いつかどこかで会った人?
そのままユーフィが続けた説明は、至極当然と言えば当然の内容だった。
経緯はともかく、ドラゴンが街を襲ったのは事実。そしてそのドラゴンを仕留めたのがリョータたちであることは多数の目撃者の証言から明らか。
三人がそのまま街を去ってしまい、直接礼を言えないのは残念だが、国として、街の危機を救ったものへは報いねばなるまいとして一番わかりやすい金銭による報奨を選択したという。
「結果的に街の被害としては数軒の建物の一部破損……まあ、壊れた内にも入らない程度ですが、それと、数名の軽傷者……これも、ドラゴンに驚いて逃げ惑って転んだとか言う情けないものですけどね、その程度で済みました。放っておけば街そのものが消失していてもおかしくなかった事を考えると、街を救った英雄です」
街が消えてしまったら、それ自体の被害も相当であるが、街によって塞いでいる魔の森から魔物があふれてくる可能性があり、そうなった場合の被害は全く見当が付かない。
オマケに、少々内臓が焼けているが、ほぼ完全なドラゴンが残されているということは、色々な加工により、高級な薬や武具などが作れると言うこと。既に聡い商会が捕らぬ狸のなんとやらで動き始めているので、最低でも1年は経済もよく回るだろう。
「と言うことで、報償金の支払いを冒険者ギルド経由で行うようにと通達が来ておりましたので、その手続きをさせていただきたいのですが」
「わかりました」
「では、奥の方へ」
額が非常に大きいと言うことと、書類手続きがちょっと多いということで、奥の部屋で受け渡しされることとなった。時間帯が微妙なせいで、ギルド内にいる冒険者はゼロだからそこまで気を遣う必要性は低そうだが。
こちらでお待ちくださいと通された部屋で並んで座り、ユーフィさんが来るのを待つ。一応エリスが怪しい会話などが無いか探りを入れているが、他の職員に受け付けの交替を頼んでいるのと、袋詰めの硬貨を金庫から取り出している音しか聞こえないというので、おかしな事にはならないだろう。と言うか、エリスの聴覚がやっぱり人間離れしているというか、獣人の領域も越えてる気がします。
「お待たせしました」
数枚の書類と重量感のある革袋を持ったユーフィさんが入ってきて向かいに座る。
「それでは……こちらがブレナクからの書面となります。通信魔道具経由のため、正式な書類ではありませんが……こちらに金額が」
六千万ギル……また資産が増えたな。
「それではこちらを確認いただいて」
「エリス、ポーレット、数えて」
「「はい」」
単純に言えば中金貨六枚なのだが、このくらいの額になると個人が使える硬貨ではなくなってくるので、ギルド側が気を利かせて小金貨と銀貨各種を混ぜて渡されているので、キチンと数えた方がいい。不正の類いは無いだろうが、お互いに確認したという体裁は必要になるからな。
「こちらの受領欄にサインを」
「えーと……はい……はい」
こういうときに文面はキチンと確認しておく。「報償金及び爵位を」とか書かれていたりしたら後々大変だ。
「金額、問題ありません」
「よし……では、ここと……ここ」
「あとこちらも」
国をまたいで、王宮絡み、しかも額が大きいと言うことで受領のサインを書く紙も結構な枚数になる。
どうしてこう、同じ事をあちこちに、とも思うが、それがお役所仕事という奴で、この一枚の紙切れで色々利権をむさぼる貴族なんかがいるんだろうな。
「っと、こちらもお願いします。それと、こちらはここにサインを」
「はいはい……えーと、ここに」
名前を書きかけて手を止めた。
「どうかされましたか?」
「こんなモン、書けるか!」
「え?」
いきなり大声を出したのでエリスとポーレットがビクッとなって手を止めたので、その理由をキチンと示すべく、その紙を掲げてやった。
「何でここに婚姻届なんてのがあるんだよ?!」
「え?おかしいですか?」
「普通、この場面で出てきませんよね?」
「そうですか?」
言うまでも無く、この世界に置ける戸籍というのは実にいい加減でてきとーな管理をされている。一応、子供が生まれたら役所に届け出る。が、街で生まれたならともかく、村で生まれたら村長へ。そして村長が年に数回街に出掛けたついでに届け出る。しかも届け出る理由が税金の額を決めるため。だから、貧しい村では届け出られていない子供など珍しくも無いどころか、届け出られないまま一生を終える者だっている。それで困らないのかというと困らない。届け出が無くても街に入るのは可能だ。
「名前は?」
「××村の○○です」
「そうか……通行料」
「はい」
「よし、通れ」
こんな具合。悪事を働いてお尋ね者になっているとか、村長が何かやらかして村自体が国から目をつけられているとかでもない限り、ユルい。
極端な話、根無し草の冒険者の方が余程身許がはっきりしているとも言えるくらいにいい加減な管理だ。
さて、そんな冒険者だが、通常の人間同様に結婚くらいはするし、冒険者ギルドがその手続きを受け付ける機関として機能する。本来はそういう手続きは国が管理すればいいのだが、何しろリョータのように国境を越えるという行為に抵抗がない者が多いため、国では管理しきれないから冒険者ギルドが管理するのだが、管理する理由が「結婚詐欺が横行した過去があるから」と、まあまあひどい。何しろ、
「この依頼が終わったら結婚しよう」
「本当に?!」
「ああ。ところでものは相談なんだが、愛する未来の伴侶のために、この剣を買ってくれないか?今まで使っていたのがとうとう欠けてしまって、明日からの依頼に間に合わせたいんだ」
「わかったわ!」
この後、トンズラするという詐欺行為は今もどこかの国で行われているという。
そこで、そうした詐欺を少しでも減らそうと作られた制度で、根無し草の冒険者を追跡しやすい冒険者ギルドがどこかへ高飛びした相手の居場所を教えるというのがメインのサービスという時点で、色々とアレな制度だとも言える。
「とりあえずこれには書きませんからね」
「いいじゃ無いですか、ちょっとくらい」
「ちょっとで済む問題じゃ無いでしょうに……だいたい何でここにユーフィさんの名前が書いてあるんですか」
「そういう関係だからです」
「へ?」
「私の名前を既にご存じというのが何よりの証拠」
「リョータ?!」
エリスがこちらを睨み付けてくるんですけど、本人が受付で名乗ってたよね?あと、その横でなんかニヤついているポーレットは今日の晩飯抜きだからな。
「エリス……俺のこと信じられない?」
「え?あ……えっと……うん。信じてるよ」
「まあ、基本的にずっと一緒にいましたからねえ」
これにはポーレットもまともなフォローを入れる。
そりゃそうだ。常時周囲を監視し続けているような聴覚と嗅覚の持ち主がそばにいる状況で、何をどうしたら初めて来た街のギルドの職員と知り合うことが出来るのか、きちんと説明をして欲しいところである。
「……ついさっき受付で会ったばかりですよね?」
「いいえ」
「え?」
どこで会った?




