槍を作ってみよう
「そうか……厄介だな」
「ええ」
報告を受けたユーフィがロールと共にため息をつく。
リョータの魔法がどの程度なのかは、だいたい話に聞いていて、今の試し撃ちがどの程度の威力かもある程度予想は出来る。もちろん、リョータが全力で撃てばどうにかなるかも知れないが、下手をすると壁が崩壊してしまうだけで、元気良く飛び出してくる可能性だってある。
だからこそ、一点集中させた攻撃が必要で準備が必要というのがリョータの見解で、そこに異を唱える者はいない。
「一点集中は理解できるが……例えばドラゴンなんかはどうしたんだ?」
「ええと……」
ドラゴンの場合、腹にナイフを突き刺して、そこに魔法で雷を発生させて体内を焼いたという事を告げる。
「雷か。確かにアレは体を突き抜けるな」
雷がなんなのかという具体的な知識を持った者はこの世界にはいない。だが、落雷による死傷者というのはいて、どのような状態になっているのかという知識は色々な事件、事故に関わることもある冒険者ギルドの職員なら知っている。そして雷が金属に吸い寄せられているのでは、という憶測も。
「何かを突き刺せば、か」
「しかし、支部長。既にそこそこの腕の者が矢を撃って弾かれています」
「ああ」
「リョータさんたちが使っている短剣を突き刺すというのは?」
「ちょっと……危険すぎます」
短剣という武器は全体の八割くらいが刃で、手で持つ部分は最小限。これを突き刺そうとしたら、相当近くまで行かなければならないし、突き刺すのも苦労しそうだ。
そもそも、この短剣は突き刺すよりも切り裂く方がメインだから仕方ないのだが。
「リョータ、その短剣と同じようになんにでも突き刺さる槍というのはないのか?」
「うーん……」
思わず、中国の故事成語、矛盾、なんてのを思い浮かべてしまったが、それはそれ。ラビットソードと同じ要領で槍の穂先をコーティングしたら似たようなものが出来ないだろうか?でも、槍の柄の部分が木で出来ていると、あまり電撃を通してくれないかも知れない。水で濡らしておくと言う工夫も有りか?
と言うかそもそも、ラビットソードと同じ要領ってのを話して良いだろうか。下手なことを話すと、あとから色々とありそうだ。
いや、待てよ。この支部長のこれまでの言動はいくら俺でもわかるよ……言いたくないけどな。で、それをうまく使ってやれば、秘密を守るくらい簡単だ。
「槍は持ってません」
「そうか」
「うーん、困ったな」
「ん?どうした?何が困ったんだ?」
「秘密にしておかないと色々マズいことがあるんですよねえ」
チラッチラッと視線をやると予想通り目の色を変えて食いついた。
「ロール!」
「はい?」
「すぐに人払いを。私が話を聞く。リョータ!私は口が堅いことで有名だ!」
グイグイ来るなあ……予想以上だ。
「で、でもな……その……あれだ……色々と柔らかいところもあって」
いい歳してモジモジしながら言うのはやめてください。
「支部長一人にしたら何をするかわかりませんから私も同席します」
「私が一人になって何をすると言うんだ?」
「こんな日の高いうちからは話せないようなことです」
「お前な、街の存続の危機という状況下でそんなことはしない」
「いえ、ロールさんでしたっけ、同席願います」
「いいのですか?」
「色々協力いただきたいこともあるので」
「わかりました」
周囲を見ると、今のところ壁の上に登る坂道作りでこちらを見ている者はいない。エリス並みの聴力ならどこにいても聞こえるだろうけど、念のためにと周囲をテントの布で囲んだ場所を用意してから話をする。
「作れないことはない、です」
「ふむ」
「しかし、分厚くて頑丈な皮を貫くとなると生半可なものではダメですね」
「柄の部分も鋼、だな」
「ええ」
「心当たりがある。作るのにどの位時間がかかる?」
チラッとエリスを見るとコクコクとうなずいているので、材料は大丈夫そうだ。
ズン、と重そうな音をさせながら二メートルはあろうかというそれが地面に敷いた布の上に置かれた。
「これを改造するって聞いたんだけど、マジか?」
持ち主はジャニエスという、身長百八十くらいありそうな女性冒険者。冒険者になってまもなく三年のDランクで、この巨大アキュートボア討伐の活躍によってはCランクが見えているという実力者だ。この槍は一年ほど前に造ったもので、穂先から反対の石突まで鋼鉄で二メートル近くある上に重さは優に二十キロを超える。それを片手で軽々持ち上げているのだから、実力に疑う余地はないだろう。
「これ高かったんだけどな」
「壊れた場合は、ギルドで補償します」
「ま、良いさ。アレを何とかしないことにはアタシらの明日も無いしな」
バンバンとリョータの背を叩いたあと大笑いしながら土嚢積みの方へ戻ろうとしたところで、ロールに呼び止められて何か話をしながら去って行く。多分、補償がどうのと言う話をしているんだろう。
そして、ふと見ると、向こうで土埃が舞い上がっているのが見え、しばらくするとエリスが飛び込んできた。
「リョータ、あったよ」
「ありがとう」
ラビットソードならぬラビットスピアを作るための魔法陣のインクは工房まで行けば在庫があるが、取りに行くのはちょっと躊躇われたので現地調達。エリスが材料になる薬草は全部採取出来ると判断したからだが、本当にどういう嗅覚をしているのかと感心してしまう。
するとそこへ支部長が顔を出す。
「ホーンラビット、三羽用意したぞ」
「ありがとうございます」
エリスが薬草を採りにっている間に、口の堅さに定評のある冒険者数名に頼んでホーンラビットを狩ってきてもらっておいた。エリス一人に任せるには負担が大きすぎたので。
「さて、やるか」
まず始めに、エリスが採ってきた薬草を焼いて灰にしたり、潰したりして混ぜ合わせて二種類のインクにする。そして、最初に作ったインクで魔法陣――適当なマルだ――を描いてホーンラビットの角を粉末にする。
続いて、地面に敷いた布に槍の形をなぞるように絵を描き、槍を転がしてその上に合わせる。
「では……魔力を流し込んで……完成」
ラビットソードは見た目だけなら普通の剣なのだが、出来上がった槍――言うなればラビットスピアか?――は、穂先が真っ黒ななかなか禍々しい見た目に仕上がってしまった。ま、いいか。
「なんか、カッコよくなったな」
見た目に関してはジャニエスが気に入ったようなので良しとして、使い方を説明する。
「魔力を込める?」
「はい」
「どうやって?」
「えーと」
魔力のコントロールというのは魔法を使う者以外には一般的では無いため、説明が面倒だったが、一時間ほどの練習でどうにかなった。
「うおっ!すげえぞこれ!」
「あははは……」
軽く魔力を込めて、槍自身の自重に任せて地面に突き立てるとそれだけで穂先が全てズボッと埋まった。なお、突き立てた地面は、大きめの砂利も混じっていたのだが、その切れ味故にきれいに切断された断面を見せていた。
「こちらの準備も整いました」
「では行きましょうか」
壁の上に通じる坂道もどうにか完成したようだ。
「ふう……リョータ、私頑張りましたよ!」
「おう、お疲れ」
「むふー」
褒めろと言わんばかりのポーレットだが、やることはまだあるんだよな。




