営巣地を越えて
色々な薬草についてまとめられた分を引っ張り出してきて探すという実に地味な作業の開始だ。何しろ、挿し絵が入っていなくても「こういう形をしている」という記述がある場合もあるので、一つ一つ読んでいかなければならない。
「私、ご飯の支度してきます」
「あ、じゃあ私も「ポーレットはこっちだ」
「ふえええ」
エリスがそう言うのが苦手だというのは仕方ないが、ポーレット、お前は一応高度な知性を備えているはずのエルフの血が半分流れているんだから、少しは頭脳労働をしろ。
「多分これだな」
「これですね」
挿絵に描かれているものと、超音波探査魔法が描きだした絵は酷似しており、特徴を書いた説明文がそれを補強する。オマケにこの一文だ。
人間にはわからないが、犬系の獣人ならすぐに気付くほどの特徴のある臭いを発する。
さらにそこにはアレックスが獣人に聞いたであろう、臭いの特徴が書かれており、エリスの感想とも一致した。
「で、恐ろしいことが書いてあるんだが」
「ですねえ」
薬草として使えるかというと、微妙なところ、と言う説明。傷薬に使える薬草が手元にないときは代用しても良いが、十分に注意せよ、と書かれている。
注意する理由は、とてもシンプルだった。
「ドラゴンのヒナの餌になっていると思われる、か」
「つまり……あれは親ドラゴン?」
「卵から孵ったばかりのヒナの餌を探していたら良い感じの臭いがした、ということか」
「んで、そこに良い感じの獲物がいたからついでに、ですか」
「だとしたら、これ、運べませんよね?」
「そうだな、エリスの言う通り。これを運んでいたらまた襲われるだろう」
何しろ通るのが営巣地のすぐそば。営巣地と言うだけあって卵を産んで孵して、という場所だろうから、餌を探す親ドラゴンには事欠かないだろう。
「だが、これをアイツがずっと持っていたら、また襲われただろうって事だよな?」
「ですねえ」
さて、どうしたものかね。
「とりあえず、これがドラゴンを引き寄せるとしたら、またドラゴンに襲われるって事だよな?」
「そうなりますね」
「ドラゴンは別に良いですけど、その臭いがイヤです」
「ドラゴンも充分にイヤな相手だぞ」
「でも、リョータがいれば負けません」
随分と好戦的になってきたなと思う。
「ま、ドラゴンに襲われても返り討ちに出来るが、昼夜問わずに襲ってくるとしたら面倒だぞ」
「そうですね。ご飯の時とか困りますよね」
「と言うことで、これはここに置いていく」
工房奥の保管庫なら臭いが外に漏れることもないから、ドラゴンがここを襲うと言うこともないだろう。
そしてそのまま営巣地越えをして、向こう側の街ザランに着いたら転移魔法陣で箱を回収、バルナルに持ち込んだら完了だ。
「はい、一つ質問」
「却下」
「そこを何とか」
「一つだけだぞ」
「わあい」
喜び方が雑だな。
「で、何だ?」
「運び方はそれでいいというか、それしか思いつかないのですが……それって、街にドラゴンが来たりしませんか?」
「知らん」
「え?」
ザランに入るのは早朝、出来るだけ早い時間帯とし、届けて冒険者ギルドに報告をしたらすぐに街を出るとしておく。出来るだけ、この荷物を外にさらしておく時間を短くすると共に、さっさと退散して後は野となれ山となれ、だ。
とりあえず、大きめの箱を一つ用意し、少々臭いの強い草を敷き詰めてから箱を入れて蓋をする。臭いが外に漏れていないことをエリスに確認してもらい、今日は工房で一晩明かす。
そして翌朝、転移魔法陣で戻ると移動再開。
「このペースなら夕方までに営巣地を越えますね」
「その先は?」
「営巣地越えの行き来の拠点になる村があります」
「えーと……セルジさんからの荷物はそこまで運ぶことになってるから、立ち寄りつつ一泊だな。その先ザランまでは?」
「徒歩で二日ほど。定期馬車もありますよ」
要するに、なんとでもなると言うことだな。
ポーレットの予想通り夕方には営巣地である山岳地帯を抜け、その先にある村に到着。もちろん直前で工房に戻り荷車は片付けておく。
そして、セルジから受け取っていた荷物を冒険者ギルドへ持ち込む。
「では確かに……あ、これをザランに運ぶ依頼が出ているのですが、どうしますか?」
どうやら一旦引き返したセルジさんが、こちらに届いたあとのことを見越して続きの依頼を出していたらしい。
「どうせザランには行くので受けます。あ、これをお願いします」
ついでにデニスから受け取った依頼を渡し、冒険者ギルドでの手続きを正式な物にしておこうとしたら、受付嬢が怪訝な表情をする。
「これ、受けたんですね」
「ん?」
「いえ、連絡は届いていますが、本当に受けられたのかと」
どういうことだ?
「受けちゃマズい依頼でしたか?」
「いえ、そんなことは。アントさんのサインも入っていますし」
「ですよね?」
そもそもアントさんたちが悪い評判の多い冒険者だったら、色々事情通のポーレットがそれとなく指摘したはずだし。
と、受付嬢が周囲を確認。そもそもこの村は営巣地を行き来するときのベースキャンプ的な位置づけなので、翌日の護衛依頼の受け付けが終わったこの時間帯は閑古鳥が鳴いている状況だ。
「あまり大っぴらに出来ない話なのですが、ここ数年、バルナル商会からの、この小さい荷物の輸送を冒険者ギルドでは受け付けていません」
「へえ……どうして?」
「依頼達成率が異常に低いんです」
「異常に低い?」
「わかりやすく言えばほぼゼロです」
「うわ」
「そしてどういうわけか、失敗しても違約金などを請求されないので……」
あからさまに怪しいというか、ドラゴンに襲われること前提になっているというか。
「荷物を受け取ったときはバタバタしていたので、違法な物では無いと言うくらいしか確認していないんですが、何なんですか?」
「魔の森で取ってきた草、としか説明のしようがありませんが……」
「えーと、どうしても手持ちがないときに傷薬に使える、とか?」
「中身、確認したんですか?」
ちょっと揺さぶりが直球過ぎたか?
「えーと、ポーレットが色々と知ってまして」
「そうですか。ええと、その通りです。ただ、効能が今ひとつなので冒険者ギルドでは特に採取依頼は出ていないですね」
「じゃあ、バルナル商会はどうやってこれを?」
「直接商会の者が魔の森に入っていますね」
「へ?」
どういうことかと聞いてみたら、商会の者が魔の森で採取をするから冒険者に護衛を依頼する、というのはよくあること。バルナル商会に限った事ではなく、採取にコツがいるものがあったりすると、直接職人が採取したいが、魔物に襲われては本末転倒と言うことで冒険者が護衛するのだそうだ。
そして、そういう依頼はだいたいが十名弱、少なくても五名程度のパーティに対しての依頼になるためリョータはスルーしていた。
「ポーレット、知ってた?」
「ええ。私は結構受けたことがあります。荷物持ちで」
「バルナル商会のは?」
「ありませんね」
単純にポーレットが荷物持ちをしていた冒険者たちがバルナル商会の仕事を受けなかったと言うだけで、特に避けていたわけではないとのこと。
「まあ、魔の森で何を採取しようと自由なんですけどね」
「そりゃそうだ」
組み合わせれば違法な薬物になるような素材もわんさかあるだろうが、その一方で有益な薬になることも多いので、いちいち「○○を採取してはならん」なんて事はない。だから今回リョータたちが運んでいる草も違法でも何でもない。




