専属(?)のポーター
「それが一人、もしくは二人がひと月程度で完成となると、普通の革製品の範疇に収まってきます」
「だから半値でも出来る」
「ええ。その結果……サンドワームの革製防具がそれなりにお金と実力のある冒険者の手の届く物になってきたんです」
「自分でサンドワームを狩って材料を持ち込めばお安くすむわけか」
「ええ。それと、商会は大量生産は難しいとしていますが、それなりの注文をさばいているようで、相当稼いでいるとか」
「なるほど」
儲かっているならいいことだな。
「で、それがなんでお前の借金につながる?」
「ラビットソードとラビットナイフの代金未払いと判定された時点で、それぞれの切れ味を見せてみろと言われまして」
「うん」
「これくらいの物は斬れるか?と用意された物をスパスパ切っていった結果、商会のサンドワームを綺麗に切断する技術と同等ではないか?となったんです」
確かに同等だな。こちらは改良型だけど。
「そこでスパスパ切るか?」
「今思えば、切れ味イマイチにしておけば良かったかなと思ってます」
「後悔ってのはあとからするもんだよなと、しみじみと思ってる」
「私もです」
こいつは馬鹿なのか?馬鹿なんだよな?
「それで、どのくらいの価値があるかと言うことになりまして」
「うん」
「あくまでも予想でしかないのですが、商会がサンドワームの革製品で稼ぎ出す利益、向こう五年間分の一割、と計算されました」
「高いな!」
「それくらいの価値があるってことです」
元々は店で売られている数打ちの短剣に魔の森にわんさか生えている薬草を色々やった奴とホーンラビットの角。原価は短剣で、そこそこ手になじむサイズと重さのものをえらんでいるから決して安くはないが、金貨の出番は一度もない。
それがポーレットが一生かかっても返せるかどうかわからない金額になるとは。
「リョータさん」
「ん?」
「そんなわけで、またお願いします」
「自分で勝手に稼いで返せよ」
「それがそうも行かなくなったんです」
「え?」
「額が大きすぎるんです」
「つまり、夜逃げの可能性があるから近くにいてしっかり返せと?」
「端的に言えばそうです」
どう考えても、ポーレットの短剣と商会がやらかしてる事に関連性があると見て、どうにかして秘密を暴きたいとかそういう感じがするな。
「お前に夜逃げをするような甲斐性があるとは思えんのだが」
「同感です」
少しは否定しろ。
「はあ……仕方ない……か」
チラと見るとエリスはちょっと不満げだ。二人きりで旅をしたかったのだろう事は明らかだが、ポーレットを追い出すと各地の商業ギルドの印象が悪くなりかねない。
商業ギルドに直接の用事はないが、店や宿は基本的に商業ギルドの管轄だし、冒険者ギルドと関わりの深い組織でもある。
借金の額が多すぎてピンとこないのだが、日本円だと数億をはるかに超えた、現実味のない金額だろう。
これがヤミ金だと「内臓売れ」みたいなことになるのだろうか?
そのくらいの金額で、多分国家予算とかのレベル。あの商会、どんだけ稼ぐつもりなんだよと思いつつ、そんな物を渡してしまったのかと後悔。
渡してしまったことではなく、こういうオマケがついてしまったことに対して。
「もしかしたら、俺も商業ギルドに出向いて話をつけてればこんなことにならなかった、とか?」
「可能性はありますね」
紙にサインしておくだけですむ簡単な手続きだからと任せないでキチンとやっておけば良かったか?でもな、書類の不備でもないし。
「仕方ない」
「はい、よろしくお願「今から王都に行こう」
「へ?」
「んで、お前を色街のどこかの店に売る」
「ええええ!」
「なーに、百年働けるって売り込めばこのくらいの額には」
「い、いやですぅぅぅ!」
ちょっと外見が幼いが、十分行けるだろうし、そのくらいの覚悟ができているかと思ったがそうでもないようだ。
「大丈夫、死なない程度に気をつけるよう言っておけば」
「そう言うことじゃなくてぇぇぇ!」
「そうですね、私も気にしませんし」
「エリスには同性としてもっと気にして欲しかったですぅぅぅ!」
ダメだった。
心を鬼にすればできるかとも思ったが、首根っこ掴んで引きずり始めると良心の呵責で足が重くなり、本当に王都まで売りに行くのはさすがに可哀想に思えてしまった。
「はあ……これを見捨てられるような非情さが欲しい」
「はい、私も欲しいです」
「二人揃ってひどくないですか?!」
これから先が思いやられる状況にややうんざりしながら、ポーレットが商業ギルドから受け取ってきた紙に目を通す。
「専属契約のポーターという扱いにして、報酬の支払いを返済に充てる、か」
現実的なラインとしてはこんな所だろう。
「じゃあ、一日の報酬を大金貨一枚にすればすぐに終わる……よな?」
「それができれば私もこんな相談は持ちかけません」
リョータの言うとおり、一日当たり大金貨一枚にしておけばすぐに返済は終わる。毎日「じゃ、今日の報酬を支払うが……そのまま返済だよな」「はい、お願いします」とやっておけばいいので、実際の現金のやりとりも不要だ。
が、そうは問屋が卸さない。
商業ギルドの用意した紙はポーレットとの専属契約書で、一日あたりの費用と、追加費用についての記載だが、ひと言余計なものが付いていた。
「一般的なポーターへの支払額を大きく逸脱しないこと……これさえなければっ!」
ポーレット自身はその積載能力だけ見れば他のポーターと一線を画すため、報酬を倍額にしても問題ない。が、それが限界。それ以上は相場を大きく逸脱すると判断されてしまう。
「仕方ない……こんなモンか」
一日に小銀貨五枚。相場の倍だが、これまでの貢献を含めた信頼関係(笑)故の価格設定としておけば問題ないそうだ。そして、報酬の支払いは返済と相殺とすればリョータが現金を用意する必要はない。
あとは食費、宿賃などは奴隷身分という関係上、リョータの負担で、借金の額に影響しないと付け加えておく。そうしないといつまで経っても借金が減らない。もちろん、旅を続ける上で必要になる物品の買い付けはリョータの持ち出しで、こちらも借金の額に影響はしない。
可能な限りポーレットが何かやらかしても借金が増えないように配慮された条項に少し涙を浮かべながら、サインをする。
あとはこれをこの村にもある商業ギルドの出張所へ持ち込めば完了だ。
「と言うことで、改めてお願いします」
「ああ」
単純計算で二千年以上かかる時点で色々と諦めることにした。
エリスの種族奴隷紋の解除と同時にポーレットの借金奴隷紋も解除してしまうほうが早そうだよな。そんなことが出来るかどうかわからないが、可能性があるならそれに賭けてみようかな。
仮に解除できたらできたで、商業ギルドになんて説明するかという問題もあるが、話の持って行き方次第。なんとか誤魔化す言い訳を考えておこう。言い訳を考える未来の俺、頑張れ。
話をしていたらすっかり遅くなってしまったので、商業ギルドでの諸々の手続きは明日にまわし、宿を取ることにした。ポーレットは四日ほど前にこちらに到着していたが、一人で三人部屋を取ることは出来ず、そのまま一人部屋に。リョータとエリスは二人部屋だ。
「はあ……うまくいきません」
「え?」
「せっかくリョータと二人きりだと思ってたのに」
エリスが珍しくそんな不満を口にする。好意はありがたいし、気持ちもわかるが……何だか愛が重いよ。口には出さずにベッドに潜り込み、背中に幸せなものを感じながら眠りについた。




