コルマンドの受付嬢
行商人たちの噂話を総合するとこんな感じですとポーレットがまとめた。相変わらず情報収集の早い奴だ。
「とりあえずこのまま南下してルルメドに入って……三つ目の街が王都だっけ?」
「えーと、確かそうです」
「王都はスルーしておくか」
道中の補給は村でも出来る。だが、王都に寄ると……下手をするとブレナクでの情報をつかんだ何らかの勢力――この場合、王族が一番ありそうだ――に捕まる可能性がある。
ひどい扱いを受けることは無いだろうが、無駄に神経すり減らして足止めを食らうのは避けたいところだ。
「んー、途中の村の状況、聞いておきますか」
「そうしてくれ。いざ行ってみたら店も無ければ宿も無い、だと面倒だからな」
それではとポーレットが席を立ちかけたところで、不意にその単語が聞こえてきた。
「まいったよ……ヴィエールの手前で引き返すことになっちまったからな」
「そりゃ運が無い」
今のは……
「ポーレット」
「は、ひゃい?」
「今、ヴィエールの話をしていたのがいたな」
「え、ええと」
「ポーレット、あのテーブルです」
とっさのことで気付かなかったらしいポーレットのためにエリスがあそこです、と指し示す。
「ヴィエールってなんでしたっけ……あ、アレすか」
「そうだ……忘れたとか言ったら額に入れ墨してやろうかと思ったが」
「顔はやめてください。と言うか、額に書かれても見えませんよ」
「それもそうか」
何もしていないのに額を手で隠しているポーレットに告げる。
「ヴィエールまで行けなかったとか話してたのが聞こえたんだが……詳しく知りたい」
例えば魔の森との境界が崩れて街自体が消滅していたとかいう話だと、せっかくたぐり寄せてきた手がかりが消えてしまう。
「わかりました。聞いてきます」
「え?」
「大丈夫ですよ。見たところ行商人ですから」
行商人も冒険者もいくつもの国をまたいで移動することは珍しくなく、互いに街や村での噂話や大きな事件などの情報を交換し合うのはよくあること。
「ということで……」
ポーレットが手のひらを出してきたのでとりあえず握手してやる。
「そうじゃ無くて!口の滑りをよくするためには先立つものが必要なんです」
「それならそうと言え」
中銀貨を数枚握らせてやると「では」と威勢良く向かっていった。んで、となりにいるエリスが手のひらを出してきているわけだ。何かを期待したまなざしで。
「はい握手」
「はい」
こっちはこれで正解だったらしいが、手を離してくれない。
フォークと言えど利き手でない左手で使うのはちょっと……と思っていたら、スイッと目の前に肉を一切れ刺したフォークが出てきた。それを持っているのはキラキラとした目で見つめているエリス。
ま、いっか、いつものことだし。そう自分の中で結論づけてパクつくとうれしそうに微笑むので、思わず微笑み返してしまう。リョータとエリスの間ではこれまでにも幾度となく繰り返されてきた日常の一部。だが、結構な人数――しかも酔っ払い多め――で賑わっている酒場でそんなことをしたらどうなるかというと、
「ヒューッ!」
「若いって良いねえ!」
「ほら、もっとくっつけよ」
完全に出来上がっているいい年した大人たちがはやし立てるわけである。
と言っても、この一連の流れも……既に慣れているので、椅子を少し動かして近づける。
そうするとまたはやし立てるわけだ。ポーレットが話を聞きに行った行商人まで一緒になってるが、あっちはあっちで大丈夫だろうか?
「ということで、特に気にする必要はなさそうです」
「何もないってのは大事な情報だな」
ヴィエールの手前には大きな河があるそうだ。そしてあの行商人が訪れた時期は、その河が増水する雨季を少し過ぎた頃で、予定では河を渡ってヴィエール、さらにその先まで行く予定として、河へ向かおうとした。しかし、今年は少し雨季が長かったのか河の水位が下がっておらず、仕方なく引き返してきた、ただそれだけだった。
「引き返し始めて二週間ほどで河の水位は下がったそうなので、特に気にする必要はなさそうです」
「そして、ヴィエールまでのだいたいの地理もわかったと」
「はい」
行商人というのは品物を運び、売り続けるのが仕事。一日二日の足止めなら許容範囲だがそれ以上となると、さっさと見切りをつけて移動した方がいい、という考えだから魔の森沿いでは無く海岸沿いのルートで戻ってきて、そろそろいい感じなのでまた南下し始めるそうだ。
「護衛とか出来ないか?とも聞かれましたが……」
「途中までならいいけど、延々と護衛はちょっとな」
ヴィエールはここルルメドを南下した先の国をさらに超えたところにある。ひたすら進んでいくだけでも二、三ヶ月はかかるんじゃないか?
「色々秘密が多いというか、専属護衛みたいになると魔の森にも入れないし、工房にも戻れない」
「そう言うと思いまして、断っておきました」
「気が利くな」
という会話をしているが、実のところポーレットが戻ってくる前にエリスが聞いた内容を聞いているので、既に結果を知っている報告だ。もちろん、ポーレットが必死に断っている様子をエリスが実況してくれてたときは少しハラハラしたのだが。
「とりあえず、このまま南下して国境を越えて一つ目の街はスルー。二つ目の街、コルマンドへ向かう」
「はい」
「だいたい十五日くらいか?」
「みたいですね」
道中の村のこともポーレットが聞いていて、宿や店もあるというから、準備は必要最低限でいいだろう。
コルマンドまでの道中は極めて平和に過ぎていく。
元々、イーリッジ近辺のように海沿いの村と山沿いの街の間での行き来が盛んで、街道が整備されており、国の騎士団による巡回も頻繁に行われているため、下手をすると護衛をつけずに行き来する行商人すらいるほどだ。
道中、雨で一日潰れたのと、比較的大きな漁村に二日滞在して海産物を堪能したというアクシデントはあったものの、無事にコルマンドまで到着した。
そして一応は冒険者ギルドに顔を出す。ブレナクの王宮がここまで追いかけてきている可能性はゼロでは無いが、国境を越えてから初めて街に立ち寄ったという筋だけは通しておく。
もちろん妙な事態になったら逃げるのだが。
「いらっしゃいませ。ルルメド冒険者ギルドのコルマンド支部へようこそ。受付担当のユーフィと申します、どうぞよろしく」
「「「……」」」
普通、いきなり受付が名乗ることは無いので驚いただけなのだが、こっちの方では名乗るのが普通なのかな?
「どうかされましたか?」
「Cランクのリョータと同行しているエリスにポーレット。国境を越えて最初に来た街がここになるので、届け出を」
「では冒険者証を」
「はい」
ユーフィが三人の冒険者証を受け取ると、手元で何かの書類に書き付けていく。ここまでは今までにも何度も見てきた作業だ。
「冒険者証、お返しします」
「どうも」
「ところで」
「な、何でしょうか」
「ザランの「失礼しました」
「ま、待ってください!」
クルリと振り返ろうとしたリョータの腕をつかんでユーフィが引き止める。
「いきなり逃げようとしないで下さい」
「色々イヤなので」
「は、話だけでも!」
「……話だけなら」
ほっと胸をなで下ろしながらユーフィが言う。
「ブレナクの王宮より、報償金が出ております」
「「「へ?」」」




