特大アキュートボアを倒すには?
ズルズル引きずられていくのを見送りながらリョータたちは思う。
「結構余裕あるのか?」
「みたい」
「ですねえ」
応対していた職員は、その感想に何と答えたら良いかわからず、とりあえず話を続けることにした。
「とりあえずなんでもいいので、あれを討伐しないことには、この街はおしまいです」
「わかります。あの壁もいずれは崩れるでしょうし」
「リョータ、上から見てみようよ」
「そうだな」
「じゃあ私は……土嚢運びでも手伝いますか」
土嚢積みの作業は積み上げた高さが十五メートルほどになっているのだが、その辺りから作業効率がガクンと落ちてきている。
一つ二十キロはある土嚢は力自慢の冒険者でも二つがせいぜいで、上り下りだけでも時間がかかるようになったのが理由なのだが、ポーレットならどうなるかというと、
「マジかよ」
「二十個とか、どうやったら運べるんだ?」
背中の背負子に乗せた土嚢の量は明らかにポーレットの体格を上回っており、ギシギシと背負子が軋むので重量も相当だとわかるのだが、全く意に介すことなくひょいひょいと積み上がった土嚢を登っていき、ちょっと姿勢を崩してその場に土嚢を落とす。それらを積み重ねていくのを他の者にまかせて下に降りると、待ち構えていた者がその背にどんどん乗せていく。乗せる限界はポーレットが歩いて崩れ落ちない程度ならいくらでも。
絵面だけ見ると、年端もいかない少女に過酷な労働を課しているように見えるが、実態は全く逆。ポーレットがとんでもない量を平気な顔して運ぶので、他の者たちが負けじと無理をしようとし、途中で手足をプルプルさせながら立ち止まる始末。
とは言え、作業効率が上がったのは確かなので、一時間もすれば上までの道は出来るだろう。
「リョータ、行くよ」
「おう」
エリスに後ろから抱えられて身構える。遠くで何か奇声が聞こえた気がするが、気のせいだ。
そして、近くにいたギルド職員は理解を超えた現象を目撃した。
ドンッと鈍い音をさせて、リョータを抱きかかえたエリスが跳躍する。が、一度に壁の上にまで届くはずもなく、その様子を見ていた者たちは「なんでわざわざジャンプした?」と、首をかしげる。
だが、勢いが落ちた瞬間、再びドンッと音がしてさらに跳躍。さらに跳躍。
見ている者たちの理解を置き去りにしたまま、空中の跳躍を繰り返し、無事に壁の上に降り立った。
「到着っと」
「ありがと、エリス」
とりあえずこのあたりで、ギルド職員たちも冒険者たちも、あれこれ考えるのをやめた。理解しようとして出来るものではない。あれはそういうものだと受け入れよう、と。
ただ一人、ユーフィだけが満足げに頷きながら呟いていた。
「んふふ、やっぱり私のリョータはすごいわね」
いつから彼女の物になったのかとロールはハリセンをもう一回振るおうとしたがやめた。
「あの子!エリスがうらやましい」
「支部長、仕事をしましょう」
「わかったわよ」
とは言え、現時点で何が出来るかというと、何もない。だが、これからのためにしておけることはある。
「これ、飲んでください」
「えええ……」
「飲んでください」
「これ、苦いから嫌いなのよね」
「子供みたいなこと言わずに」
「ロールも飲めばわかるわよ。このひどい味」
いくつかの薬草を混ぜて作られた薬は、魔力を回復させる効果があるのだが、味がひどい。ユーフィが言うように苦い。だが、苦いだけでなく青臭さがひどく、本当に緊急時でも無い限りは飲みたくない。
「場合によっては支部長の魔法に頼ることになるんですから」
「そうだけど」
じっとしていればある程度は、と言いかけたのをロールが制する。
「リョータさんにかっこいいところ見せたくないのですか?」
ぐいっと一気に飲み干した。
「改めてこうしてみると……デカいなあ」
「うん」
全長八十メートル、幅は四十メートルと言ったところで、すっぽりと壁で囲まれた中に収まってガンガンと頭突きを繰り返している。その姿は昨日見たアキュートボアそのものなのだが、ここまで大きいと全く違う生き物だ。心なしか、その額から生えている角も長くて鋭く見えてしまう。そして、毛の色も違う。昨日運ばれていたアキュートボアは焦げ茶色だったのだが、コイツはほぼ真っ黒で、僅かに光沢もあるようだ。
幸いなことに後ろに下がって助走をつけるような広さもないし、壁がツルツルなので足を引っかけてよじ登ってくることもないが、先程から角を何度も壁に突き刺しては弾かれるのを繰り返している。ここまで精密に魔法をコントロールしている時点で、あの支部長が魔術師としてただ者ではないとよくわかる。今のところは支部長の魔法による強化が上回っているが、魔法が切れたら崩されてしまいそうなので、対応は急がなければならない。
「どうするの?」
「うーん、水責め。ダメだな」
四方を囲む壁はぴったりとくっついているが、僅かに隙間の線が見える。魔法で大量の水を流し込んでも、そこから漏れてしまうだろうし、下手をするとそこから決壊してしまうかも知れないので却下。
それに、コイツが水に浮かないならある程度効果は期待できるが、リョータの記憶では猪が海を泳いで島に渡ったというニュースがあったはずで、実は泳ぎが得意という可能性もある。
なんの考えもなく水を入れたら、コイツが外に出るのを助けるだけになってしまう。
「魔法、試してみるか」
とりあえず火を撃ってみた。
「マジかよ」
「すごいね」
小さな火だが、毛皮に当たった後、消えてしまった。焦げ目もつかずに。
「次、氷の矢」
当たった瞬間砕け散った。頑丈さはかなりのものかと次の魔法。
「風の刃」
僅かに毛が飛んだ程度。
「コイツ……ドラゴンより頑丈なんじゃないか?」
「試しに斬ってこようか?」
「やめておこう」
エリスが飛び降りて試し斬りを提案するが却下する。
ラビットソードの刃渡りはせいぜい五十センチほど。これではこの巨体の皮と皮下脂肪を切り裂くのがやっとで、致命傷どころかまともなダメージソースにもならないだろう。下手をすると、痛みだけは感じて大暴れして、斬りかかっていたところを振り落とされて踏み潰されることだってありそうだ。
ある意味ドラゴンというのはラビットソードと相性の良い相手と言える。その皮や鱗は強靭だが、腹を切ればすぐに内臓が見えるし、長い首に斬りかかればすぐに骨で、その中を通る脊髄まで届く。
それに比べてコイツは、首筋だって太いし、なんなら頭も分厚い皮と皮下脂肪で覆われていて、頭蓋骨をぶち抜くのも難しそうだ。
「いつものビリッとするのは?」
「やっぱそれか」
試しに電撃を撃ってみたが、パチンと弾かれた。
これで少しでもビリッときて動きが止まればまだ良かったのだが、そんな様子もなく。
「試し撃ちとは言え、全くこちらを気にしていないというのは、なんか悔しいな」
とは言え、矢を射かけても大きめの石を投げ落としても気にする様子がないのだから、あの防御力は相当なものと言える。
一旦降りて試し撃ちの結果を報告しよう。




