コルマンド支部はとてもアットホームな職場です
時間は十分ほど前、リョータたちが奥の部屋へ通された直後に戻る。
コルマンド支部の建物は他の街にある支部同様それなりの広さがあり、受付奥の扉の向こうは事務所となっていて職員たちがそれぞれの抱えている作業をしている、ごく普通の風景だった。
そこへユーフィが足取りも軽く入ってくると、数人がそちらに目をやると、そんな視線に気付いてか、ユーフィが全員に聞こえるように告げる。
「リョータさんたちが来ましたので、報奨金を渡してきます」
そう言って金庫の鍵を手に取ると、ガチャリと開けてズシリと重い袋を取り出す。
「手伝いましょうか?」
「大丈夫よ」
「そうですか」
入って日の浅い職員が重そうな袋を見て声をかけるが、一人で大丈夫と断られ、すごすごと自席に戻る。
「これと……これ、あとこれと……っと、これを忘れるところだった」
手続きに必要な書類を箱の中から取りだし、最後に自席の机の引き出しからもう一枚取り出すと、その様子を見ていた一番年かさの職員の目が光る。
「それじゃ、手続きしてきますね」
軽やかな足取りで出ていくのを見届けたその職員は、スッと立ち上がると短く告げた。
「状況、赤」
その場にいた、一番若い職員を除いた全員が跳ねるように立ち上がると、すぐに別室へ向かう。
「え?え?何これ」
「お前は受付に行け」
「は、はい」
詳しい状況を知らされていない彼が受付を交替する頃には、職員たちはそれぞれの支度を調えて、所定の場所で待機した。あとは彼たちがこちらからのメッセージに気付くかどうか。
そうして息を潜めていたところ、チリンと鈴が鳴り、待機していた職員たちがアイコンタクトの後、ハンドサインを交わす。
状況開始、と。
エリスが紐を引いた直後、何もないように見えた壁がバタンと開き、覆面をした者――と言っても、服装はギルド職員の制服である――が数名なだれ込んでくる。
「え?え?」
「何これ?」
ユーフィにリョータたちが戸惑っている隙に、なだれ込んできた者たちはユーフィの両腕を取って立たせるとそのまま壁際に押しつける。
「確保!」
そして、手すきの一人がリョータの元へ。
「今のうちに脱出を。こちらです」
リョータたちが持って行くべき数枚の控えを持たされ、これまた壁にしか見えなかったところにパカリとあいた通路へ誘導され、しばらく進んだ先はギルドの裏手。
「明日の朝までにはケリをつけておきますので、それまでは近づかないように。それでは失礼します」
必要なことだけ告げて閉じられたそこはただの壁。内側からしか開かないのだろう。
「何だったんでしょう?」
「さあ」
エリスの疑問はもっともだが、
「とりあえず……宿を探すか」
「ですね」
「どうして?どうして邪魔するの?」
「邪魔ではなくて、普通に職務をこなしてください」
「ちゃんとお仕事してるじゃないの!」
「私的な書類を差し込まないでください」
「私的じゃないもん!立派な公用文書だもん!」
幼児退行の見られる言動の割に、なるほど確かに婚姻届は公的な文書だなと、思わず説得されかかる。
「書類は公式でも内容は思いきり私的じゃないですか」
「でもでも」
「確かに、諸々の事情を見ても結婚された方がいいのでしょうけど……リョータはダメでしょう」
「どうして?」
「そもそも相思相愛どころか、接点ほぼゼロじゃないですか」
「ほぼゼロって事はゼロじゃな「受け付けで初顔合わせは接点ゼロと同義です」
「ぶー」
「あと、年齢的に釣り合いがとれません」
「あうっ」
これが一番効いたようであるのを見ながら、ビリッと婚姻届を破り捨てて、続ける。
「さ、他の仕事がたまってます。通常業務に戻ってください、ユーフィ支部長」
ルルメド冒険者ギルドコルマンド支部の支部長ユーフィ・ステープル。二十代前半に見えて実は来年四十五になる、結婚への夢が捨てきれない、色々と残念な女性である。
なお、元Sランク冒険者であり、コルマンドに結構な広さの屋敷を構える、ルルメドの一代貴族でもある。
彼女の結婚願望は、今に始まった話ではなく、冒険者だった頃からのものであるが、現役時代はその実力に男たちが恐れをなして逃げ出し、ギルド職員になってからはそれが一層顕著になった……ちょっと可哀想な女性でもある。
「まさかアレがここの支部長だったとは」
「世も末ですね」
「恐かったです」
リョータたちがギルドの奥へ通されたのに裏手から出てきたのを見ていたこの街を拠点にしていた冒険者たちが親切にも教えてくれた。
アレがここの支部長だと。
そして、だいたいああいうことが二、三ヶ月に一度くらい起きていると。
「アレさえ無ければ、冒険者のことをよく考えてくれるいい支部長なんだけどな」
「そうそう。職員たちの指導もしっかりしていて、無理難題を押しつけたりもしないし」
「いい人なんですね」
「そうだな」
「美人だし」
「笑顔がいいんだよな」
「……そう思うならアタックし「「「無理無理!」」」
「えー」
「あの思い込みの激しさがな」
「うんうん」
「俺、新人の頃に……うっ、頭がっ」
「俺なんて、ゲフンゲフン……」
どんなトラウマ植え付けてんの?!
「ま、まあ……なんだ。安心していいと思う」
「へ?」
「多分、今頃他の職員たちに説得されているはずだ」
「説得……」
「おう」
「んで、説得の詳細はわからねえんだが、その後は変に絡まれるようなことはなくなる」
「へえ」
「もちろん、支部長の仕事として会うことはあるだろうが、事務的な対応になるから大丈夫だ」
「そうだな。まるで別人みたいになる」
それ、説得なんですかねえ?
「それはそれとして」
「はい?」
「ドラゴン討伐について詳しく聞かせてくれよ」
「そうそう。何をどうやったのか聞きたいんだよ」
「えーと」
「もちろん、話せないことは話さなくていいけどさ」
「こう……あのデカいのに立ち向かっていったときに、どんなことを考えていたのかとか」
「勝てる自信があったのかとか」
「それに、ポーレットも何か役に立ったんだろ?」
「え?私ですか?」
「そっちの犬の子は、見た感じで強そうだってわかるけど
「わ、私ですか?」
「何しろ、ポーレットはポーレットだからな」
「だな」
「うわっ、私の評価、低すぎ……?」
お前……ついこの間までどころか現在進行形で荷物持ちメインだろと心の中で突っ込みながら、リョータはこの街で数日滞在しても問題なさそうだと判断した。
「大金は手に入ったが、大金過ぎて使いづらいので、普通に常設依頼をこなすぞ」
「はいっ」
「はーい」
「返事がイマイチなポーレットは晩飯のおかず一品減らそう」
「そんなっ!」
工房へ金をしまい、当面の路銀稼ぎとして魔の森へ入ると大きさの割に単価の高い薬草採取をメインにこなす。
「こっちです……あ、こっちもいいかも」
「両方行こう、近い方から案内してくれ」
「うん、まかせて!」
相変わらずエリスの嗅覚が大活躍なのだが、
「マジか」
「俺、全然わかんないんだけど」
昨夜、一緒に飲み食いした別パーティの獣人が呆れていた。彼も普通の人間よりはるかに嗅覚が優れていてパーティメンバーから絶大の信頼を得ていたのだが、それをはるかに超えていると。
「じゃ、俺たちはこっちなんで」
「お、おう……気をつけてな」
「ええ。お互いに」
あちらは別方向へ向かい、魔物を狩るらしいので途中で別れる。
「何ていってたっけ?」
「アキュートボアですね」
「聞いたこと無いな」
「私も初耳です」
「私も名前くらいしか知りませんよ。確か角が生えた猪です」
「ふーん」
この道十年近くのベテランらしいし、何度もこなしている依頼らしいので特に心配はしていない。そもそも、一度メシを一緒に食った程度の仲だから、あまり気にしても仕方ない。そう思っていた。




