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  作者: ひじきとコロッケ
ルルメド
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支部長は色々拗らせている

 レーザー砲みたいなのでも撃てればいいなと練習したこともあったが、遠く離れるとイメージが固めにくくなるようで、拡散してしまう。これはこれで拡散レーザーだ!とはならず、わずかに草を焦がす程度の威力に落ちてしまった。これからの課題だな。

 では、隕石を落とすような魔法を、とも思ったがやめた。落ちる位置をコントロール出来る自信がなかったのだ。


「とりあえず、急ぐか」

「そうですね」


 着くまでに街は無事だろうか。




 昼を少し過ぎた時間帯の冒険者ギルドは基本的に暇である。冒険者の多くが朝イチで依頼票を奪い合い、夕方頃にもどってくるためで、受付にいるのも一人だけである。


「ふわ……今日も平和ね」


 欠伸(あくび)をかみ殺そうともせず、ギルド職員歴三年目のマノンがそう呟いた直後、飛び込んできた衛兵によってフラグが回収された。


「支部長はいるか?」

「へ?」

「支部長のユーフィ・ステープルはいるか?」

「えっと、支部長は今出掛けておりまして」

「クソッ……緊急事態だ!」

「緊急事態?何が起きたんです?」


 緊急事態と聞いてすぐに頭を切り替えるあたりは三年目と言えどプロである。

 そして、マノンが用件を聞こうとしたとき、壁の方角から緊急を知らせる鐘の音が聞こえてきた。


「全員、緊急事態の態勢へ!」

「「「はいっ!」」」


 受付から裏の事務室へ大声で伝えるとすぐに職員たちが動き出す音が聞こえた。


「で、何が出たんです?」

「わからん。見たこともない魔物だ」

「見たこともない?」

「一言で言えば、山が動いてる」

「へ?」


 誰もが耳を疑う一言だった。




「緊急の鐘?」


 商業ギルドで定例の打ち合わせを終え、冒険者ギルドへ戻ろうとしていたユーフィはその音を聞くや否や、すぐに振り返って壁に向けて走り始めた。何が起きたかはわからないが、まずは状況確認、そして現場に集まっているだろう職員たちに指示を出して……やることはきっと山積みだ。


「冒険者ギルド支部長のユーフィです!何がありました?」

「ちょうどいいところに!」

「支部長!」


 衛兵を捕まえて聞こうとしたその背中に彼女の部下の声がかかり、振り向く。


「マノンか!何があった?」

「山が動いてると」

「は?」

「私もまだ見てませんので」

「とにかく一度確認だ!」


 衛兵たちが慌ただしく動いている中、門を抜けた先でギルド職員たちが見たものは、


「確かに山が動いてるな」

「ええ……」


 あらゆる物をなぎ倒しながらこちらに進んでくる大きな山。衛兵が伝えてきた一報は確かにその通りだった。


「あれは……アキュートボアか?」

「見た目はそうですが、アキュートボアってあんなに大きいはずは……」

「グダグダ言っていても始まりません。冒険者は?」

「Cランクが数名、DランクとEランクがたくさんです」

「ぐぬぬ……」


 全く戦力になりそうにないとユーフィは歯噛みし、その様子を見て「なんか可愛い」とその本性を知らない衛兵たちが少しだけ和む。


「そうだ!リョータたちは?」

「今朝は顔を出してませんが、多分昨日と同じように薬草採取かと」

「薬草採取……多分結構遠くまで行っているな」

「おそらく」


 ギルド職員たちも考えることは同じで、既に確認済み。魔の森にいるならあれは見えていそうだけれど、すぐに来ることは出来ないだろう。

 とにかくあの山を少しでも足止めしないことにはコルマンドは明日の朝日を拝むことは出来なくなる。


「ええと……まずは……」

「ユーフィ支部長、こちらを」

「ん?」


 ユーフィとは一番付き合いの長いロールというベテラン職員がスイと(スタッフ)を差し出してきた。こういうとき、いの一番にユーフィのそばに来ているはずの彼女が遅れてきた理由がこれだった。


「必要かと思い、勝手に持ち出しました。処罰はあとから何なりと」

「ありがとう」


 支部長室に無断で入り物を持ち出すなど、窃盗と同義だが、今一番必要な物を持ってきてくれたことに感謝を述べる。


「出来れば鞭は弱めに長くお願いします」

「……わかったわ」

「期待しています」


 小声のやりとりのせいで、周囲の者達は、何かの聞き間違いかと思いスルーしているのだが、(おおむ)ね彼らの耳は正常である。

 そして、ユーフィが色々(こじ)らせている原因を作っているのが誰なのか、この辺りのやりとりで明白なのだが、当の本人が気付いていないのが色々と問題だ。


「先に上へ行きます。大きいのをぶちかますので、すぐに来て下さい」

「了解しました」


 あまり装飾はないものの、その先端に虹色にきらめく石のはまった杖でトンと地面を突くと、ユーフィは短く呪文を唱え、魔法を発動させる。


宙へ舞え(レビテーション)!」


 同時に風が巻き起こり、ユーフィの体が勢いよく空へ舞い上がる。何となくそれをその場の全員が目で追ってしまい、ロールの口から余計な一言が漏れた。


「下から丸見え」

『な゛っ!』


 あれだけ風が吹き荒れる中にいてよく聞こえたなと感心したが、とりあえず壁の上には無事に着地したようだ。


「……」

「どうしました?」

「いえ……その……」


 この場にいる衛兵は全員男性で、彼らがどういうリアクションをしたらいいのか困惑しているので、とりあえず助け船を出しておこうとロールが気を利かせる。


「気になるのでしたらプロポーズの言葉でも投げて下さい。色々片付く(・・・)のでありがたいです。そうでないなら見なかったことにしてください。犬にでも噛まれたと思って」

『聞こえてるわよ!』

「あ、通信用魔道具が作動してたんですね……」


 壁の上、下、魔の森の中などあちこちで連携するために持ち込んでいた魔道具が既に作動していたから色々聞こえていたのかとロールは納得しつつ、長年の付き合いもあるのでフォローも入れておく。


「良かった」

『何が?』

「色々拗らせて地獄耳が発達したのかと」

『……あとで覚えてなさい』

「すみません、歳のせいか記憶が覚束(おぼつか)なくて」


 そんなやりとりをしながらもユーフィの次に経験の長いロールは職員たちに次々と指示を出しながら階段を登っていった。年齢的にこの階段はキツいので、一緒に連れて行ってもらえば良かったと後悔しながら。




「はあ……まったく……ま、いいわ。いい感じに肩の力も抜けたし」


 ブンッと杖を一回大きく回すとこちらに迫ってくる()を見据えて構える。

 ユーフィがBランクになった頃、ダンジョンの奥で見つけた、おそらく過去の冒険者が遺したであろう杖はダンジョン内の魔素により恐ろしいほどの魔力増幅器となっていた。それこそ宮廷魔導師から金貨の山に貴族位までつけての引き渡しを求められるほどに。だが、実物を確認した段階でその話は流れた。杖自体の性能が神経質(ピーキー)すぎて、筆頭魔導師ですら制御しきれなかったのである。

 結果、その杖は「制御不能な杖(ランペイジスタッフ)」などという不名誉な名をつけられて返却されたのだが、せっかく手に入れた魔道具だ。なんとしても使いこなしてやろうと切磋琢磨した結果、ユーフィはその制御に成功し、宮廷魔導師たちが束になってもかなわないほどの魔術師として名を上げ、Sランクとなったのだ。


「さて、どこからどう見てもヤバいのを相手にするには……」


 彼女が知る限り、つまり遙か昔、冒険者ギルドが設立されて以降の記録上、あんな巨大なアキュートボアが出現したという記録は二件のみ。うち一件は目撃情報のみで、もう一件は大陸南部で街を一つ壊滅させた後に魔の森へ引き上げていったという記録のみ。言うまでもなくその街の復興は数十年という時間を要しているのだが、何よりも討伐した(・・・・)という記録がない。そんな災害級の魔物をどうにかしなければならないというのは実に光栄だが、責任も重大。Sランクという肩書きはこういうときに碌な仕事をしないとため息をつきながらも、自分に出来ることを考えて行動に移すべく、突進してくる山を遠眼鏡で確認し、作戦を立てる。

どうしてSランク冒険者には変態が多いんだろう(遠い目)

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