戦争は今
だよな。わかるわけないよな。
今さら引き返すというわけにも行かないのでそのまま進んでいき、互いの顔がよく見える程度の距離まで来るとポーレットがこちらに駆けてきた。
泣きながら。
そしてこちらに飛びつこうとしたので、ひょいと避けると、まさか避けられるとは思っていなかったのか「ぎゃー」と叫びながらそのまま地面にスライディングしていった。
「よ、久しぶりだな」
「お元気そうで」
「……これ、元気そうに見えますか?」
若干、ボロボロになりながら恨めしそうにこちらを見てくるが、なんでだよと言いたい。確かにお前は見た目は割といい方かも知れないが、涙と鼻水にまみれたのを受け止めてやるほどの愛はないぞ。
「ま、まあ……あれだ。頑張ってるようで何より。アレか、馬車の護衛でも引き受けるのか?頑張れよ」
そう言って別れようとしたのだが、
「待ってくださいっ」
足にしがみつかれた。
「ちょ!おまっ!離せ!」
「離しません!」
「何なんだよ!」
蹴り飛ばすわけにも行かないのでどうにか振りほどいて距離を取る。
「えーと……詳しい事情を聞こうか。聞きたくないけど」
特にその左手の借金奴隷紋とかについて。
「本当によかったです。入れ違いにならなくて」
「そうか」
涙と鼻水と泥まみれという、どこにもいいところがない姿のポーレットにとりあえずぼろきれを渡し、顔だけはどうにか拭わせて、冒険者ギルドに併設された酒場の隅に席を取る。
「で……なんで借金が返済されてないんだ?」
「それ!それなんですよ!聞いてください!聞くも涙、語るも涙の物語を!」
「簡潔にな」
「えっ?」
「丸一日歩き通して疲れているところに、面倒臭い話は聞きたくない」
そんな殺生な、という視線を向けるポーレットに、エリスもリョータに同意すると言わんばかりにブンブンと音がするほど頷く。
「うう……しばらく見ない間にお二人の態度が冷たくなってます」
「いいから話せ」
「はい。えっと、王都でお二人と別れたあと、すぐに商業ギルドへ向かったんです」
リョータのサイン入りの完済証書を提出し、偽造されたもので無いことが確認できれば完了。借金の額は多かったが、ポーレットが結構な額をもらったことは商業ギルドでも把握しているはずで、その一部を返済に充てるのは何ら不自然なところはない。
きちんと受理されるはず、とリョータとポーレットはもちろん、対応した商業ギルドの職員も思っていた。
そして商業ギルドには借金の返済確認のための魔道具があり、それを使って判定をするのだが……それがNGの判定をしたのだ。
魔道具がNG判定をするのは実は珍しくない。誤動作と言うほどではないが、念のため確認が必要だという判断をすると、きっちり耳を揃えて返済した場合でもNGになることがあるという。
「どういう判断基準なんだというか……どうやって判断しているんだ?」
「それはさすがにわかりません」
そもそもその魔道具を誰がどうやって作ったのか。それがエリスに施されている種族奴隷紋を解除する方法にもつながりそうだが、とりあえず今は置いておこう。
「魔道具の判定は……然るべき対価を支払っていない物品の授受がある、と言うものでした」
「然るべき対価?」
「はい」
借金奴隷を自分の元で働かせている場合によくあるケースとして、働くための寝泊まりの場所や食費などを返済額からさっ引くべきと判定されることがあるという。
「あー、あれか、飯代の分、もっと働け、と言う奴だっけ」
「はい」
そう言う判定がされるかどうかは借金の契約内容によるそうだが、ポーレットの場合、食費その他を返済から棒引きするという一文が確かにあった。
「その分って、ちゃんと計算したよな?」
「はい」
実際にはポーターとしての報酬と相殺という形にしていたので、その辺りはクリアしていたはずだ。
そうなると考えられるのは利息なのだが、年利で計算するため、借金をして一年以内という扱いになるため、利息も発生していない。
「あ、もしかして」
エリスが何かに気付いたようだ。
「最後のお疲れ様会のご馳走とか」
「ありそうだけど……アレは奢りにしたからなあ」
「ええ。その分ではなかったんです」
「じゃあ、何の分だよ」
「これです」
そう言ってポーレットはその原因となる物をテーブルの上に置いた。
「ラビットソード?」
「はい。この代金を支払っていないと言うことで」
「えーと……材料費的には大銀貨一枚でお釣りが来そうだったはずだが」
「そんな判定をされていないから問題なんですよ」
そう言って見せてきた借金奴隷紋に書かれていた額は大金貨で五十枚ほど。
「お前の借金って、確か……中金貨五枚くらいだったような」
「ええ」
「なんでこんなに増えるの?」
「ですから、この短剣の値段相当に」
「だからこれ、店売りの普通の短剣だろ」
「順を追って説明します。まず、お二人はストムとモンブールの件、どうなっているかご存じですか?」
「戦争になるかどうか……あ、戦争になったんだっけ?」
「いいえ。実際にはもう戦争は終わりが見えそうです」
実のところ、ストム側は戦争継続が困難な状態になっていると言う。理由は極めて簡単で、魔の森でしか採れない素材が一切入ってこなくなったため。一部、裏ルート的な物はあるようだが、供給量は微々たる物で、到底必要量をまかなえない。そしてその結果、シーサーペントの討伐がほとんど行えなくなってきており、海産物の比率の高かった食糧が激減。そもそもの流通量が激減したので金を出しても買えるわけでもない状態になり、国民が逃げ出し始めているという。しかし、国民に逃げられると国家の体制が維持出来ないと、取り締まろうとしたら、衛兵が仕事をしなくなった。と言うか、逃げる国民を護るようになった。どうやら、どこかの街の衛兵たちが「こんな国、棄ててしまえ」と扇動し、それが国全体に広がっているのだそうだ。
「一応確認ですが、リョータたちは関わってはいないですよね?」
「ははは……何を言うんだ?俺たちはただの冒険者だぞ?戦争だとか国家体制を揺るがしかねない事態とか、どうにか出来るわけないじゃないか」
「ストムって冒険者に厳しい国なんですが、大陸西部からどうやってこっちまで抜けてきたんですかねえ?」
「知りたいか?」
「今は遠慮しておきます」
冒険者ギルドが機能出来ないため、情報収集は商業ギルドが主体なのだが、実のところ商業ギルドもほぼ逃げ出している状態だという。何しろ、戦争状態になった経緯が経緯。ストム側に正当性がなく、今まで冒険者たちに奴隷と見紛うばかりの迫害をしてきたのだから、逃げ出すのも道理だろう。
「今まで見て見ぬふりをしてきて何を今更とも思うが」
「それは私も思いますが、偉い人の考えは良くわかりませんからね」
「ま、いいや。それで?」
「実のところ、モンブール側は既に戦後処理を見据えています」
「ふーん」
遅くとも半年もしないうちに戦争はストム側の完全敗北で終わる、と言うのがモンブール側の見通し。その後はストムの王族を全員処刑し、貴族もそのあとに続けて、とモンブールの国土に組み入れてしまう予定。実現すれば大陸北部では数百年ぶりに戦争で国家が消滅することになるのだそうだ。
「ストムにモンブールの貴族なんかが嫁いだりしてないのか?」
「何名か、そう言う貴族はいたようですが、ある程度のお目こぼしはするみたいですね。私もそこまで詳しく知らないというか、商業ギルドもそこは重視していないようです」
「ま、とりあえずそこの戦争の状況はわかった」
「でも、それがどうしてポーレットの借金に繋がるの?」
「そこです!そこなんです!」




