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  作者: ひじきとコロッケ
ヘルメス
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ドラゴン討伐戦(後)

 ゴクン、とドラゴンは口の中の物を飲み込んだ。


 悪くない(・・・・)


 だが、全然足りない。もっと、もっと食わねばと周囲を見るが、餌になりそうな者はいない。

 少し空から探してみるか、と翼を広げると少しだけ違和感がある。

 左前足付け根部分、人間で言えば左肩に先ほど二本足が振り回していた金属が刺さったままだ。爪に引っかけて抜けないか試してみたが、無理だった。


 まあいいか、と彼はそのままにすることにした。


 腹を満たし、魔力が回復すれば、ドラゴンは驚異的な回復力を見せる。この程度は勝手に抜け落ちるだろう。少しだけ関節に食い込んでいるので動きが鈍いが、痛みもないからそのままにしておく。


 改めて翼を広げ空へ。しばらくぶりの空は風も心地よく、餌を探して飛び回るのもまた一興だ。

 それに、少し離れた丘に数匹の二本足がいるのを見つけた。早速食らうか、と一度大きく翼をはためかせると、速度を上げていった。




 遙か遠く、文字通り豆粒のように見えたそれはどんどん大きくなり……リョータ達のいる丘に激突。数十メートルにわたり地面をえぐってようやく止まると、むくりと起き上がり、なめ回すかのように全員を見ていく。それはまるで、これから食う順番をどうするか、つまり前菜、メインディッシュ、デザートをそれぞれ誰にするか吟味しているかのようだった。


 ラノベではチートな主人公達が軽々と討伐し、高級素材に化けるだけという印象のあるドラゴンだが、実際目の前にすると足がすくみ、震えが止まらない。大型のダンプに手足と翼を付けて火を噴くようにした物にわざわざ立ち向かうとか自殺行為と言っても差し支えない。


(普通に考えたら死ぬよな。だけど、まだ死にたくねーよ)


 足りているかどうか不安は多いが、できる限りの準備はした。そう思い、ポケットの中の木の札をつかむ。ドラゴンで最初に警戒するのは……


炎の息吹(ブレス)だ!逃げろ!」


 逃げろと言われても、こんな開けた場所、隠れるところも無いし、逃げろといったデニスも足が動いていない。

 そしてドラゴンはリョータとウッズ、ベックの三人に向けて大きく口を開く。口の中が明るく輝く。いつでも発射OKと言うサインだ。


「ひっ」


 と息をのんだのはウッズとベックのどちらだったか。

 だが、リョータは冷静にその光を見つめていた。


 あれは……魔法だ。


 ドラゴンの喉には特徴のあるヒダがあり、そのヒダが魔法陣を形成してドラゴンの魔力により炎の息吹(ブレス)を作り出すという。成長したドラゴンはそのヒダの形がより複雑になり、炎だけで無く、毒や酸を吹き出すことも出来る、そんなことが魔道書の魔物の巻には書かれていた。


 そして、魔法ならば……その炎は、純粋に物理現象としての炎のはず。ならば!


 リョータは魔法陣を描いた札を一枚水平に投げる。重力に従い、ドラゴンとリョータの間に落ちたそれは、投げる直前に込められた魔力により魔法を発動させた。


 ドン!という音と共に大量の水――正確には海水――が吹き出す。秘密工房近くの海の底に転移魔法陣を一つ沈めてあり、そこと繋げることで短い時間ながら大量の水をこちらに引き寄せる事が出来る。単純だが、今回の目的は水魔法で生成するよりも効率よく水を用意することだから、これで良い。


 まずは第一段階成功。続いて第二段階は……


凍り付け(フリーズ)!」


 南極の氷山をイメージして魔力を解き放つと、イメージ通り、水が一気に凍り、ドラゴンの半分ほどの大きさの氷となった。


 もちろん、水を生成してから氷を作っても良いのだが、大量の水の生成は魔力の消費が激しくてぶっ倒れるだろう、ということで考えた作戦。これだけの大きさの氷を作ったのに、それほど消耗していないのが何よりだ。


 だが、もう一段階。まだ海水は残っているので……


濃霧(ミスト)!」


 ドラゴンの周囲を全て覆い隠すほどの霧を生成した瞬間、ブレスが放たれ、ドゴン!という爆発音と共に氷が三分の一ほど残して砕け散った。


 インパルス消火器という小型で携行性に優れ、さらには消火能力も高いという消火器がある。原理はとても簡単で、水を霧状にして吹き出すだけ。その霧が火に触れると、霧を構成する水が気化し、気化熱の要領で熱を奪い、火を消すという仕組みだ。

 前世で、何かで読んだかテレビで見たかしてそのことを覚えていたリョータは、ドラゴンのブレスが魔法ならば、それはただ単に高威力で吹き出される炎であって、物理的に消火可能では無いか、と賭けに出た。氷を作ったのはもしダメだった場合の保険だ。



 視界を遮る水蒸気から顔を出すこともせず、ドラゴンは今起こったことが理解できず、呆然としていた。今までこの吹き出す炎で焼き尽くせなかった相手はいない。魔法で大きな氷をぶつけてきたり、水をかけてきた者もいるが、全て炎で突き破ってきた。今回もそのつもりだったのだが、炎を吹き出す直前に周囲に霧が発生し、その霧に吸い込まれた炎は氷の塊に届く前にほとんど消え、吹き出す息の威力で氷を砕いただけ。魔の森に住むあらゆる魔物、そして二本足どもが震え上がり逃げ惑う炎が、情けないそよ風――それでも突風と呼べるレベルだが――になってしまった。

 この二本足は、今までの連中とは少し違う。そう考えて慎重に対処すれば良かったのだろうが、残念ながら彼は、何が起こったのか理解が追いつかないまま、立ち尽くしてしまった。



 デニスにとって、ブレスが消えるという目の前の光景はとても信じられない物であったが、ドラゴンも相当に驚いたらしく、動きが止まっている。動くなら今しか無い。『逃げる』『戦う』という二択が示されている中、デニスは『戦う』を選択した。今ここで逃げてもどうせすぐに追いつかれ、殺される。ならば、全ての冒険者の夢『ドラゴンと戦う』を(かな)えてから死んだ方がマシだろう、と。

 食らえ!と――気付かれるが怖いので――心の中で叫びながら、目の前のドラゴンに斬りかかる。腹の辺りならそれほど硬くなく、この愛剣――一年前に大銀貨五枚でなんとか購入した相棒でもある――でも行けるだろうと信じて斬りかかった。

 ガキン!と音を立てて刃を突き立てたが、わずかに刃が食い込む程度。しかも少し欠けた。


「クソッ!」


 思わず一歩引くが、引くに引けない場面だよな、これは。自分のすぐ脇をまだ冒険者になりたての少年が短剣を構えて突っ込んでいくんだから。


「やあっ!」


 リョータがドラゴンの左前足の横を駆け抜ける。斬りつけてみたが、やはり硬く、少し傷を付けた程度。かなり怖いがそのまま後ろへ走り続け、後ろ足にも斬りかかってみるがそれほど変わりは無い。皮が薄く、すぐ下に骨があるところを切っているせいなのだろうが、このラビットソードでも骨まで斬るのに苦労するとなると、攻撃箇所を変えるしか無い。尻尾の後ろを駆け抜けながらドラゴンの右側へ回り込む。狙うなら腹の辺りか?だが、リョータの背丈では届かない。

 土魔法で足場を作って……ダメだ時間がかかりすぎる、と思ったとき盾も槍も投げ捨てたニールがドラゴンに向かって走り込み、こちらを向いて構える。


「リョータ、来い!」


 なるほど、そう言うことなら!即席パーティだが、仲間のことを信じよう、とニールに向かって走り、膝の高さに組んだ両手の上に飛び乗る。


「「うりゃあ!」」


 ニールが思いきり腕を振り上げ、リョータをドラゴンに向けて投げる。そしてそのタイミングに合わせてラビットソードに魔力を流し込む。


 ザクッ!


「グギャアアアアッ!」


 短剣とは言え、そこそこの長さの刃が刺さったのだからさすがにドラゴンも我に返る。その勢いに思わず剣を手放し、リョータはそのまま放り出された。ニールは踏みつけてくる足と、暴れて砕かれて飛んでくる氷の塊から逃げるので精一杯で、リョータまで手が回らない。

 さすがにこの高さと勢いは軽傷では済まないとリョータが覚悟を決めたとき、ウッズが落下地点に走り込んで受け止め、ゴロゴロと地面を転がる。


「いてててて」

「あ、ありがとうございます」

「いいって事よ……って逃げるぞ!」


 首根っこをつかまれ引きずられると、そこに尻尾が振り下ろされ、数メートルほど地面がえぐられた。


「さて、どうする?」


 ウッズに聞かれるが、どうした物か。


 ドラゴンに魔法が通じるかというと……魔道書の魔物の巻には『無理』と書かれていたと思う。ドラゴンの鱗はその形自体がこれまた一種の魔法陣を形成しており、ちょっとやそっとの攻撃はほとんど意味が無い。エルフのような魔法に()けた種族の魔法ならば通じるだろうが、と。

 武器による攻撃は……ラビットソードはもう一本持ってきているが、あの暴れ回るところに近づく勇気は無い。


 ギロリ、とドラゴンが逃げ惑うウッズとリョータを見る。


「リョータ、左右に!」

「はい!」


 ようやく地に足のついたリョータはドラゴンの左側へ逃げる。


「「って、同じ方向に逃げてどうする!」」


 ドラゴンがそのままこちらに向かおうとしたところに


「炎の矢!」


 ベックの魔法が雨のように降り注ぎ、ドラゴンの視界を一時的に奪い、注意を逸らす。

 あれだけの数の火を作り出すということは、ベックはそこそこの使い手かと、感謝しつつも今はどうでもいい事に感心しながら、ある物に気付いた。


 左前足の付け根に何か光る物がある……刃物が刺さっているのか?他の、例えばAランクパーティとの戦闘による物か?右の腹にはまだラビットソードが刺さったままだよな?


 ならば、アレを試すか。



 リョータが見つけた魔道書は火・水・風・土のそれぞれの魔法について書かれていた。ラノベにあるような光魔法とか、空間魔法についての記載は見当たらなかった。だが、この世界の魔法は物理法則への干渉であり、きちんとイメージできればそれらの魔法も実現できるだろうとリョータは考えている。

 今のところ、魔法を使いこなす事を優先しているので、光魔法で暗い夜も安心、とはなっていない。それでも、ある魔法を試してみた結果……成功した。そして、この状況ならば、その魔法が最適では無いか?と考える。


 鱗の防御力を何とか貫通している二つの刃。これを有効活用しない手は無い。


 近くに仲間がいることを考慮し、精密にイメージを作る。イメージが崩れるとフレンドリーファイヤだけで無く、自分にも飛んでくること間違い無しという、面倒くさい物理現象を。前世でも恐れられていて、異世界(こちら)でも多くの人が恐れを抱く、気象現象を。


「雷撃!」


 正確に、左前足の刃のカケラの周囲にだけ雷を生成する。

 おそらくこの世界の誰もが実現していない、雷――つまり電気――を作り出す魔法。そして、作り出した電気は金属の刃物を通じてドラゴンの体内を通り、反対側のラビットソードから出て、地面へ放電された。

 威力の調整をする余裕の無いまま放った魔法だが、充分な威力だったようで、ドラゴンの動きが止まる。


「もう一発!」


 念のため、叫んで仲間に注意を促して、電撃。威力をさっきより強くしたおかげか、ドラゴンがビクン、と痙攣する。

 だが、さすがにぶっつけ本番、練習不足による魔力消費増大が否めず、急激に脱力感に襲われ、ふらつく。


「大丈夫か?」


 リョータはウッズに抱えられ、引きずられて退場していった。


「今しか無い!」


 デニスがニールとベックに聞こえるように叫び、腹に刺さったままのリョータの短剣(ラビットソード)に飛びつく。何となくだが、魔力を込めればいいはずと考え、さほど多くない魔力を注ぎ込むとズルリ、と剣が動かせる。思った通り、魔力で切れ味を増す剣だと確信して、そのまま切り下ろそうとするが、魔力が尽きて、止まってしまう。


「クソッ」


 ほんの少しか切れなかった、と思ったとき、駆け寄ったベックが剣に手を添える。


「魔力は俺の方があるからな」


 そう言うと剣に魔力を流し込む。


「行くぜ!」

「おう!」


「「どりゃあああああ!」」


 二人で剣を握り、腹の下を駆け抜け、横一文字に切り裂く。


「グ……ガ……」


 さすがにドラゴンがわずかに動いたが……


「これでも食らえ!」


 ニールが裂かれた腹に槍を刺し、めちゃくちゃにかき回す。


「うりゃあああ!」

「俺もやるぜ!」

「俺も!」


 デニスは刃の欠けた剣で、ベックはラビットソードで、めちゃくちゃに腹の中を切り裂き、かき回す。


「ギャ……グァ……ゲ……」


 どこかヤバいところに刺さったらしく、唐突に青い液体――血だ――が滝のようにあふれ出し、ドラゴンがふらつく。


「逃げろ!」


 誰が叫んだかわからないが、武器を放り捨てて一斉に逃げ出す。


 ズン!


 地響きを上げながらドラゴンが倒れ、一度だけ口から血を吐くと、動かなくなった。


「はあ……はあ……」

「勝った……のか?」

「みたい……だな……」

「はは……」

「ははは……」

「「「わははははは!」」」


 膝がガクガクして、手の震えが止まらない。歯もガチガチ言ってるし、正直なところ、ちょっと漏らしたかも、そんな感じで変な笑いが漏れてきた。


「お前ら……喜ぶのはいいけど、こっち、何とかしてくれ」


 ウッズが気絶したリョータを抱えて茂みから出てきた。


「お、おう……そうだな」


 フラフラと集まる四人。誰も言わずとも、一番の功労者はリョータだな、という点で四人の見解は一致していた。

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