討伐のあと
「何だ、何がどうなってる?」
壁の上で見張っていた衛兵達にどよめきが上がり、衛兵の副隊長が聞いてくる。
「……俺にも何がなんだかわからん」
ガイアスもこめかみを指でぐりぐりしながら考える。
魔道具に出ていたドラゴンを示す魔力の表示が消えた。しばらくして、ドラゴン討伐完了を伝える青い狼煙が上がった。
ここまではいい。
Aランクパーティは全滅したが、瀕死に近いダメージを与えていて、Bランクの冒険者を含むパーティが倒すという可能性もゼロでは無かった。
過去に他の街で行われた討伐でもそうした例はいくつかあり、そう言うことも考慮して冒険者の配置を考えた。
だが、狼煙が上がったところは最高でCランクしかいないはずだ。まあ、そう言う可能性もあるだろう。Bランクが戦闘しながら移動、とどめを刺したのがCランクのいるところ、とか。だが……よりによって、Eランクの新人、リョータのいた位置である。一体何があったのか。
ここで考えていても始まらないか、と頭を振る。
「とりあえず降りる。現地で状況確認だ」
片付けを数名に任せ、ガイアスは登ってくるときに使った魔道具で下へ降りて魔の森に。
衛兵隊長に現場を確認してくる旨を伝え、戻ってきていた冒険者達に討伐確認をすると告げ、戻ってきたばかりだが着いてくる意思のある者を連れて魔の森へ入る。
「なんだか面倒事が押し寄せてきて順番待ちを始めそうな気配がするな……」
主にリョータ絡みで。
「う……」
何かの音で気がつき、目を覚まし、少しばかりの頭痛をこらえながらゆっくりと体を起こす。木陰に寝かされていて、毛布も掛けられていた。
「お、気がついたか?」
「大丈夫か?顔色ひどいぞ」
「無理せず寝てろ」
4人がそれぞれ声をかけてくるが……声の位置が低い?
「って、全員寝てるのかい!」
「悪いか?」
「さすがにヘトヘトでな」
「連絡用の狼煙あげるのが精一杯だった」
「はあ……」
音のした方を見ると、倒れたドラゴンの周囲に大勢の人が集まっており、解体をしているところだった。
「寝てても誰も文句言わねえよ」
「そうみたいですね。でも、ちょっと体をほぐしたいので起きます」
「そうか」
ゆっくりと立ち上がり、うーんっと伸びをする。頭痛は魔力の使いすぎが原因だな。少し体を動かした方が良さそうだし、解体も気になるので、ドラゴンの方へ向かおうとする。
「ああ、ちょっと待て」
デニスが引き留め、短剣を差し出してくる。真ん中で折れた短剣だ。
「これ、お前の短剣なんだが……ドラゴンに踏まれて折れてた」
「そうですか」
「これ、魔剣だろ?その……折っちまってスマン」
「いえ、いいですよ」
「いいのか?」
「デニスさんが折ったわけじゃないし、ドラゴン相手にその程度で済んだなら、上出来じゃ無いですか」
ドラゴンを斬ることが出来る魔剣なんて、大金貨が出てきてもおかしくないので色々覚悟していたデニスだが、ホッと胸をなで下ろす。
リョータにしてみれば、ただの店売りの短剣にホーンラビットの角をまぶしただけの物にそれほどの価値は無いと思うのだが、それは言わないでおく。あの魔剣をどうしたのかとかいろいろ聞かれそうなので、あとで何か言い訳を考えておかないと。
ゆっくりとドラゴンの方へ歩いて行く。ギルド職員数名の指示の元、ドラゴンの解体が行われている。鱗が硬く、解体に手間取るのかと思われたが、少し鱗をめくったところから刃を差し入れるとなんとか斬ることが出来るらしく、数名の職人――買い取り屋で見かけたことのある解体の専門家達だ――が切り分け、肉や骨を箱や袋に詰めると、冒険者達が数名一組で運んでいく。作業は順調そうだが、あの様子だと解体が全て終わるのに明日までかかりそうだ。とにかくドラゴンの大きさが半端ないので、作業が進んでいるようで進んでいないという感じだ。
「おう、リョータか」
「支部長、来てたんですね」
「まあ、色々とあってな」
「ご苦労様です」
「……そうだな」
何か含みのある言い方だな?
「もう大丈夫か?」
「はい」
「そうか」
「ドラゴンの解体、大変そうですね」
「まあな。だが、ドラゴンは鼻先から尻尾の先端まで捨てるところの無い素材の塊だからな。大変でもやりがいはある」
「なるほど」
街で買い取りをしている店も、ドラゴンを扱うなんて一生に何度もあるわけではない。『ドラゴンの解体経験あり』というのは一種のステータスなんだろう。
「動けそうなら、あの荷物持ち帰り組と一緒に帰るといい。その様子じゃ魔の森を歩くのも危ないからな。ああ、でも明日までならこの辺で休んでいてもいいぞ。無理はするな」
「はい」
「お前はギルドに泊まってるよな。戻ったら説明があると思うが、報酬については計算が明日いっぱいで終わるかどうかわからん。明日の夕方頃に受付に顔を出せ。その時に詳しい話が出来ると思う」
「わかりました」
「それと」
「はい?」
「よくやった。ありがとう」
「……はい!」
ポンポンと頭をなでられた後、リョータはデニス達の所へ戻った。
「はは……支部長に褒められてたみたいだな」
「え、ええ……」
子供扱いされるのは便利なときもあるが、そろそろやめて欲しいところだ。
「で、どうする?」
「どうって?」
「すぐ戻るか?」
「えーと……」
この四人を残して戻るのは少し抵抗があるな。
「考えるだけ無駄だな、一緒に戻ろう」
「ああ」
そう言って四人は起き上がり、自分の荷物を背負い始める。
「あの、まだ寝てた方がいいんじゃ?」
「大丈夫だって」
「お前が起きるまで待ってただけだからな」
「さすがに二、三日ゆっくり休みたいが、街まで歩くくらいならどうって事無いさ」
そう言ってデニスはガイアスに「今から戻るぜ」と伝え、荷物を運んでいる冒険者達に「俺らを混ぜろ」と入り込んでいくので、全員がそれに従う。
歩きながらウッズがリョータの隣に並ぶ。
「デニスの剣もニールの槍も結局ドラゴンに踏み潰されてな」
「ええ」
「ベックの杖に至ってはまだドラゴンの下敷きだ」
「……」
「つまり、俺たちの武器は、俺の弓矢と短剣だけ」
「うわ……」
「さっさと街に戻るのが正解」
道中は極めて平和で、数羽のホーンラビットが出た程度。それも他の冒険者があっという間に追い払う。街に戻るのが最優先なので、いちいち狩って解体、なんて面倒くさいことはしないのだ。
「やっと着いた」
「おう、お疲れさん」
街に入ったところで解散する。荷物運び組はそのまま待っていたギルド職員の元へ。デニス達はそれぞれ別に宿があるのでそちらへ。ギルドへ戻るのはリョータだけだ。
のんびりと歩きながらふと気付いた。
そう言えば、泊まりがけって初めてだったな。いい経験だったと言えば、そうなのだが、単にキャンプしただけのような……?
「リョータさん!お帰りなさい!」
ギルドに入るなり、感極まった風のケイトに抱きしめられた。比較的ゆったりとした服装のせいで今までわからなかったが、これはなかなか。俺、一生このままでもいいや、と幸せを噛み締めるが、それも数秒。
「ああっ、ごめんなさい。疲れてますよね、部屋はいつもの所です。どうぞ」
「はは……ありがとうございます」
いろいろな意味で礼を言って階段を上がり、いつもの部屋へ。ベッドに倒れ込むと、ついさっきの感触を反芻する。
色々柔らかかったぜ!
何か、すっごくいい香りだったぜ!
うん、子供扱い最高だ!




