馬車を助けよう
この世界の魔法の基本は、イメージをしっかり固めること。そしてそれは物理的に可能な現象としてイメージすること。極端な話、ドラゴンそのものをどうにかするというイメージでなくても良い。そう、ドラゴンの体を構成する分子とか原子とか、そういうのに対するイメージでも良い。
「よし……いくぞ」
ドラゴンの討伐をしたとき、その解体の様子を何となく見ていたからわかるが、ドラゴンというファンタジーを煮詰めたような存在も一応は生物であり、一般的な動物同様の内臓器官があった。すなわち、肺や心臓、胃腸に肝臓等々。もちろんドラゴンにしかない特有の器官もあるだろうが、ここで重要なのはドラゴンにだって肺や心臓が有り、呼吸も脈もあると言うこと。
「狙いはドラゴンの心臓周辺」
飛び回り、こちらを襲うべく爪と牙を振るっているときならともかく、食事中故に動いていないドラゴンは良い的になる。
「イメージ良し……冷却!」
スーッと、何かが引き起こされた感覚。そして一瞬の間をおいて、ドラゴンがピクと痙攣したように震える。イメージとしては原子の運動停止。絶対零度という奴だが、魔法でできるかな?いや、できると強くイメージすればできるはず。
「ガ……グアァァァ……」
異変を感じ取ったらしいドラゴンが周囲を見て、こちらに目を向けた。やっぱり絶対零度は厳しいが、一応冷えたらしい。追撃しよう。
「小石を高速発射!」
物理的に投擲するだけという魔法により、音速を超えて数個の小石が発射され、周囲に少々の被害を与えつつも一つが左の眼球を貫く。
「グ……グガ……ガ」
グラリと傾く。
「今だ!」
「はいっ!」
木の陰に隠れながら近くまで寄っていたエリスが跳躍し、その首に斬りかかる。が、やはり短剣のリーチでは切断まで至らない。だが、空中の足場で一回転し、
「はあっ!」
もう一撃。だがまだ足りない。
「どりゃああ!」
「やあっ!」
走り出していたリョータがようやく到着し、エリスの三撃目と同時に斬りかかり、首が完全に落ちた。
「ふう」
「やりました!リョータ!」
飛びついていくるのはやめてください。十メートルくらいの高さから飛びつかれたら、支えきれません。
ガラゴロとポーレットが荷車をこちらに向けている間に周囲を確認したが、護衛の冒険者で生きている者は無し。二台の馬車それぞれの馬も生きているのは一頭だけだが、ひどい状態。ポーレットが
「これはもう無理です。可哀想ですが……」
と断定したが、言われずともわかる。腹が割かれて色々飛び出しているし、足も二本しか残ってない。
ちなみにドラゴンに食されていたのが何だったのかは全くわからないので、早めに穴を掘って埋めてしまうのがいいだろう。
「問題は……馬車だな」
「ええ」
馬車もドラゴンも、その他の死体もこのまま放置したところで誰からも咎められることはない。
誰がドラゴンを倒したかという謎こそ残っても、リョータたちがここにいたことを知っている者はいないのだから。だが、このままにしておくと他のドラゴンを呼び寄せることになりかねない。
「このサイズのドラゴン、素材的には実に魅力的だけど、捨てるしかないよな」
「ええ」
恐らくドラゴンの解体に関する知識を持っていたであろう者もまとめて亡くなっている。一応ポーレットはもちろん、リョータもどうやって解体するかという知識はあるから対処できないこともないが、見ず知らずの馬車の乗客の目の前でドラゴン解体ショーをする気は無い。
さらに言うなら、デカすぎて運ぶのにもひと苦労。工房へ持ち込んでもいいが、転移魔法陣のことは知られたくない。このまま捨てるとして、あとは馬車をどうするか。とりあえず中の人とコンタクトをとるか。
道の脇で食い散らかされていた何かの周りを魔法で掘り、そのまま埋めるだけの状態にしてから馬車をゴンゴンと叩く。
「大丈夫ですか?」
精一杯声を張り上げたところ、中で何か叫んでいるような声が聞こえた。
「助けてくれ、って言ってます」
さすがエリス。こういうときにも頼りになるね。
「さて、助けてくれはいいんだが……んー」
ラビットソードを使えば馬車に穴を開けるくらい造作も無いが、馬車の構造がわからないので、おかしな所を開けて中の人に怪我をさせるのもマズい。となると、やはり……
「よじ登って扉を開けるのか……やだな」
トラウマという奴である。
「リョータ、ここから中が見えるかも!」
「お、いいね」
御者台の後ろに小さな窓が有り、中の様子が見えるなら話もしやすいか。
「開かないな」
「開かないですね」
小さな木の扉を開こうとしたが、横転した馬車のゆがみのせいかうまく開かない。仕方なくガンガンと蹴り、ぶち抜いて穴を開ける。
「大丈夫ですか?」
「お、おお!助けが来た!」
「はは……えーと、中に怪我人はいますか?」
「何人か、馬車が倒れたときに怪我を」
「わかりました」
さて、どうしようか。やっぱり大きな穴を開けるか。
「リョータ、穴を開けるのはお勧めしません」
「どうして?」
「こんな小さな扉が開かないという時点で、全体が歪んでいるのは間違いない、それはいいですか?」
「うん」
ポーレットがコンコンと馬車のあちこちを叩きながら続ける。
「上手に、良い位置に穴を開ければ大丈夫でしょうけど、下手な開け方をすると馬車全体が一気に崩れます」
「なるほどね」
倒れたときにここから見えないどこかが折れたか外れたかしているのだろう。この辺でいいやと適当に穴を開けたらそこから一気に崩壊。重傷者が生まれるな。
「じゃ、扉を開けるか」
「「はい」」
馬車の上によじ登り、ノブにロープをくくりつけ、地面の方でポーレットが引っ張り、リョータとエリスが目一杯扉を引き開ける。
「よい……しょっと!」
バタンと派手な音と共に扉が開き、勢い余ったらしいポーレットがひっくり返ったようだが、それはスマン、自分で何とかしてくれと思いつつ、中を見る。今回は毒矢が飛んでくることもないのは有り難い。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫なものか!見ろ!この怪我を!」
どこかにぶつけたらしいすりむき傷か。
「深刻な怪我の人はいませんね?」
「あ、はい。それは」
「いるぞ!ここに!」
答えようとした人を押しのけて騒ぐ元気があるなら大丈夫だな。
「ちょっと待ってくださいね」
「あ、こら!待て!」
抗議する声は無視して一旦馬車から降りる。
「ポーレット、無事か?」
「痛いです」
「無事だな」
「ひどくないですか?!少しくらい心配してくれてもいいと思うんですけど?!」
「後でな。もう一台、行くぞ」
「あ、はい」
エリスがさっさと飛び乗ったのでロープを投げ渡し、反対側をポーレットに渡す。
「気をつけろとしか言えん」
「わかりました。気をつけます」
こうしてどうにかもう一台の馬車の扉も開いて――ポーレットの頭のコブがもう一つ増えたが、それはさておき――中を確認。こちらも深刻な人はいないので、ロープにいくつもの結び目を作ったのを中に投げ入れて登ってきてもらう。
「この俺に登れというのか?!」
「そのままずっとそこにいてもいいですよ」
「ぐぬぬ……貴様、覚えてろよ」
通りすがりの上に、善意で助けているのになんでそこまで言われなきゃならないんだろうか?




