し出発を待て。いいな」
バーナルが縦ロールと侍女を一人連れてギルドへ。もう一人の侍女がその場に残り、馬車の出入り口に立っている。アレか、支部長が「待て」と言ったけど「待ってられるか」と出発するのを牽制する気か。
「……とりあえず荷物の点検」
「わかった」
出発時刻が遅れたので急ぐ必要性はなくなったが、手持ち無沙汰になったのでリョータたちも荷物の点検を手伝う。
そして点検を終えて、あとは出発するだけなのに、身動きできない微妙な空気にいたたまれなくなりかけた頃、バーナルが戻ってきた。もちろん後ろに縦ロールさんたちを連れて。
「ギルドの正式な依頼として受けることにした」
「え?」
ジェロルドとドリアルには臨時の手当支給、リョータたちには護衛としてみた場合には破格の報酬が提示され、有無を言わさぬ流れとなっていた。
「王都まで」
「そうだ」
「一泊する予定なんですが」
「同じ宿でいい、もちろん部屋は別だが」
「昼メシ」
「それについては……お、持ってきたな」
ノビロン支部の職員が木箱を一つ持ってきた。多分中身は食材だろう。
「……わかりました」
「手間を取らせてスマンな」
「でも、その前に」
「ん?」
「そもそも誰なんです?」
ジェロルドがどうしても聞いておかねばならないことを代表して口にする。
「ロレッタ様?」
「そう言えば、名乗るのを忘れていたわね。ロレッタ、ロレッタ・ブレイス・ルルメドよ」
「「「え?」」」
ジェロルドとドリアルが何かに気付いたようだ。そしてポーレットも。
「「誰?」」
リョータとエリスにはさっぱりである。ルルメドという家名はなんだか国に関連していそうな気がするが。
「そうか、二人とも大陸西部出身だもんな。知らないのも無理はないか」
リョータは大陸西部どころかこの世界の出身ですらないが。
「ロレッタ様は、ルルメド王国の第七王女だ」
「はあ……王女様、ですか」
「そうだ」
でも、第七って、子だくさんだな。
「詳しい話はジェロルドにでも聞いてくれ。じゃあ……っと、これが依頼票だ。普通の護衛依頼で、特別な内容は無いが、目を通しておいてくれ。それじゃ気をつけて行ってくれ」
こうして旅の同行者を三人加えてノビロンの街をあとにする。
ジェロルドとドリアルがもう少し詳しい確認をさせてくれと言うので御者をエリスが務め、その横にリョータが座り、馬車の操り方を何となく教わりながら進むことにした。ポーレットには馬車の中で話を一緒に聞かせ、あとで要点を聞けば充分だろう。
昼の休憩時間となり、他の隊商なんかも停まっているような開けた場所の隅に馬車を止めると、侍女二人が「私たちが」と買って出たので昼食の仕度を任せる。そして、手際よく仕度をしているのを横目にポーレットから話を聞く。
「詳しい事情は聞けませんでしたが、急遽王都に行かなければならなくなったと言うことで、馬車をどうにかしようとしたのですが見つからず、だそうです」
急遽王都に行く用事というのが何とも不穏だが、馬車がない……ねえ。
「王女って、王族だろ?」
「え?リョータ……王族を知らないの?」
「お前な……念のための確認だが、確かに王女様なんだろ?」
「ええ。と言うか、ギルドの支部長に「王女です」なんて身分を偽ったりしたら処刑されますよ?」
「で、その王族が……馬車がない?」
王族どころか貴族というのはだいたい馬車移動するものでは?相当な貧乏貴族でもない限り。と思ったのは正解だったようで、本来なら自分専用の馬車があるのだが、しばらく遠出する予定もなかったので修理に出した矢先に王都まで行かなければならなくなってしまい、仕方なく乗合馬車を一台買い上げようとしたのだが、出払っていて一台も捕まらず。仕方なく、ここならあるだろうと冒険者ギルドに赴いたところ、ちょうどいい馬車があったと。




