色々もらった
「なんかすごくよく寝た気がする」
いつもよりもやや遅い程度の時間に起きて、ふと呟く。昨日の疲労感とか完全に消えている。これが若さって奴かと少し悲しくなりつつも部屋を出て階下へ。
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
酒場はどんちゃん騒ぎが続いていた。一晩中飲み食いして、まだ足りないのだろうか。まあ、ギルドが全額負担するらしいから、飲まなきゃ損なのはわかるが。
「リョータ、こっち来い!」
「おっ、主役は遅れて登場か?」
階段を下りてきたリョータは両側から抱え上げて連行される。抵抗する気にもならない。
「よし、では改めて!」
「「「おう!」」」
「期待通りの新人に!」
「「「新人に!」」」
「ドラゴンスレイヤーに!」
「「「ドラゴンスレイヤーに!」」」
「乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
リョータもとりあえずジュースを飲み、目の前に置かれた肉の塊に手を付ける。この状況で朝食を他で、なんて無粋なことはしない。
今回のドラゴン討伐で、Aランクパーティ他、多くのベテラン冒険者が命を落としたが、それでもSランク冒険者無しの討伐としては奇跡的なほどに被害が少ない上に、討伐したのがCランクと駆け出しのルーキーだ。お祭り騒ぎにならない方がおかしいと言える。
周りを見ると……デニスが完全に潰れてテーブルの上に広げた(?)ニールの上に置かれてる。あ、ベックがその上に積まれた。視線をそらすと、ウッズが数名の男に囲まれて……というか迫られて震えていた。……あれは、うん、アレだ。色々と危機だな。こっちの世界にもああ言うのがいるんだな、気をつけよう。
適当に料理をつまんだところで席を立ち、ギルドの外へ出る。いつも通りかと思いきや、何となく賑やか。ドラゴンが現れたという最高レベルの絶望が、街に被害が出ること無く乗り越えたということで、そこら中で「全品二割引」とか「二個買うと一個おまけ」をやっている。ドラゴン討伐景気と言ったところだろうか。
当たり前の話だが、ドラゴンは魔物素材として最高レベルで、比較的小型のスモールドラゴンでさえ、一頭丸々売ると大金貨数枚になるという。今回の奴はヒュージドラゴンだからどのくらいになるのだろうか。そう言えば欲しい素材を書けと言われて、調子に乗って色々書いたけど、どうなるんだろう?
そんなことを考えながら軽く街の中をジョギングする。魔の森には行けそうにないし、工房に行くのも何となくためらわれたので、少しだけ体を動かしておこう。軽く五キロほど走り込んでから風呂へ。汗を流してさっぱりしてギルドに戻ると、「どこへ行ってたんだ」「主役がいないと始まらない」とまた酒場へ連行された。楽しいからいいけど。
そんなこんなでどんちゃん騒ぎが続き、日が傾きかけた頃になんとか抜け出して受付に行くと、奥の部屋に通された。書類の山に向かっていたガイアスがチラと目を向けて、適当に座るように促す。
「さて、来たな」
そう言いながら正面に座る。
「昨日からずっとやってるんだが、全然片付かん」
部屋中に書類が積まれているが、これ全部今回のドラゴン討伐に関連する物らしい。よくわからないが、色々あるんだな。
「えーと……少し確認があるんだ」
「確認?」
「ドラゴンとの戦いの詳細。他の連中には聞いたんだが、念のためにな」
虚偽報告がされている可能性は低いだろうが、文字通り命がけの戦いだったのだから、思わぬところで見落としや勘違いがあるかも知れないと言うことらしい。
「詳細……でもどうして?」
「簡単に言えば評価だ。後方支援の範囲なら全員一律の報酬だが、実際に戦って仕留めたとなると、どのくらい貢献したかというのは大事なんだ」
「貢献、ですか」
「報酬だけじゃ無く、ランクアップもあるし、ギルドの上の方にも情報を流す必要があるんでな」
なるほどと納得して、とりあえず覚えている限りで伝える。
が……海水を転移させた魔法陣とか電撃の魔法とかラビットソードとか、どうやって説明しようか……そうだ。モンスターに襲われたあとに預けられた親戚にすごい爺さんがいて、いろいろ教えてくれて、魔剣とか遺してくれたことにしよう。既に死んでることにすればそれ以上の追求も無いだろうし。
とりあえず、リョータの生い立ち設定にいろいろ追加をしながら戦いの詳細を伝える。と言っても、電撃の魔法を食らわせたところから覚えていないのでそこまでだが。
「こんな感じですね」
「なるほど、わかった」
「えっと……」
「ああ、問題ない。他の四人に聞いた内容とそれほどズレてない」
「それほど?」
「お互いに常に相手の姿が見えていたわけじゃないし、魔法とかは何を使ったか判断できなかったりしているからな。多少のズレは想定内だし、結果的に嘘を言ってるわけじゃ無いからな。問題ない」
「そうですか」
「よし、これであとは……」
「あとは?」
「ああ、スマン。こっちの話だ。リョータに聞くことはもう無いぞ、ありがとう」
「いえ」
「何とか朝までにまとめておくから、明日の昼頃に受付に顔を出してくれ。報酬についての話がある」
「わかりました」
「それと……決定事項だから伝えておくが、ランクアップ、明日からDランクだ」
「やった!」
「……やった、じゃねえよ。ドラゴン倒すのに一番貢献しておいてDランクとかおかしいからな。ホントならBランクにしたいくらいだが、ギルドの規定上、一つずつしかランクを上げられないんだよ」
「……はは」
「ま、手続きはしておくから冒険者証を」
「はい」
「じゃ、明日な」
「では失礼します」
一礼すると部屋を辞する。
「……書類仕事とか計算とか、苦手なんだよな……」
大変そうな呟きが聞こえたがスルーだ。
ぶっちゃけてしまうと、リョータの学力レベルはこの世界ではかなり高水準になるので、手伝いを申し出れば、もっと速く計算も終わるだろうし、書類の処理も進むだろう。
だが、それはそれ。
人の仕事に手を出すつもりはない。そう言う仕事ばっかりしていた前世からは解放されたのだから。
戻ってくると、待ち構えていた面々にまた連行された。
「よし、では改めて!」
「「「おう!」」」
「期待通りの新人に!」
「「「新人に!」」」
「ドラゴンスレイヤーに!」
「「「ドラゴンスレイヤーに!」」」
「乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
えーと、これ五回目だな。
なんだかよくわからないままに騒ぎながら夜になり、なんとか抜け出して部屋に戻り就寝。朝起きてみたらまた捕まって乾杯。通算十二回目である。
十五回目の乾杯を終えたところで、ちょうどいい時間になったので受付に行くとまた奥の部屋に通されると、徹夜続きの疲れた顔のガイアスと、もはや酔っているのが普通になってしまっている状態の四人が待っていた。
「おう、リョータ」
「元気……そうだな……うえっっぷ」
「頼むからここで吐くなよ」
そんなやりとりをしながら座ると、ガイアスが話を切り出す。
「少し時間が経ってしまったが、改めて言わせてくれ。よくやってくれた。お疲れ様」
「いや、大したことしてないぞ」
「だいたいリョータがやったからな」
「そうそう」
四人の意見は『ほとんどリョータがやったことにしよう』で一致しているようだ。
「ま、それはそれとして。報酬の話だ」
そう言って、ガイアスはそれぞれの目の前に小さな革袋を置く。手にしてみるとズシリと重い。大きさから言って中金貨、いや大金貨かも?
「大きさは小さいが中身がデカいことは保証する。ギルドのメンツにかけて、な」
まあ確かにドラゴンを討伐したのに大銀貨一枚でした、では冒険者も嫌気が差して去って行くだろうからな。
「それとこれが、報酬として渡す素材の目録だ」
そう言って、それぞれの前に封をした紙を置いていく。
「受け取れるときに受付に行ってくれれば、渡す。だが、一ヶ月くらいで受け取ってくれ。さすがに肉とかは腐るからな」
「一ヶ月?」
「ああ、ドラゴンの肉とかはドラゴンに含まれる魔力のせいなのか一ヶ月くらいは腐らないんだ。だから肉が欲しいとか言う奴はそのくらいを目安にしてくれって事」
「なるほど」
「それと、これがリョータの冒険者証。ランクアップおめでとう」
「ありがとうございます……って、皆さんは?」
「ああ、全員ランクアップするが、Bランクに上げるにはいろいろ手続きがあってな。すぐには終わらないんだ」
「でもな、リョータ」
「はい?」
「お前がDランクというのが一番不自然だからな?」
「はは……」
そう言われても。
「話は以上だが……改めて言う、本当にお疲れ様。ありがとう」
ガイアスが礼を述べながら頭を下げ、五人が慌てて「いやいや、そこまでしなくても」と取りなして解散。廊下を歩いて行く。
「さて、と……」
「あと三日は宴会が続きそうだな」
「……そんなに続くんですか?」
「明日終わりそうに見えるか?」
「見えませんね」
後方支援組の報酬の支払いもまだで、ギルド自体がほとんど機能していないので、しばらくはこのままと言うことらしい。
出てきて早々に連行された四人を見送りながらリョータは部屋に戻る――体格の小ささを活かして死角に入ってなんとか逃げ出しただけである。
「さてと……」
革袋を広げると、大金貨一枚に中金貨五枚。
「いきなり金持ちになったな」
目録を確認する。確か希望する素材は……爪・牙・鱗・肉・骨・血・目玉と書いたっけ?どれどれ……
全部もらえることになった。
「マジか……」
工房作業が捗るな。
とりあえず明日から何回かに分けて工房へ運ぶことにしよう。素材の活用はまたじっくりと時間をかければいい。




