アキュートボア討伐戦(後)
バリバリガシャン!
エリスと共に壁を飛び降りたジャニエスの耳に至近距離でひときわデカい雷が落ちたときのような音が聞こえ、思わず振り向こうとしてグラリと姿勢が崩れ、エリスが慌てる。ジャニエスは頑丈そうだが、この高さから落ちるのは危険だ。
「危ないです!」
「スマン」
体格的に倍くらい違うジャニエスが身じろぎしたらエリスのバランスが崩れてしまうのも当然。それでもどうにか持ち直し、タンッタンッとリズミカルに跳ねながら地面に着地する。
「ふう」
「エリスだったか……お前、すごいな」
「いえ、私じゃなくてリョータがすごいんです」
「そう……なのか」
「ええ。それでは私、戻りますね」
「お、おう」
ドンッと音をさせて壁の上へ向けてエリスが跳躍するのを見送りながらジャニエスは呟いた。
「リョータって、どんだけすごいんだ?」
「ポーレット、どうだ?」
「えーと……」
荒い息をしているリョータに代わり、ポーレットが恐る恐る下を覗き込むと、全身から煙を上げている巨体が見えた。
これは仕留めたか?と思ったら、ピクリとその体が動いた。
「どうだ?」
「ま、待って下さい」
見間違い……ではなかった。フルフルと震えながら、その巨体がゆっくりと立ち上がった。いや、立ち上がろうとしているがうまく足に力が入らず、グラリと倒れかけ、どうにか持ち直し、ということを繰り返している。
「リョータ……生きてます」
「マジか」
「ポーレット!本当に?」
「ええ」
ちょうどそこへ戻ってきたエリスもポーレットの言葉を俄には信じがたいと言った様子。何しろあの音は今までに聞いた中では一番大きいくらいなのだから。
「リョータ?」
「大丈夫。もう一回行くぞ」
「わ、わかりました!」
心配そうなエリスに大丈夫と答えると、ポーレットがすぐに槍の位置を確認しますと駆けていった。うんうん、自分の役割をちゃんと……って戻ってきたな。
「リョータ、槍が」
「ん?」
「あれで大丈夫なんでしょうか?」
要領を得ないのでとりあえず見に行くか。
「なるほどな」
巨大アキュートボアの現状は、ボクシング漫画で足に来ていて立ち上がるのに必死、みたいな感じでプルプルしながらどうにか立っている、という感じか。
そして槍は、刺さっている穂先と柄の部分がわずかに残っているのみ。柄の大半が電撃魔法の直撃で溶けてしまったようだ。
「刺さっていればなんとかなるかな?」
「じゃあ、もう一回撃てば倒せますか?」
「わからん」
エリスの疑問はもっともだが明確な答えは出せない。で、そうするとポーレットが焦るのも当然だ。
「じゃ、じゃあ、どうするんです?」
「そのまま撃っても意味は無さそうだな……となると」
「ん?」
「とりあえず作戦を少し調整する。ポーレット、赤い布、回してこい」
「あ、はい」
魔法を撃ったあと、壁の上にいるのはリョータたちだけなので、作戦の成否は上で布を振り回して伝えることにしていた。赤い布を振り回すのは「まだ生きているが、もう一回攻撃してみる」の意味。プランB――街中の油を全部使って燃やそう作戦――はまだ早い。
「この辺なら見えるか?」
「見えますね」
「狙えるかな?」
「やってみます……はっ!」
さっきまでは元気よく壁に体当たりを繰り返していて見えなかった足が、今は踏ん張っているためによく見えるようになった。ならば、ちょっと角度を変えた位置からラビットナイフを投げて……刺さらんな。
「うう……ダメです」
「これ、投げナイフとしては使いづらいんだな」
何本か投げてみたが当たるけど刺さらず。エリスが「下に飛び降りてプスッと刺してきましょうか?」と目で訴えてくるが却下。あんな巨体の足元なんて、危なすぎる。
「俺がやってみる……ていっ!」
手元を離れると魔力が供給されなくなるということは切れ味が落ちてしまうということで、エリスの投擲は失敗してしまう。だが、失敗は成功の母。投げるのでは無く、魔法で起こした風に乗せて飛ばすようにしてやる。そう、魔力を供給し続けるようにして。
「ガッ!」
「よし!刺さった!」
「リョータすごい!」
「器用ですねえ」
とりあえずラビットナイフが左前足に刺さったのですぐに攻撃に移ろう。
「リョータ、下からは「次の攻撃まで待ちます」と返事が」
「了解。ポーレット、位置の指示を頼む」
「あ、はい。そこがさっき撃ったときの位置ですね」
「そうだ」
「それなら……」
テテテッと駆けていき現在位置を伝えてくるのに合わせて位置を調整。エリスは左前足に刺さったナイフが抜けていないか、確認を続ける係だ。
「行くぞ……食らえ!さっきよりも強めの雷撃!」
掛け声と共に二人が体を伏せ、さっきよりも強い光と轟音が響き渡った。
魔法はイメージ、それも強く、明確なほどその効果がはっきりと再現される。
最初の一撃は、単純に落雷をイメージしてみた結果、電圧・電流とも落雷相当の威力を発揮し、狙い通りに柄まで鋼で出来ている槍に落ちたのだが、その先がダメだった。あの巨大アキュートボアは、この壁に囲まれたことにより興奮の度合いを増し、何度も何度も壁を壊そうと暴れ回った。結果、大量の汗をかいていたようで、その汗にせっかくの雷が流れてしまった。結果、体内への効果が今ひとつになってしまったのだ。
そこでイメージを作り替える。
槍からナイフまで電気の通る道を作るイメージ。途中にある心臓経由で。金属から金属に抜けるなら、イメージしやすいし、物理的にも起こりやすい現象。魔法としても充分な威力を発揮するだろう。
電撃の炸裂する音がして数秒の静寂。
そして、ズシンと大きなものが落ちる音。
「リョータ、倒れました!」
「動いてません!」
下をのぞいた二人が大はしゃぎしているので、そばに行ってみると、確かに口から泡を吹いて倒れているのが見えた。
「息をしている様子は無いな」
「もう少し見てましょうか?」
「いや、今のうちにとどめを刺しに行こう」
もしかしたらまだ生きているかも知れない。だが、動きが止まっているうちに出来ることをしよう。
エリスに抱えてもらって飛び降りて、恐る恐る顎の下に近づいて確認してみると、呼吸をしている様子は無い。
「動いていないな」
「ええ」
そっと体の上に登り、首筋にスッとラビットソードを刺すとブシュッと血が噴き出す。
「おりゃっ!」
そのまま体重をかけてズルッと切り裂きながら飛び降りると噴水のように血が噴き出したが、勢いは弱々しい。心臓からの圧力では無く、単純に倒れたことで圧迫された血液が噴き出しただけのようだ。
「ふう……これで大丈夫だろう」
「はい」
「討伐完了!」
パチンとハイタッチしてから上を見上げ、ポーレットに合図する。頷いて外側へ知らせに行ったようなのであとの処置は任せるとしよう。
「戻ろうか」
「はい」
エリスに抱えられて壁を飛び越え、外側へ着地すると、すぐに大勢に取り囲まれた。
「すげえ!」
「なんだよあの魔法は!?」
「つか、エリスちゃんだっけ?どうやって跳んでるのさ?!」
「いいじゃないか!」
「そうそう」
「そんなことより!」
「まずは!」
誰かの一言で一瞬静まりかえり、誰とも無く顔を見合わせて
「「「「「俺たちの勝利!!」」」」」
「「「「「やったぞおおおお!!」」」」」




