やっぱり街に来る
ブライが出て行った後、ポーレットがぽつりと呟く。
「リョータってたまに社交辞令がうまいのですね」
「ポーレットは今日の昼飯抜きな」
「え?ちょっ!」
余計な一言はいらないんだよ。
「それではこちらが報酬となります」
「ありがとう。じゃ、俺たちはコレで」
「あの」
「ん?」
「営巣地を越えてきたばかりでしょうから、二、三日ゆっくりされては?」
暗に「塩漬けになってる依頼がいくつかあるからやってけ」と言ってるな。
「いえ、ちょっと先を急ぐので」
「そうですか」
至極残念そうな顔をされたが、ここに残っていてもいいことは何一つ無いだろうからさっさと退散するに限ると、冒険者ギルドをあとにして早足で門へ向かう。
「一応確認。補充しておく物は?」
「ありません。ちゃんと用意してあります」
「よし」
事前準備を怠らないエリスはいい子だな。それに引き替えポーレットは……
「ポーレット?」
「なんだかすごくイヤな予感がします」
「バカおいやめろ」
フラグを立てるな、そう言いかけたとき、エリスが顔をしかめた。
「どうした?」
「あの臭いがする」
「あの……ポーレット、バルナル商会の支店ってどこにある?」
「この先、門の方ですが……え?エリスが臭いがすると言ったって事は……」
「風……」
立ち止まるが特に風が吹いている様子は……人差し指の先を少し舐めて真っ直ぐ上にのばしてみる。ホンの少しだけ進行方向の側がひんやりする。東からの風……微風だけど臭いを届けるには充分なのか?
「急ごう」
「「はいっ」」
早足というよりも駆け足気味になったのだが、その上空を大きな黒い影が飛んでいった。そして直後に悲鳴。
「ドラゴンだ!」
「なんで?なんでこんな街の中に?!」
「衛兵!衛兵を呼んでくれ!」
ドラゴンって鼻が良いんだなと感心する……と言う呑気なことを言っていられる状況ではない。少し先を見ると一台の馬車が正確にドラゴンに襲われている。サイズ的にはヒュージサイズ。こんなのまでおびき寄せるとか、あの草、ドンだけ魅力的な臭いがするんだよ……つか、ドラゴンの嗅覚すげえな。
「リョータ……あれ、バルナル商会」
「言うな……だが、街のど真ん中でドラゴンはマズい」
馬車についていた護衛らしい者達が武器を振るい始めたが、ドラゴンには全く通用せず、それどころか弾き飛ばされて建物に激突し、放送出来ない見た目になってしまっている。
「ポーレット。こうなったらもうどうしようもない。あの草を処分しろ」
「え?」
「元凶を断つんだ。ドラゴンはエリスと何とかする」
「わ、わかりました」
「エリス、行くぞ!」
「はいっ」
返事と同時にエリスがリョータを抱えて跳躍する。さすがにこれはリョータも予想外だったので少し慌てたが、手っ取り早く接近するにはコレが一番だ。それに回避をエリスに任せ、魔法に集中……集中、集中だぞ。決して右頬に当たっている柔らかい物に意識を……奪われるよ!普通に気になるよ!
でも、多少集中が乱れても問題ない。
「そろそろ行くぞ!」
「はいっ」
「雷撃!」
バチンと弾ける音と共に稲光がドラゴンに直撃し、一瞬動きが止まる。だが、ドラゴンは意に介すこともなく、執拗に馬車を小突く。馬車は頑丈に作られているらしく、ドラゴンの力を持ってしても簡単には壊せない……まさかの鋼鉄製?
「リョータ、魔法があんまり効いてないみたい」
「だな……」
電撃魔法が馬車に結構流れた気がする。中まで流れたかな?えーと……コレは不幸な事故だ。うん、悲しい事故だったね。
「真上から一気に行くよ!」
「了解!」
「やあっ!」
エリスがかけ声と同時に抱えていたリョータを離すと、二人揃ってラビットソードを抜き放ち、そのまま構えて落下する。
「どりゃあ!」
「たあっ!」
「グガッ!」
ドラゴンは余程あの草に執着しているのか、魔法攻撃に気付いていたはずなのにこちらに意識を一切向けてこなかったのでスパッと首筋を切り裂いたが、これまたなかなかの体格で切断まで至らない。
「ヒュージサイズだと刃渡りが全く足りないな……おりゃあっ!」
向こう側でもエリスが攻撃を仕掛けた音が聞こえたのでタイミングを合わせ……
「ガアアアアアッ!」
「っとお!」
こちらに顔を向けたので慌てて飛び退くと同時に、さっきまでいたところに炎が吹き荒れた。この至近距離で息吹はヤバいって。
「リョータ!」
「大丈夫!」
エリスが素早く首の下に滑り込んでスパッと斬ってから飛び退くと一瞬遅れて前足が空を切る。
「くっそ……ヒュージ相手に二人はキツい……ぞっ!」
何度か斬りつけた傷口に向けて雷撃を放ってようやくドラゴンが馬車からこちらに向き直った。
その隙を突いてポーレットが馬車に駆け寄る。幸い横転などはしていないのですぐに中からブツを取り出すだろう。
「凍結!」
ヒナの餌のためにやって来るくらいだけあってドラゴンも生物。傷口からは血が流れ出しているので、そのまま届く限り血管の中まで血液を凍らせる。
「グ……ガアアアアッ!」
「嘘だろ?!」
咆吼と共に息吹を噴出するのではなく、モヤッと垂れ流す要領で吹き出して自身を覆い、氷を溶かした。そして同時に傷口を焼いて塞ぐ。全く、どういう思考回路なんだか。
「リョータ!どうしよう?!」
「とにかく斬るしか無い!注意を引いてくれ!」
「わかった!」
腰のポーチからラビットナイフを一本取りだして、左手に構える。どうかうまく行きますように。
ドラゴンの頭の周囲を上下左右に飛び交いながらエリスは何度も斬りつける。このサイズだと致命傷を与えようとすると相当な距離まで近づかなければならないが、このサイズ故に近づきすぎると頭突きを食らうだろう。そして、あのサイズの一撃を食らったらひとたまりも無い。しかし、安全マージンを取りながらだと、いくら斬りつけても浅く斬るだけで、分厚い鱗を少し斬る程度。だが、その「少し」がドラゴンを苛立たせているらしく、慎重に近づいているリョータには目もくれず、ドラゴンはエリスを執拗に付け狙う。
「くっ!」
「ガアッ!」
「はっ!」
リョータが足元に近づいているので大きく動けず、ギリギリでの回避が続く。
「たあっ!」
「グガアアア!」
わずかに掠めた鼻先が思いのほか痛かったのか、目を血走らせながら食いつこうとするのを必死にかわすが、そろそろ空中に足場を作る魔力が心許なくなってきて、全身に冷たい汗をかき始めた。
一方のリョータは、エリスの奮闘の甲斐あってどうにかドラゴンの腹の近くまで到達。
「行くぞ……おらっ!」
「ギャアアアア!」
首から先だけでエリスを追い回しているのでほとんど動かない胴体のちょっと柔らかそうなところにブスリとラビットナイフを突き立てるとさすがのドラゴンも悲鳴を上げてこちらを向く。が、
「雷撃!」
至近距離で撃つ羽目になる不運を呪いながらラビットナイフへ向けて電撃を放つと、ボフッとドラゴンの腹が一瞬膨らみ、動きが一瞬止まる。
「もう一発行くぜ!」
これならどうにか倒せそうだ。




