農村の生活の知恵
「大丈夫ですか?!」
「あ……ああ……」
馬車はなんとか原形を留めているが、衝撃でどこかにぶつけたのか、中にいた二人は額から血を流し、朦朧としていた。ビクンビクンと痙攣しているのはなぜだろうかと疑問に思ったが、リョータの魔法が金属を伝わって馬車の中まで届くなんて知識はポーレットにはないから当然だ。
「コレです。コレをあのドラゴンが狙っているんです」
「……そう……なのか?」
「処分します」
「ま、待て!」
待てと言われても、このままではさらにドラゴンを呼びかねないので、無視。小さな箱を奪い取るとそのまま馬車を飛び出すと風向きを確認。
「ええと……あんまり時間も無いし、ここでいいか」
直後に始まったリョータたちとドラゴンの派手な戦闘のおかげで肝心のバルナル商会の店の前だというのにポーレットを気にかける者はいない。背負っていたバッグを下ろし、用意していた物を取り出すと、ラビットソードを地面に突き立てる。さすがの切れ味の短剣はポーレットが生まれるよりも前に敷き詰められ、長年にわたり踏み固められてきた石畳にも簡単に突き刺さる。そしてそのままグリグリと回して直径三十センチほどを抉り取るまで、一分もかからない。
「こんなもんかな。次は」
続いて、こんなこともあろうかと用意しておいた、工房の周りでむしってきた草を取り出す。特に何かの薬効のある草ではないが、燃やすと恐ろしく臭い煙を出す性質があり、大陸西部の農村で重宝されているらしい。エリスによると、村では燃やした灰を畑の周りにまいて猪がよってこないようにしていた、生活の知恵のような草である。そんな草を敷き詰めて箱を置き、さらに草を乗せる。
「よし。これで……すーはー……点火……うぷっ!」
ようやく安定して使えるようになってきた火魔法、点火により敷き詰めた草が燃え始めるとすぐにひどい臭いが漂い始める。この臭いで原因となる草の臭いを断ちつつ、元凶も燃やしてしまおうという作戦だが、こんなに臭いとは思わなかった。あらかじめどんな臭いか確認しておきましょうとポーレットが提案したのをエリスが全力で拒否した理由がよくわかる。
「な!く……臭いっ!」
「何をやって……うげええええっ」
当然すぐに周囲の者に気付かれるが、あまりの臭いにポーレットに抗議しようとした者達も後退る。そして悪臭を漂わせながら立ち上る煙はそのままバルナル商会の支店に向けて吹く風に乗って流れていくと開店準備中だった店の中から店員たちがゲエゲエ言いながら転がり出てきた。
「うぷっ!」
「な……なんだ、この臭い」
「うげええええ」
なんか、予想以上に酷い事になってる気がするけど気のせいだよね?お店の中に充満しちゃったから一層ひどく感じているだけだよね?と、ポーレットは現実逃避をしておく。店の中には食品から衣類まで様々な品が並んでいたが、この臭いがついたら……よし、考えないことにしよう。
向こうの方で煙が上がったと言うことはポーレットが薬草を燃やしたと言うことだろう、多分。エリスも、どうやらうまく行ったようだとうなずいているし。さて、あとはこちらの仕上げだ。
「ガアッ!」
「っとぉ!」
「やあっ!」
ギリギリ頭の上を掠めていった爪に肝を冷やしながら、再び距離をとってエリスにアイコンタクト。
「雷撃!」
また一瞬腹がボフッと膨れ上がり、腹に刺さったままだったナイフがポロリと落ち、ぶしゃっと大量の血が流れ落ちる。
「ガ!」
そして一瞬こちらをドラゴンが睨み付けたが、その後ろからエリスが斬りかかるとそれがトドメとなり、ズシンと地響きをさせながら倒れた。同時にリョータもペタンと腰が落ちる。
「た……倒せたか」
「リョータ!大丈夫?」
「なんとか……疲れただけだよ」
ドラゴンの危険性など語るまでもないから街の人たちは次々逃げていたのだが、それでもドラゴンが暴れ回るには少し狭い街の中。腰を抜かして動けない人も周りにいたから大きな魔法が使いづらく、精密なコントロールが要求されたので精神的に疲れただけ。飛びついてきたエリスの頭をなでながらエリスも特に怪我などしていないことを確認しながらちょっとだけ癒やされる。あとは……
「リョータ、大丈夫ですか!」
「おう。そっちは?」
「なんとか燃やしました!」
「よし!」
散らばっていた二人の荷物をポーレットが回収してきたのを受け取りながら立ち上がる。
「ドラゴンの素材とか勿体ないけど……逃げるぞ!」
「「はいっ!」」
騒ぎを聞きつけた衛兵たちがようやく駆けつけたときに見たものは、内臓を焼かれて絶命したドラゴンと、バルナル商会の前の地面に開いた穴、そしてひどい臭いのする店の品々であった。
次話より新章になります。
区切りの関係ですごく短くなってしまいました……




