あの商会は今
ストムは今まである種の閉鎖的な体制を敷いていたのは間違いない。商業ギルドを通しての交易はあったが、冒険者の行き来がなく、両国の平民、貴族もあまり行き来していなかった。魔の森へ通じる街がなかったというのも大きいし、海に出ればシーサーペントが暴れているというのもあった。それに、大陸西部から南下するルートがまるまるひと月かかるような荒野だというのもあった。
「つまり、モンブールと最低限の交易が出来ればいい、と言う体制だったわけですね」
「まあ、あの荒野は越えるの大変だったからなあ」
「どうやって越えたかは聞きませんからね」
だが、モンブールとしては大陸の西端まで国土が広がるなら、その先チェルダムとの交易も目指したいところだと言う。
「え……あの国、そんなに野心的だったの?」
「その辺は良くわかりませんけど、領土が広いに越したことはないですよね?」
むしろそっちの方がわからん。広いほど面倒じゃないのか?移動時間もかかるだろうし。
「それにモンブールの動きは商業ギルドの強い要望もあるとか」
「強い要望?」
「で、モンブールとしてもそれはそれでありがたい事情があるそうです」
「ありがたい?」
「ここからが本題になります。リョータさんたちは大陸西部からいらしたんですよね?」
「まあな」
「はい」
「なら、この名前もご存じでは?エピナント商「知らん」
知らないったら知らないからな。
「私もこの話が出るまで知りませんでしたから、リョータさんたちが知らないってこともあるかなーとは思いますが……って、そうは行きませんからね!」
「んー、もしかしたらその商会の店で買い物したかもな。結構いろんなところで買い物しているし」
隣でエリスがブンブンと音がしそうな程頷いている。空気読める子だ。
「少し話が変わりますが、サンドワームはご存じですか?」
「一応な」
「……」
「そんな目で見るなよ。戦ったのは一度しかないぞ。ついでに言うならとどめを刺したのはSランク冒険者。つまり、知ってると言えば知ってるけど、と言うレベルだ」
「それは……まあいいです。ではサンドワームの素材としての使い道は?」
「あれ、臭いんだよな」
「はい。あのあとのことは良く覚えてませんというか」
「エリスは気絶したからな」
「そ、そうですか。鼻がいいのも良し悪しですね」
アレは本当に大変だったよな。
「えっと、サンドワームですが、メインで使われるのは皮です」
「知ってる」
「では当然これもご存じですよね。なかなか切れなくて加工しづらいと言うことも」
「おう、知ってるぞ」
「もちろん、ラビットソードとかラビットナイフならスパスパ切れるというのも知ってますよね?」
「お……おう」
ポーレットが言うとおり、サンドワームの皮は軽くて薄い上に柔らかくて曲げやすい。臭いがひどいのできちんと鞣して処理しないと大変なことになるが、その他は優秀な防具素材。ただ一つ、その強度故に加工しづらいという欠点さえ除けば。
「ちなみにサンドワームの革製防具って、高ランク冒険者でもなかなか持っていません」
「高いのか?」
「いえ、値段以上に納期です」
「納期?」
サンドワームの皮を使った防具はその加工難易度さえ目をつぶれば高性能なため、一定の需要がある。
一番多いケースが何らかの活躍をした騎士への褒賞で、国によっては毎年一人か二人を選び、報償としてサンドワームの革製防具を下賜するのだそうだ。ただ、通常の金属鎧などを下賜する場合同様、その場では目録のみで、その後採寸して職人たちが造り上げて納品と言う流れになる。
「普通の防具や武器の場合はかかっても二ヶ月程度で納品されるそうです」
「へえ」
それが早いのか遅いのかはわからんが、多分かっこいい意匠とか入れるから手間も金もかかるんだろうな。
「それがサンドワームの防具の場合、早くて一年、かかると二年と言うこともあるそうです」
「すごいな」
「しかもそれだけかかっても、サイズは微妙に合わなくて、紐でしめながら細かい調整が必要だとか」
「細かい加工ができないからそうなっちゃうって事か」
「そうです」
一ミリ単位の精度まで求められることはないのだが、平気で十センチ前後のズレが出てしまうのが普通で、仕方が無いので紐で微調整するのだそうだ。
「そこにエピナント商会が乗り込んできたのですよ」
「へー」
褒賞となる武具が決まると国が主催する競争入札が行われる。
これは他の公共事業や、通常購入する物品などでも多くの国が競争入札の形式を取っているのと同じ。特定の商会とだけ取り引き、というのは色々とリスクがあるというもっともらしい理由がついている。しかし、実際にはいつも同じ商会か、いくつかの商会が持ち回り、となっているらしい。世界が違っても談合とか癒着とか言うのはあるんだな。
ところがそこへエピナント商会が乗り込んだ。
設立からまだ歴史が浅い商会だが、歴史の長さと入札参加資格は関係しない。
商会の規模が一定以上で、きちんと納税しており、犯罪行為への加担などがなければ参加自体は可能だ。そしてエピナント商会が伸びつつあることに他の商会もある程度の危機感を覚えていたが、通常の入札では結構ギリギリの額の入札も多いため、エピナント商会が入り込むのは難しかった。
何しろ老舗の商会が裏で手を回して落札額を決めているのだから勝てるわけがない。例えその後「今年は農作物の出来が悪くて」などというもっともらしい理由をつけて納入額を上げていたとしても、不可抗力なのだから仕方ないのである。
だから、褒賞のサンドワームの革製防具の納入も同じように裏で手を組んでいた。そう、いつも通りのはずだったのである。
「それが、従来の半値以下、オマケに納期は二ヶ月を予定として入札です」
「無視するわけにはいかず、か」
裏で癒着している貴族が中心となって、そんな条件でできるはずがないと、当初は突っぱねる予定だったらしい。
だが、国王が「本当にできるのか?」と、興味を示してしまったため、突っぱねることができず、無事にエピナント商会が受注。そして、予定通りの納期できちんと納品。
その上、サイズは採寸通りの上、各所を留めるための紐もサンドワームの革製という仕上がりは、まさに衝撃的な出来事だったという。
「他の商会も必死にその技術を手に入れようとしたのですが、上手くいっていないとか」
「ふーん」
何があったんだろうねえ(遠い目)。
「一度や二度なら職人をこき使ってと言うこともあるのでしょうが」
「あってたまるか」
「あははは……でもそれが何度も続いているのです」
「へえ」
「ノマルドの他、チェルダムやラウアール、つまりエピナント商会が動いている国全てで」
「そうか。頑張ってるんだな」
「頑張ってるですむレベルじゃないですよ。既に……市場が変わっています」
「市場が?」
「変わる?」
「ええ。これまではサンドワームの革製防具は特別な功績を挙げた騎士のみに贈られる……いわば名誉の象徴だったのです。納期一年以上とか言う時点で」
「確かに究極の高級品だよな」
「それが、納期一ヶ月となると話が変わります」
「どう変わるんだ?」
「商会が入札した額は大半がサンドワームの皮の仕入れ値です」
「ん?」
「加工に関しては一般的な革製品と同程度よりやや多い程度だそうです」
「同程度?」
「ええ。納期的な面で見ても、そのくらいだろうと」
「普通はどうなんだ?」
「作成する工房、職人の腕にもよりますが、従来は二十人くらいが毎日休まず、と言うくらいに働いたときの工賃がかかるんですよ」
壮絶ブラックだな。




