王都へ行こう
「リョータさんたちはこれまでに何度かドラゴンの討伐をされていますよね?」
「え、ええ」
「実のところ、ドラゴンというのは狩りやすい魔物なのです」
「狩りやすい?」
「正確に言うと、対処法が確立されていると言うことだ」
「ドラゴンのサイズによって脅威度はだいたい推計できますので、そこからどの程度の戦力が必要になるか、といったことはすぐにわかるのです」
「ん?ヘルメスでは違ったような……」
大わらわだった気がするが……
「大陸西部の状況には詳しくないが、少なくともこの辺りはドラゴンの営巣地が比較的近いと言うこともあって、ドラゴンの討伐は結構回数をこなしている者が多い。それに、街としてもある程度の対応は想定して、対策をしている。もちろんいきなり街を襲われるケースは想定外だが」
「近づいてきていると、事前にわかればどうとでもなると言うことですか?」
「そうだ」
例えばこの街の場合、支部長がいきなりぶっ放せばドラゴンはだいたい墜落するらしいので地上に墜としたあとはフルボッコだし、他の街でも数名の弓の名手がいて、ドラゴンを撃ち落とすくらいは出来るとか。世界は広いな。
「ところが今回はアキュートボア。前例がないだけでなく、街の戦力では対処できなかった」
支部長の魔法では足止めが限界。あの分厚い毛皮の前では矢もロクに通らず、リョータたちがいなかったらプランB――油ぶっかけて焼き尽くす――以外に手が無かったし、それだってうまく行ったかどうか。何しろ、世界中の冒険者ギルドでまともな討伐記録がないのだから。
「と言うことで過去の例が参考に出来ないというのはいいかな?」
「はい」
「と言うことで、新たに計算し直す必要があるのですが、素材の売却額が全く見えないのです」
「通常サイズのアキュートボアを単純に何十倍とはならないのですか?」
「あのサイズになるとな」
「質が全く変わっていまして、通常なら使いづらくて捨ててしまうような部位の骨も使い道がでているらしく、オークションがまとまらないようです」
肉に関しては通常よりも量が多い程度なので、重さで計算して商会が買い取っているそうだが、通常なら運ぶのに重いからと言う理由で捨ててくる内臓が全て使える――しかも規格外サイズ――と言うことで、大騒ぎ。骨や毛皮も通常では考えられないサイズのため、どうやって加工しようかと職人たちが頭を悩ませており、オークションの開始値が決まらない。つまり、素材の価値が未知数過ぎて計算不能というわけだ。
「と言っても、その辺りは後付けの理由で」
「後付け?」
「本当のところは……この事態を街に普段からいる者ではなく、流れてきたリョータたちがケリをつけたというのが大きい」
「なんか、面倒くさい話になってきてません?」
「なってます。この国の者であれば、色々と……例えば貴族位を、というのも簡単なのですが、リョータさんたちはこの先も旅を続けるのでしょう?」
「ええ」
「王宮からは貴族位をと言う話があったが蹴っておいた。詳細は不明だが、リョータたちが望んでいないと」
「それはどうも」
「だが、その結果、報酬額がまだ決まらない」
「もう適当に金貨十枚とかでいいですよ」
「そうは行かん。あれだけの功績を金貨十枚とか、冒険者ギルドの信用に関わるし、国としてもリョータたちを軽んじたとなる」
「俺たちはそう思いませんが、周りからはそう見えてしまう。悪しき前例になるということですね」
「理解が早くて助かる。さすが私の婚「支部長?」
ハリセンの音で条件反射。良く躾けられているようで何より。
「さて、ここからが本題だ。王都へ向かい、国王と謁見し「イヤです」
これはこれで即答した。
「いきなり断らないで欲しいのですけど」
「だって、どうせ面倒な話になるでしょう?」
「そうならないように手配している」
「ん?」
ユーフィは現役こそ退いたものの、元Sランク冒険者。この国では貴族位こそないものの支部長という結構な立場。おまけにその気になれば街の一つや二つ、焦土に変えるくらいの力を有しているため、発言力(物理)はあるという。
「本来なら私も同行して話をつけたいところだが、この状況で手が離せない。王都のギルドマスターには話をつけてあるから「貴族位やるから」という流れにはならないし、仮にそうなったら、逃げても構わん。リョータたちの不利益にならないよう全力を尽くすと誓おう」
何か頼もしいことを言い始めたな。
「何、いざとなったら私とけっ「支部長?」
「コホン。と言うことで、明日、王都へ向かって出発してくれ」
ハリセンが万能過ぎるな。これだけでも世界が変わる……なんてことがあってたまるか。
「事情が事情なんで、馬車と宿はギルドで手配する。詳しくはそっちの紙に書いてあるからそれを」
ロールさんが差しだしてきた紙には、報酬の支払いを王都にある本部で行うと書かれており、そこまでの道中はギルドが面倒を見ると書かれていた。
「わかりました。では明日、出発しますね」
「ええ。色々と振り回してしまって申し訳ありませんが」
「いえ」
どうせ南下していくつもりなのだから、ギルドの手配で楽できるならありがたい。
「くっ……本当は私も同行したいのだが……」
「あははは」
「そしてあわよくば、道中の宿で既成事「お仕事頑張ってください」
「よし、頑張るぞ」
満面の笑顔で告げたら、この反応。実にわかりやすいと言うか、なんというか。
とりあえず他の冒険者と同等の金額を先に払っておくというので受け取ってギルドを出てから、三人揃ってため息をついた。ため息の理由はそれぞれである。
「とりあえず、明日の出発までに最低限の準備はしておこうか」
馬車で連れて行ってくれる時点で、アゴアシマクラ付きだが、服くらいは洗濯しておこうと宿へ戻った。
翌日、朝食を終えて早々に冒険者ギルドへ行くと、ギルドが手配した馬車が待っており、リョータたちは職員に軽く挨拶をして乗り込んでいく。
荷物を運ぶことが前提の馬車のため、客室部分は少々狭いが椅子に厚めのクッションを乗せており、道中で尻が痛くなる心配はしなくてよさそう、と言うのが見た目の印象か。
「リョータさん、おはようございます」
「ロールさん、おはようございます」
「こちら、色々と便宜を図るための書状です」
「便宜?」
「王都のギルド本部、ギルドマスターに渡していただければ」
「わかりました」
さて、先程からクイクイと裾を引っ張っているエリスのために、重要な質問もしておこうか。
「ところで支部長は?」
「それが今朝から姿が見えなくて」
「そうですか」
わざと足音を大きめに馬車に乗り込むと椅子の上のクッションを下ろす。
この馬車は後ろの荷台だけでなく、椅子の下にも荷物が入る構造になっていて、リョータたちの荷物はここに入れることになる。
そしてエリスがバッグの中をゴソゴソやっているのを横目に座面をパカッと開ける。
「や、やあリョータ。奇遇だね」
「……」
いつからいたのかわからないが、毛布にくるまって笑顔を見せる支部長を横目にリョータが右手を出すと、エリスが「はい」とトンカチを渡してくる。そして左手を出すとポーレットが釘を出してくる。
そして、両隣の二人が座面を閉じる。
「ちょ、ちょっと待って!話!話を聞いて!」
ガタガタと座面が中から押されるので二人が上に座り押さえつけたところで、釘を軽く当ててトンカチを振り上げる。
「リョータさん、申し訳ありませんが……」
「えー、でもこれじゃ座ってられませんし。しっかり釘を打ち付けておいた方が」
「逆効果かと」
「え?」
心底申し訳なさそうにするロールの言うように、中からの声は少し変わった。
「そ、そうか。私をここに閉じ込めて!リ、リョータの体温を板越しにずっと感じていろとそう言うことなのだな!」




