面倒な乗客
馬車に乗っていたのは全部で十一人。馬車が倒れたときにぶつけてすりむいたりした傷があったので、応急処置にかかる。
湯を沸かし、手持ちの薬草を放り込んで軽く煮込む。煎じるのではなく、煮込む。この薬草、そのままでは何の効果も無いのだが、乾燥させた後に軽く熱湯に入れて煮込むといい感じの傷薬になるとても便利な薬草だ。煮込んでへにょっとなったのをトングでつまみ上げて軽く振って冷ましつつ水気を飛ばしたらそのまま患部に貼り付けて包帯で巻くだけ。とまあ、とても簡単なのだが、この作業にかかるとエリスは距離を取る。この薬草、こうして煮込んだ直後はとにかく臭い。貼り付けて包帯を巻いて乾燥してくればほぼ臭わなくなるのだが。
「エリス、そろそろさっき追い越した馬車が来ると思うから迎えに」
「わかりました」
軽く状況説明してもらった上でここに来てもらい、手伝ってもらわないと手が足りない。
特に、
「何だこの臭いのは!俺を毒で殺す気か!」
騒いでいる人の世話を押しつけたい。全く、さっきからなんであんなに偉そうなんだ?
「はいはい、動かないでね」
「俺を最後にするとはいい度胸だな。良く覚えておけ」
「はあ……」
何を覚えておけばいいのかよくわからないが、関わらない方がいい人と言うことで覚えておくか。そんなことを考えながら額の傷に薬草を貼り付けると、
「痛っ!」
「すみませんね。ちょっとしみますけど」
「先に言え!」
「すみませんね」
包帯をグルグル巻こうとすると、
「もっと綺麗な布はないのか?」
「ありません」
「ぐぬぬ……覚えておけよ」
忘れたい。
一通り処置が終わった頃にエリスがセルジという商人の荷馬車と冒険者数名を引き連れて戻ってきた。
さて、事情説明と面倒事を押しつけようか。
「なるほど……このサイズのドラゴンか。災難だったとしか言えんな」
「うーむ、少なくとも俺たちの知る限り、こんなのが出たことはなかったな」
思った通り、軽く道を塞ぐサイズはかなりのイレギュラーだったようだ。
「それで護衛が全滅……か」
「はい」
「コイツらでも対処できないレベルか……」
どうやらお知り合いだったようだ。
「そんなドラゴンの首をあっさり落としているとか、君たち何者?」
「ポーレットをこき使う、ごく普通の冒険者です」
「何か、私の扱いがひどい?!」
「はははっ、まあいいや。ポーレットが同行している……リョータだっけ?噂は聞いていたけどな」
「良い噂であることを願います」
「ま、悪い噂ではないよ」
「なら良かった」
「私!私の扱いは?!」
とりあえず俺たちのことは理解してもらえたとして、さて……
「ところで、ここからが相談なのですが」
「はい?私ですか?」
「ええ」
荷馬車の持ち主セルジさんに話を振ると、まさか自分に?と言う反応。いや、他に頼める先はないんだよ。
「乗客の皆さんを連れて引き返してもらえますか?」
「「「はあ?」」」
あちこちから「なんで?」という声が上がるが、むしろなんで疑問に思うんだよと言いたい。
「まず、見ての通りこの馬車はもう使えません」
横転したのを起こすのはちょっと無理っぽいし、車輪も外れて軸が折れているから走らせるのは難しいだろう。
「馬も死んでしまっていますし」
生きていた最後の一頭も、可哀想だがとどめを刺してやった。何をどうやっても助かる見込みもなく、長く苦しむよりは、と言う判断だ。
「そして俺たちは自分の荷物を積み込んだ荷車を引っ張って歩いています。皆さんを連れて行くとしても徒歩ですが、それでもいいですか?と言うことで、セルジさんの馬車に乗せてもらって引き返すのが一番いいんじゃないかと」
見たところ積んでいるのは荷物のみで乗客はいない。積み荷プラス乗客では馬が引っ張れないかも知れないが、まだ村を出て半日と少しの位置だから歩いてもなんとか戻れる距離だから交替で歩くというのもアリだろう。そして、少なくともこのまま歩いて行くよりも戻って別の馬車を用立てた方が早いのは明らかだ。
「ううむ……確かにそれはそうですな」
「待った!」
うるさい人だな……
「何でしょうか?」
「今さら戻れだと?ふざけるな!」
「は?」
「そもそも護衛がしっかりしないからこんなことになったんだろうが!責任をとれ!責任を!」
「へ?」
「何をすっとぼけてる!さっさと行くぞ!アレに乗せろ!」
ひたすら……面倒臭い人だな。つーか、俺たちの荷車に乗ろうってのか?
エリスが荷物の片付け――応急処置のために出した道具をしまっている――をしているところにズカズカ向かおうとするので襟首掴んで引き留める。体格差はあるが、ある程度鍛えているリョータとロクに運動もしていなさそうな中年過ぎのおっさんでは勝負にならず、よろけそうになりながらも立ち止まる。
「何をする貴様!」
「それはこっちの台詞だ」
「何だと?!」
「いいか、まずはっきりさせておくが、俺たちはお前の乗ってた馬車の護衛じゃない!」
「は?何を言っている?」
「お前たちの馬車の護衛は全滅したと言ってるんだ。あっちに並んでる死体が見えないのか?」
「ぼ……冒険者なんてみんな同じだろうが!俺たちを助けたんならお前たちが俺の護衛だ!」
「知らん!金ももらってないのに護衛とか言うな!」
「何だと?!貴様!この俺に!」
殴りかかりそうな所をあちらさんの冒険者のリーダーっぽい人が羽交い締めにして止めた。
「な!貴様まで!」
「落ち着けオッサン。この場はアイツの言い分が正しいし、それ以上は俺たちも見過ごすことはできない」
「何だと?冒険者風情が何を言うか!」
「……一応、もう一度、念のために確認するが……お前ら、あのリョータたち、でいいんだよな?」
「どのリョータたちなのかわかりませんが……」
「ポーレットと一緒に最近色々やらかしてる、リョータたち、だな?」
「ま、まあ……はい」
やらかしてるって……まあ、そうだな。
「ポーレットなら知ってるぞ!荷物持ち以外に能の無い底辺冒険者だ!そいつの仲間なら大したこともないんだろう!さっさと俺の言うとおりに「黙れオッサン」
「な!貴様、この俺を誰だと!」
「言っておくが、この三人が噂通りなら……俺たちが軽くこの事をギルドに伝えるだけで王家が動くぞ」
「は?」
何それ怖い。
「俺たちも詳細は知らないが、最近王家で何やらゴタゴタあったらしく、その解決にこの三人が大活躍したらしい。この三人に言いがかりをつけるなんてしたら、オッサンの首が飛ぶ方が早いぞ」
「な……」
オッサンがキョロキョロ見回して味方を探すのだが、いるはずもない。
そこへセルジさんがやって来た。
「そんな話、確かにあったな。そうか、アンタがそのリョータか」
「あははは……まあ、はい」
「わかった。乗客全員引き返すのを手伝おう……と言いたいのだが、一つ頼まれてくれないか?」
「何でしょうか」
「積み荷を一つだけ運んで欲しい。急ぎの荷物でな」
「わかりました」
そのくらいなら、いいだろう。
「ふざけるな!この俺が「黙れオッサン。これ以上は言わないぞ」
ボスッと鈍い音がして男がガクリと崩れ落ちた。
「さて、それじゃそういうことで」
爽やかに締めようとするとか、結構強引な人だな。
倒れた馬車を協力して端に寄せ、護衛の冒険者たちは穴を掘って埋めて丁重に弔う。乗客たちは荷馬車の隙間に乗るか歩いて引き返し、リョータたちは急ぎの荷物を受け取って先へ進むことに。
「ドラゴンは勿体ないが、このままにするしかないな」
「埋めた方がいいですよね?」
「それはもちろん」
「では穴を……完成」
「はは、このサイズの穴を簡単に掘るとか、噂以上だな」
「俺たち、どんな噂が流れてるんですか?」
「ひと言で言うならすげえ、だな」
ドラゴンを埋め終えたところで、お別れだ。




