なれそめ
「リョータ、エリス、ポーレットという三人組がルルメド入りしているらしいので、到着した際には……」
冒険者が国境を越えて行き来することは珍しいことでは無いが、こうした連絡が入るケースは非常に珍しい。Aランク、Sランク冒険者の場合、どこかで難易度の高い依頼が発生し、早急な対応が必要としてこういう通達が流れることはあるが、
「Cランクですよね?」
「リョータとエリスって、最近ちょっと話題の?」
「ポーレットって、あの万年ポーターのポーレット、でしょう?」
「一緒に行動しているって事?」
コルマンド支部の職員たちが困惑するのも当然だろうと、ユーフィは通達の詳細を確認する。
「ブレナクの王宮から……報奨金?!」
「え?何それ?」
「ド……ドラゴンを三人で討伐した?!」
「ないない、それはさすがに無い」
「でも、ほら」
「えー、嘘でしょ?」
いくら何でも盛りすぎだろうと思い、もう少し詳しい情報を確認しようと通信魔道具の部屋へ向かう。
冒険者ギルドは一部の冒険者が国境を越えるとわかると、互いに情報交換をする。依頼達成の状況や、他の冒険者の間での評判など。これは問題有りの冒険者についての注意喚起をするのが主な目的だが、ごくわずか、優秀な冒険者の情報伝達となる場合もある。そして、リョータたちは後者に該当し、通信魔道具のそばには、ブレナクから送られてきたリョータたちの簡単なプロフィールが書かれた紙が積まれていた。
「ポーレットに関しては特になし」
もともと大陸北部で活動していたポーレットは、ルルメドでも名前だけは知られていて、せいぜい借金奴隷になったが返済を終えたかと思ったら、天文学的な額の借金を抱えたという程度の情報。借金に関しては博打などで作った物では無いので不問。そして冒険者としての能力は中庸どころか底辺を低空飛行。ポーター専門という評判通りである。
では、リョータとエリスは?
大陸西部からはるばる旅をしてきたという時点で相当に珍しい。ルルメドに残る記録を見返しても数十年ぶりかと言うくらいに。しかも、二人とも冒険者登録をして一年もしないうちに登録した街ヘルメスを発って、ここまで来ている。しかもその間にドラゴンだけで無く、超巨大サンドワームだの、ワイバーンだのと言った災害級の魔物を討伐。そして、いくつかの街では貴族や王族を助け、ブレナクのように出来れば貴族として、国家に協力して欲しいなんてのを行間から滲ませるような文書を送ってくる始末。
「これはすごい人材ですね」
彼らは何のために西部から東部までやって来たのだろう。何もない荒野があったり、冒険者を疎ましく思う国があったりとその道のりへ決して平坦ではなく、ただ単に「大陸東部を目指したい」という程度で来るだろうか。
もっとも、だからこそ冒険者なのかも知れないが。
「もしかして」
普通ならあり得ない事が起こることはある。そう、今この時点のように。
「と言うことで、皆さん……特にリョータさんとエリスさんは大陸西部から北部の冒険者ギルド各支部が注目している冒険者なのです」
「そうですか」
ラノベにありがちな「目立ちたくない主人公」のつもりは無いし、目立とうとして行動していたわけではないが、結果的にはよく目立っていたのはリョータも否定はしない。
「そんなわけでして、各地からの情報を集めまして」
「集めて?」
「このコルマンド支部にやってくる日を指折り数えて待っていました」
「は、はあ……」
「これはもう!」
「もう?」
「結婚を前提に付き合っているのと同じです」
「どこが?!」
発想が飛躍しすぎていてついて行けない。
「おかしいですか?」
「ええ」
隣を見るとエリスは「何言ってんのこの人」という表情だし、ポーレットは呆れかえりすぎて表情が消えている。うん、俺の感覚はおかしくないよな。
「わかるように説明しないとダメですね。まず最初に」
「最初に?」
「リョータさんたちがこちらに向かっているという情報が届きました」
「はい」
そこまではいい。ブレナク国王の署名入りの書簡を無視出来るわけがない。
「そこでリョータさんについて詳しい情報を集めました」
「どうして?」
「ブレナクの王宮からは感謝の意が届いていますが、その実績が偶然なのか、それとも……言葉は悪いですが、他のベテラン冒険者の実績を横取りしたのかも、とか」
「つまり、俺たちに対する評価が本物かどうか裏を取りたかった」
「ええ」
ここまでは筋が通っている。
「そこで、お二人の出身である西部からも情報を集めました」
ギルドの支部間で連絡を取り合うための魔道具は、かなりの距離で通信が出来る。実際、コルマンド支部にある魔道具ならイーリッジまで届く。が、それ以上先はイーリッジの職員に頼んで取り寄せてもらうことになる。要するに遠く離れた支部間で伝言ゲームをするような物だと思えば良いだろう。
「距離があるほど情報って集まりにくいんです」
「そうでしょうね」
地球のように電波が飛び交っていて電話やネットですぐに情報収集が出来るわけでもないし、飛行機のように数千キロを手軽に移動できる手段があるわけでもない。
「つまり、リョータさんの情報を集めるために、とっても苦労したんです」
「ご……ご苦労様です」
「こんな苦労をした時点で、もう付き合ってるも同然ですよね」
「そこの話の飛び方がよくわからない!」
「そうですか?」
ユーフィがどうしてわからないんだという顔をしてから少し考え、ポンと手を打つ。
「これならわかると思います。情報を集めて整理するために、ここ数日は結構残業したんですよ」
そんな残業しないで定時で帰って欲しいところだ。多分上司もそう思ってるだろう。
「そして、帰りが遅くなった私のことを両親が心配するんです」
そりゃ心配するでしょうね。
「そこで、リョータさんたちの名前はぼかしながら理由を話したんです。「気になる冒険者がいて調べている」と」
ん?何か流れがおかしくなってきたぞ?
「そうしたら母に言われたんですよ。「それは恋かしら?」と」
「えーと」
「父からは「一度家に連れてきなさい」と言われました。これってつまり結婚前提の交際の挨拶をしに来いってことですよね?」
誰か助けてください。
「掻い摘まんでのお話ですが、おわかりいただけましたか?私とリョータさんのなれそめ」
「なれそめて無いと思います」
「そうでしょうか?受付にリョータさんたちが来たとき、すぐにわかりましたよ。ですので、きちんと名乗らねば未来の夫に失礼になるとも今して」
えー、来ただけでわかる……わかるか。俺とエリスはともかく、ポーレットは有名人だからな。この辺に来たことが無くてもある程度噂は流れているだろう。いつも背負っている自分の体よりも大きなバッグ込みで。
「と言うことで、是非ここにサインを」
「俺、まだ未成年なんで結婚出来ません」
確か、だいたいの国が成人年齢を十五歳くらいにしていたはずで、結婚もそのくらいだったはず。とは言え、そのあたりの厳しさの無い村なんかではもう少し若い年齢でも結婚する例があるらしいけど。
「大丈夫です。あと一年ほど保管して、その後提出を」
「色々ダメな奴だよね?」
「ご安心を。日付の欄は空欄にしてありますので」
「そういうことじゃなくて」
どうやって対処したものかと悩み始めたところで、クイクイと隣のエリスのが素手を引っ張った。
「リョータ、あれ」
「ん?」
ドアのそばに「ユーフィの言動にお困りの際はこの紐を引いて下さい」という貼り紙がされており、その紙のすぐそばに天井から垂れ下がる紐が揺れていた。
「エリス、引いて」
「うん」
頷いたエリスが立ち上がりドアに向かうのを見たユーフィが告げる。
「ドアは鍵をかけてあるので開きませんよ」
「なんで内側からかけられるんだよ」
左手の先でクルクルと回される鍵束を見て思う。ここの支部は色々おかしいと。
そして、そんな色々とアレな視線を集めながらエリスが「えい」と紐を引っ張るとどこかでチリンチリンと鈴の音がした。さて、これで問題解決になるのだろうか?




