王都までの長い旅
仕方ないので三人揃って一旦降り、ギルド職員が四人がかりで――手足それぞれを一人ずつが担当――支部長を引きずり下ろした。
「お手数かけます」
「ご苦労様です」
リョータとロールが互いを労い合う。
「待て!これはどういうつもりだロール!私も王都に行った方が話が早いと、昨夜話していたじゃないか!」
ジタバタと暴れるまま支部長は運ばれていった。元Sランクと言っても魔法専門、腕力は見た目通りで、ああやって押さえられると抵抗する術が無いようだ。
「それでは改めて」
「はい。お気をつけて」
リョータたちが王都に向けて出発することを聞きつけ、かつ二次会という名の迎え酒の二日酔いから復活している冒険者たちに見送られながらリョータたちはコルマンドをあとにした。
「リョータ」
「うん、何も言わないで」
「わかった」
エリスもここまでの執念を見せるとは思っていなかったこともあり、呆れていた。
「王都のギルドマスターか……常識人だといいな」
フラグでないことを祈りたい。
王都までの旅は天候にも恵まれて順調そのもの。通常、こうした馬車には護衛が必要だが、御者を務めているギルド職員は元Bランク冒険者だし、馬車に乗っているリョータたちも必要とあらば武器を取って戦うのはやぶさかではない。
……のだが、そもそも王都までの街道は整備されているだけでなく、定期的に騎士団が巡回しているので盗賊の類いはあらかた討伐されているし、なにより御者が醸し出す雰囲気が「あの馬車を襲うのはヤバイ」と教えてくるので、わざわざ襲う馬鹿もいない。
平和そのものなのだが、同時にとてつもなくヒマ、でもある。
自分たちの足で歩いているなら、何となく道ばたの草花に目をやったりすることもあるが、馬車ではあっという間――と言うほど速くもないが――に通り過ぎてしまう。
では定期馬車と同じではと思いきや、定期馬車なら他の乗客もいるので、これから行く先にある村や街の話をしたり、リョータたちの体験を聞かせたりと、話題に事欠かない。だが、今回の乗客はリョータたちのみ。
今更目新しい話題があるわけでもなく、エリスとポーレットの魔法の練習も揺れる馬車の中では出来ることに限りがあってやりづらい。結果、三人とも特に何もすることがなくなってしまった。
それも初日の昼過ぎ頃に。
「はあ……ヒマだ」
「ヒマですね」
「ええ」
「よし、ポーレット」
「はい」
「何か面白いことをやってくれ」
「無理言わないでくださいよ」
おかしいな。面白外人枠扱いだったんだが。
「面白いことはまあ今後に期待するとして、色々情報収集してたよな?」
「ええ。噂話を聞く程度ですけど」
その「聞く程度」でも充分すぎるほどに情報を集めてくるのでありがたいんだよな。
「そうだ、東」
「東?」
「東に行くと海があるよな?」
「ありますね」
ここに来るまでの間にも少しだけ海沿いを通っているので、それは間違いない。
「海の向こうってどうなってるんだろうな」
「さあ」
「やっぱりわからないか?」
「はい」
北部に比べると東部の海は比較的穏やかだが、それでも小型の船で漕ぎ出して一時間も進むと体長数メートルのシーサーペントの棲む領域になる。
シーサーペントは素材の価値はあるのだが、魔の森にいる他の魔物で代用できる物ばかりなので、積極的に狩る必要性が無く、冒険者もほとんど海に出ることはない。船を出すのもタダではないし。
結果、ポーレットが酔っ払いどもから聞き出せた内容としては、どこの村の魚料理がうまいとかそういう内容ばかり。
それはそれで興味深い話だが、こうして冒険者ギルドの馬車でドナドナされているために、「ちょっと食べに行こうか」とならない。気になるけど。
「一応」
「ん?」
「どのくらい前かわかりませんが、何十年前という昔、どこかの怪しげな研究者の依頼で一緒に海に出た冒険者がいたらしいのです」
「おお」
「あくまでもらしいという話なので、詳細は何とも。帰ってきたという話も無いみたいですし」
海の藻屑と消えた可能性は高い。もしかしたらどこかに辿り着けたかも知れないが、そこから戻ってくるのも骨だろうし、海流の関係なんかでとても帰れないという状況と言うことだって考えられる。
色々可能性はあるが、一つだけ言える。
「ま、行くことは無いな」
大陸の東からさらに海を渡って東へ行くと、不思議な文化の国があり、米があって……と言うのが異世界ものの定番だが、どうやらそういうものは期待できそうにない。ではリョータは米を食べたいと思っているかというとそう言うこともない。おそらくこの体を作るときに、米がなくても平気な体に作り替えたんだろうな。
それでも、北部と東部では捕れる魚の種類が違うし、南下するに連れてさらに違う種類の魚に変わっていくらしい。王都での用事が済んだら海沿いに進んで色々な魚介料理を楽しむのもいいかなと話題が変わる。イーリッジのように刺身がある可能性は低いが、
「シンプルに塩焼き」
「断然フライです」
「煮付け!」
今までの旅の中でも結構魚介料理は食べてきている。特にポーレットは大陸西部のことは知らないので、「それはどんな料理?」とそこそこ食いつく。
だが、それももって一、二数時間。そもそも今までだってそう言う話はしてきていたので、改めて話す話題のレパートリーは残っていないのだ。
やがて馬車が宿泊予定の村に到着し、一日目の移動は終了。
「これがあと何日続くんだっけ?」
「王都までは確か五日」
「キツいな」
「リョータ」
「ん?どうした?」
「……あのね」
エリスのお願いはそれほど難しいものではなかった。
翌日、馬車の御者台にエリスがちょこんと座り、手綱を握って出発する。
特別急ぐわけでもなく、馬車自体の護衛、周辺監視のしやすさという意味に加え、馬車の操り方をしっかり教わるいい機会と言うことでエリスが希望した。そして、御者台のギルド職員に訊ねてみたら、あまりにもヒマそうにしているのを不憫に思ったらしく、快く了承してもらえた。
御者台に座るエリスは色々と教えてもらえて嬉しいし、馬車の中にいるリョータとポーレットももう一人のギルド職員と他愛ない話が出来て暇を潰せて、一石二鳥だ。
「是非とも聞いてみたことがありまして」
「こ、答えられることなら」
「あのすごい魔法についてです!」
「すごい魔法?」
「支部長から、何としてもあの魔法について聞き出してくるように言われてまして」
「ええ……」
秘密にし続けるつもりはない。
だが、どうやって説明すればいいのだろうか?
この世界の一般的な魔法は呪文の詠唱により発動させている。だが、リョータはもちろん、エリスもポーレットも呪文の詠唱をせずに魔法を使えることを知っている。そして、リョータたちの戦う様子を見たことのある者は、呪文を使わずに魔法を使っていることを知っていても、どうやって魔法を使っているのか理解できない。そして、リョータが話す、
「死んだ祖父に教わりました」
と言う話から、一子相伝の技だろうと思い込んでいる。
魔法の行使にあたって、呪文は全く意味がないとは言わない。それなりに魔法の効果をイメージでき、それっぽい感じも相まって魔法を実現させる役に立っている。
つまり、火を放ち、水を生み出し、風を呼び、大地を揺るがす魔法は、何がどうしてどうなる、と言うのをイメージしやすい文章が長いこと研究されて呪文として確立している。
では電撃を放つ魔法はどうすれば使えるだろうか?




