異世界飲みニケーション
「えー、それでは僭越ながら私めが」
冒険者ギルドの一番若手っぽい職員が壇上に押し出され、そのままジョッキを手にすると、周囲が一斉に注目する。
「巨大アキュートボア討伐、ご苦労様でした。乾杯!」
宴が始まった。
念のために数人の冒険者がアキュートボアが絶命していることを確認後、支部長が壁を崩すと、話を聞きつけていた商人たちが一斉に群がり、それをギルド職員と数名の冒険者が押し返し、三十分ほど押し問答。最終的に冒険者ギルドが腕利きの解体職人を動員し、各種素材はその場でオークション開催。一部の高級素材となる部分は討伐に貢献した者達に回されたが、それでも滅多に手に入らないサイズの毛皮や骨は高額で落札されていった。
そして、ギルドがあらかじめおさえておいた肉を腕利きの料理人たちで料理。討伐作戦に様々な形で参加した冒険者たちに振る舞う祝勝会が魔の森で開かれた。
魔の森で開かれる理由はとても簡単で、まだ少し冒険者ギルドが回収し切れていない素材が山積みになっており、それを虎視眈々と狙っている商人から守るためである。狙っている時点で犯罪なのだが、その辺はどうとでもなると考えているらしく油断ならないのだが、彼らも冒険者の護衛無しで魔の森に入るような愚は犯さないので、大半の冒険者が祝勝会に参加している現状では大人しくしているようだ。
アキュートボアを閉じ込めていた壁の手前あたりは比較的平らなので、そこにテーブルが並べられ、所狭しと料理が並んでいる。比較的単純なソテー系のほか、良くこの短期間で作った物だと感心するレベルで腸詰めにしたり燻製にしたりしているだけでなく、味付けも色々工夫しているようだ。
「あっちのテーブルにあるのはなんだ?」
「おーい、そっちのテーブルの……そう、それ。それウマいか?そうか、コイツに盛ってくれ」
テーブルごとに違う料理が並んでいるので、そんな具合の会話が飛び交う。
テーブル同士の間隔は比較的広く開けられているのだが、冒険者たちがひしめき合っていて、ほとんど身動きがとれないのだ。
「はい、リョータ。これおいしかったよ」
「お、ありがと」
そんな中でもスイスイと動き回るエリスはすごいと思う。
「はわわわ……あう……ひえええ」
ポーレットは、オッサンの波にもまれてどこかへ流れていったようだ。頑張って生き延びて欲しいと黙祷を捧げる。
「リョータ、飲んでるか?」
「いえ、酒はまだ早いので」
「固いこと言うな。ホレ、飲め」
「全然食ってないだろ、食え」
そう言いながら差し出されてくるのがギルドの酒場で出される中で一番高いジュースだったり、よく味の染み込んだ肉だったりするあたり、この街の冒険者も気の良い連中ばかりのようである。
「それにしてもすげーよな」
「何をしたらあんな魔法が使えるようになるんだ?」
「それ、それです!あれはなんという魔法なんですか?」
「そうですよ!教えて下さい!」
とりあえずリョータの魔法のすごさのおかげで、エリスが空中を跳ねていたのはスルーされるようだ。
「おう、ここにいたか」
「はい?」
「お前がリョータか?」
「え、ええ……」
どう見ても冒険者では無く職人としか見えない、ゴツい男がやって来た。
「っと、名乗らねえとな。俺はヨルク。この街で鍛冶屋をやって十年だ」
「鍛冶?」
「ついでに言うなら元冒険者だ」
「おお」
「すっかり現役の勘は鈍くなったけどよ、街の危機だってんで参加したのさ」
「それは……どうも」
「で、本題だ」
「はい?」
「お前、俺の打った槍に何をした?」
「打った……槍?あ、ジャニエスさんの」
「おう。あれは今んとこ俺の最高傑作だ」
ちょっと……説明するのが大変になりそうな人が来ちゃったな。
冒険者たちの間には一つの不文律がある。
「秘密にしていることを無理に聞き出そうとするな」
ギルドが守るように指導することもなく、先輩冒険者が後輩冒険者に伝えているわけでもないのだが、それとなく誰もが守っているからこそ不文律なのだが、秘密の内容は色々だ。
「魔の森のここに行けばこういう物が採取できる。ただし、時期は……」
「実は○○には弱点があって……」
こう言った役立つ知恵レベルから、リョータのように特定の素材を掛け合わせて何らかの効果を発揮する物をつくり出すノウハウなんてのもあり、教えてくれと頼まれても応じるかどうかは自由。
だから、のらりくらりと「秘密です」とやれば、ヨルクも引き下がるはず。だが、この手の職人系は「そこを何とか」と食い下がろうとするのが常。そして多分、強めに断っても「そう言わずに、ヒントだけでも」とか言ってきそうなタイプ。
なぜわかるのかというと、目だ。目が、獲物を見つけた肉食獣のそれになっている。それも飢えたタイプで、絶対にこれを逃がすつもりはないという強い意志が見て取れる。そして、こういう手合いにすっぱり断りを入れるというは前世の頃から苦手だった。と言うか、得意だったらブラック企業なんかさっさと見切りをつけていたはずだから、過労死して転生している時点でお察しという所だろう。
とは言え、断るとかはぐらかすのが苦手でも、どうにかする方法はある。
状況は……色々厳しい。エリスは向こうのテーブルまで料理を取りに行ってしまっているから、呼び戻して何となく絡みづらい空気を作るのはちょっと無理。ポーレットはというと、隣のテーブルで完全に出来上がっている冒険者数名に絡まれている。あれを呼び戻したらオプションで酔っ払いがついてくるので却下。
どうするべきかを瞬時に考える。ヨルクが手にしているのはデカいジョッキとパンに挟んで持ちやすくしたローストアキュートボア肉。そしてアレの味付けは……ならば!
「あははは……死んだ祖父から教わったやり方でして、他人にペラペラ話すもんじゃないって言われてるんです」
「そこを何とか」
「はは……ま、一杯どうぞ」
「お、スマンな」
「乾杯!」
「乾杯」
近くにあった赤ワインを注いで乾杯。だが、この程度でどうにかなることは無いだろう。
「ヒントだけでも」
「そう言われても……あ、これウマいっすよ」
「ホントか?どれどれ」
ヨルクが持っているのは二つ向こうのテーブルに並んでいる料理。こちらのテーブルにある料理とは違うので、適当に選んで差し出すと、手にしていた物を急いで口に入れて手を伸ばす。
「おお……これはなかなか」
「でしょう?で、コイツが合うと思います」
ホントかどうかはもちろん知らん。
「ほほう……」
「乾杯」
「乾杯」
「うん、ウマいな」
「それなら、これは?」
「おお、これはまたなかなか」
「でしょう?」
酔い潰すまでに二十分はかかった。
「とりあえずこっちはこれで、記憶も飛んでるだろ」
「ほほう?」
「ん?」
「私には注いでくれないのかい?」
いつの間に来たのか、支部長が空のジョッキをこちらに向けていた。
「……」
「色々指揮を執ったし、事後処理も私がメインで回したんだ。その労をねぎらってもバチは当たるまい?」
それがあなたの仕事では?と思ったが、それを言うと長くなるのが目に見えていたので諦めて、そばにあった瓶に手を伸ばす。
「どうぞ」
「はは……では、乾杯」
「……」
「付き合いが悪いな」
「腹一杯でもう飲めません」
「格好だけでも付き合え」
「わかりました……乾杯」




