配達完了
「営巣地のこちら側では採取できないらしいので、せっせとこちらに運ぼうとしているようですが、この草だけを運んだ場合の成功率がほぼゼロという、謎の草なんですよ」
「失敗する理由は?」
「それがはっきりしません。依頼を受けた冒険者がことごとく行方不明なので」
「この営巣地で行方不明って、それは」
「はい。おそらくドラゴンに襲われたのでしょうね」
年間通して数えると結構な数の冒険者が営巣地で命を落としているので、特に感傷もなく淡々と語られた。が、あの草を持ってたら優先的にドラゴンに襲われるのだとしたら結構な問題になる。
とりあえず依頼が正式に受理されたので、ギルドを出て宿に向かう。
「さて、どうしようか」
「どうしましょうね」
「結構軽い?!」
「ポーレット、お前は重く考えすぎ」
「え?」
「こっちは一介の冒険者。荷物を運べばそれでよし。だけど運び方は考えないとな、と言う程度だ」
「それはそうですが」
あの草の輸送依頼がことごとく失敗して冒険者が亡くなるというのは減らしたいというのがポーレットの考えで、それについて異論はない。
だが、どうやって?
あの草がドラゴンを引き寄せますって言うデモンストレーションをやれば良いのか?
まあ、やってもいい。万全の体制でやれば危険度はグッと下がるだろうから。
だけど、そのあとが問題だ。つまり、どうやって安全に営巣地を越えてきたのか、と。
臭いが外に漏れないように密封しました、というのも一つの手だが、どうやって密封したのかとバルナル商会にしつこく聞かれそうだ。
では襲われるたびに撃退してきました、というのはどうだろうか?
「襲われる頻度とか報告して欲しいって言われそうですし、そもそもギルドでその辺の話をしてないから思い切り怪しい話になりません?」
「ポーレットにしては鋭い意見だな」
「私の扱い……ま、いいです」
「ま、考えても仕方ないかな」
「え?」
「どうせザランについたらあの草を工房から持ってこなきゃならない。その結果、ドラゴンがおびき寄せられたとしても、ドラゴンが来る前にさっさと逃げるから関係なし、と」
「うわあ」
ポーレットが頭を抱えてしまったが、実際問題として、そこでドラゴンを撃退しても状況は改善するどころか悪化しそうだ。
安全に草を運んだ方法についてとか、ドラゴンの討伐に関してとか、その辺りの問題が解消するとイーリッジとして非常に助かる、すなわちリョータたちは救国の英雄だ、とか。
「と言うことで、さっさと逃げたいんだよね」
「ま、私も面倒事は嫌いですから」
「私も」
「全員の意見は一致したと言えるな」
「はいっ」
「そーですね」
と言うことでザランの街での詳細は、明日歩きながら考えようか。
「見えてきました。あれがザランです」
「見た目は普通の街だな」
「そうですね。良くも悪くも特徴の無い街です。あえて言うなら魔の森の危険度が少し高いくらいでしょうか」
「高い?」
「ドラゴンの営巣地が近いせいもあって、結構ドラゴンがでるんですよ」
「そりゃ大変だ」
そのくせ、魔の森自体は危険度がそれほど高くなく、あまり稼げないせいもあって高ランク冒険者はあまり集まらないらしい。駆け出しからCランク一歩手前くらいまでの冒険者には程よい稼ぎになるのだが、ドラゴンとの遭遇率が高く、自衛のために大勢で動くことが多くなってしまい、結果的に一人あたりの稼ぎが目減りするという。
「負の連鎖だな……そして、俺たちが滞在したら、面倒なことになる可能性が高い」
ドラゴンが良くでるところに、ドラゴンの討伐経験のある冒険者パーティ。オマケに王家の覚えも良いとあれば、引き止めない理由がない。
「いいか、緊急事態でも無い限り、さっさと出るぞ」
「「はいっ」」
二人ともゴタゴタに巻き込まれるのは御免、と言う一点でリョータと意見が一致した。
予定通り街に入る手前で転移魔法陣を設置して工房へ戻り、翌朝、門が開くと同時に街へ入り、エリスと冒険者ギルドへ向かう。ポーレットはバルナル商会へ荷物の到着を告げに行く。荷物の引き渡しと報酬の受け取りを冒険者ギルドで行い、後腐れをなくすためだ。
「いらっしゃいませ。朝早くの到着ですか?」
「うん。まずこの荷物をお願い。依頼票はこれ」
「えーと……はい。確かに。報酬は……ちょっとお待ちくださいね。取ってきます」
「じゃ、あっちで待ってます」
まだ朝早いギルドの酒場は……数名の二日酔いが倒れている程度で平和そのもの。受け付けに比較的近い席について受け付けが戻るのとポーレットの到着を待つ。
五分もしないうちに受付嬢が戻り、まずはセルジさんの分の報酬を受け取って依頼完了。あとはもう一つの荷物だ。
「あと、コレなんですけど」
「……これ……バルナル商会の依頼品……え?」
「ん?」
「コレを引き受けた冒険者がいるという連絡はありましたが、リョータさんたちでしたか」
「はい……まさか、書類に不備があったりとか?」
「いいえ。問題ありません」
「じゃあ……?」
「無事に運べたんですね、と」
「ええ、まあ」
運が良かったんです。
「今、ポーレットがバルナル商会を呼びに行っているので、直接引き渡します」
「なるほど。商会の噂をご存じということですね?」
「情報ソースはポーレットなのですが」
「大丈夫です」
「え?」
「バルナル商会のあまりよろしくない噂はギルドでも承知しておりますので」
そう言って受付嬢が「奥の応接で話をしましょう」と促すのであとに続く。
エリスと応接で待つこと十分ほど。ポーレットが商会の者と到着したと受付嬢が連れてきてくれた。
「どうも。バルナル商会ザラン支店の副店長、ブライです」
「ご丁寧にどうも。冒険者のリョ「早速荷物を拝見させていただいても?」
食い気味だなあ。
「こちらです」
「は?」
「ああ、すみません。万が一があってはと、厳重に梱包し直しましたので」
「そ、そうですか」
この薬草の臭いがどこまで届くのかはわからない。つまり、ドラゴンがどの位の速さでコレを見つけるかがわからない。ならば、厳重に梱包し、臭いが外に漏れないようにすればいい。そう考えて、木の箱を作り、隙間部分を粘性のある樹液――要するにゴムだな――で埋めて気密性の高い箱を作った。さらにその中に香りは強いが特に薬効があるわけでは無いという草を詰め、その中にデニスの荷物を入れて蓋をする。エリスが「すぐそばでもほとんど臭いません」と確認してくれたが、果たしてドラゴンの嗅覚はエリスよりも優れているのかどうか。今のところ街にドラゴンが近づいてきたという情報は無いので問題はなさそうだ。
だが、こんな梱包をした状態だ。当然相手は
「コレ、中身を確認させていただいても?」
となる。そして断るという選択は出来ない。荷物運びの依頼で荷物の確認が出来ないのでは意味が無い。
「ええ、もちろん。蓋を固めてあるので私が開けますね」
ナイフで薄く切り込みを入れて……エリスがウッと鼻をつまんで部屋の隅に逃げる。そんなに臭うのか、コレ。
「こちらになります」
「厳重ですなあ」
「はは……どうもエリスには耐えがたい臭いがするらしくて、仕方なく」
「なるほど。獣人というのは面倒ですね」
面倒なのか?
「おお、確かにコレですね」
ブライが荷物の中身を確認し、依頼票にサインをすれば依頼は終了。
「では私はコレで。よろしかったら当店までお越し下さい。サービスしますよ」
「ええ。その時は是非」
意訳:いいえ、行きません。




