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  作者: ひじきとコロッケ
ヘルメス
21/345

ドラゴン討伐戦(前)

「ミック、起きろ」


 レインに蹴り起こされ、ミックはすぐに体を起こした。


「結界が消えそうだ」

「何?!」


 慌てて結界の方を見ると、薄い膜のようだった結界にヒビが入っている。


「……撤収。結界消滅と判断」

「了解」


 レインが荷物――と言っても、明かり用のたいまつくらいしか持つ物は無いのだが――を手に歩き始める。ミックはもう一度結界の様子を見ると、魔道具を手にその後に続く。


「さすがに少し急ごう」


 小走りになるレインのあとを追いながら、魔道具を起動する。


「本部へ、結界消滅と判断。以上」

「……了解、撤退せよ」

「了解」


 言われずとも撤退しますとも。そう思いながら、地上への最短ルートを辿(たど)って走った。




「支部長、今……」

「聞こえてた。全員に連絡を」

「行っています」

「詰め所へは?」

「連絡済みです」


 ガイアスは頭をかきながら苦笑した。有能な部下達だ、と。


「よし、行くぞ」


 あらかじめ用意しておいた鞄を手にガイアスはギルドの裏口へ向かう。数名の職員がそれぞれ荷物を手に続く。ギルド職員専用の通用口を出るとすぐ目の前が門になる。門までの間にある店のため――つまり、街の経済のため――に冒険者達は少しだけ遠回りをしながら門とギルドを行き来しているのだが、こう言う急ぎたいときには便利な位置関係だ。


 門へ行くと、既に連絡を受けている衛兵達が詰め所のドアを開ける。そのまま詰め所に入り、壁の中へ。そして小さな部屋に入るとドアを閉める。しばらくすると、ガタガタと部屋が揺れ始め、しばらくすると揺れが止まり、ドアが開く。そのまま外に出ると……壁の上、要するにエレベーターだ。

 この街を造るときに尽力した魔術師が造った物らしいが、壁の上まで階段を使わずに上り下りできるというのは楽で良い。一行はそのまま壁の上にいた衛兵の副隊長に挨拶をする。


「いよいよか」

「ああ」


 短いやりとりだが、その場にいた全員の緊張が高まる。ギルドに残されていたどの記録を見ても、Sランク冒険者無しでのドラゴン討伐は数十名どころでは済まない人数の冒険者や騎士達が犠牲となるケースがほとんど。何かの偶然が重なりでもしない限り、今回参加している冒険者の大半は命を落とすだろう。衛兵達も(しか)り、だ。

 壁の上から魔の森を眺める。

 ドラゴンの発見された場所は遠く、ここからは見えない。だが、ここに設置されている魔力を感知する魔道具にはドラゴンがいると思われる場所が光っていた。壁際に立ち、そのまま下を見ると、壁沿いにずらりと並んだ衛兵達が見える。その中心にいるのはもちろん隊長だ。

 ふう、とため息をつくと、職員達に指示を出し、再び魔道具の前に立つ。

 職員が渡してくる魔道具を地図の周囲に取り付けていく。


「これを使う日が来るとはね」

「出来れば使わずに済ませたいところだよ」


 ギルド職員、衛兵達にだけ知らされる、この魔道具の存在。

 一度だけ、強力な魔法を発動させて、目標を攻撃できるという、この街(ヘルメス)の切り札。だが、本当に使えるのかどうかも怪しいし、どの程度の威力があるのかもわからない。いろいろな意味で使いたくない(・・・・・・)魔道具だ。




「出たそうだ」

「ああ」


 それぞれが、自分の武器を手に取る。いよいよか。


「俺たちがヘルメスの最大戦力、か」

「頼りない戦力だな」

「同感」

「だが……」

「やるしかない」


 Aランクパーティと言えど、この戦いで生き残れる確率はほぼゼロ。だが、わずかでも傷つけ、体力を削ることが出来れば。皆、そんな思いでここにいる。もう何年も共に戦ってきた仲間達。魔物との戦いでは誰が何をどうするか、どうして欲しいかが手に取るようにわかる、そんな仲間だ。

 たき火を消し、(うっす)らと明るくなってきた空の下、全員が揃って拳を突き出し、重ね合う。


「出し惜しみは無しだ」

「ああ」

「全力でも足りないくらいの相手だ」

「やりがいしか感じねえな」

「ははっ」

「よし……やるぞ!」

「「「おう!」」」


 全員、覚悟は決まった。




 周囲にあった忌ま忌ましい光が消えたのを確認すると、ドラゴンは少しだけ伸びをして、狭い中に閉じ込められていたコリをほぐすように全身を動かした。実際には魔力が吸われ続けた事による若干の脱力感と、長いこと何も口にしていなかったことによる空腹感以外は何の不調も無いので、気分的な物だが。

 上を見上げると、あの二本足が造った岩の天井が見える。だが、ドラゴンの鋭敏な感覚――魔力による探知――は、その岩がそれほど厚くないことを知らせており、実際、軽く跳躍するだけで岩の破片を周囲にまき散らしながら、ドラゴンは地上に躍り出た。

 ずいぶんと久しぶりに吸う夜明け前の外の空気は清涼で、あの憎たらしい二本足を探し出して食らってやろうという(たか)ぶっていた気持ちを少しだけ落ち着かせた。

 二度と同じ手は食わない。そして、今まで以上に二本足共を蹂躙してやる。

 そう決意した彼のすぐ近くに、おあつらえ向きにも二本足達がいた。

 彼は空腹を満たすため、そちらへ向けて歩みを進めた。




「来たぞ!」


 翼があるというのに、ノシノシとこちらに歩いてくるドラゴンを前に全員が予定取りの陣形になる。


「まるで山だな」


 誰かの呟きをきっかけに、ドラゴンの右目を狙って真横から矢が打たれる。直前で気付いたドラゴンがそちらを向き、矢が鼻先で弾かれる。だが、これは注意をそらすための射撃。意識が一瞬横に向いた瞬間に前衛二人が足下へ駆け込み、やや足の速い男が剣――ダンジョンで見つかった魔剣だ――を左前足の付け根に向けて突き上げると、魔力により強化された剣先がわずかだが鱗を裂き、突き刺さった。


「ガウッ!」


 瞬時にそちらを向くドラゴン。剣が刺さったまま振り回され、思わず剣を手放す。命あっての、だ。


 パキン。


 乾いた音がして、剣が折れた。予想はしていたが、ドラゴンには魔剣を折るほどの力があると言うことだ。慌ててドラゴンから離れ、すぐ近くに転がしておいた別の剣を手にする。こちらも一応魔剣だが、さっきのに比べるとやや劣る。まあ贅沢は言えない。

 そして、視線がそらされたことを好機とみて、もう一人が魔槍を突き出す。穂先はわずかに右前足に突き立てるが、硬い鱗に阻まれた。

 ギロリ、と視線だけが向く。マズい、離れなければ、と瞬時に判断したのだが、体が動かない。足がすくんでしまった。


「ガアアアッ」


 すぐ目の前でドラゴンが大きく口を開いた。




「わかった……お前達は……そうか、気をつけてくれ」


 ガイアスは通信用魔道具を置き、ダンッと一度、壁を叩く。すぐ近くで若いギルド職員が吐いている。


「どうした?」

「……Aランクパーティがドラゴンと戦闘……全滅した」

「なっ……」

「しかも……食われた……と……」

「うぐっ……」


 さすがに衛兵の副隊長ともなると肝も据わっているか。だが、きついな。

 地図の魔道具を見ると、ひときわ大きな光に小さな光のグループが二つ、向かっている。イヤな予感がする。当たって欲しくない予感が。



「……は?」


 デニスは思わず間抜けな声を出してしまった。


「繰り返す……!……!」


 魔道具からの声は小さいので少し離れた位置にいるリョータ達にはあまり聞こえないのだが、何かあったのだろうかと、全員が近づく。


「そんな……って、うわああっ」


 振り向いたら全員が揃っていたら驚くよな。


「どうしたんですか?」

「それがな……撤退しろ、だと」

「「「は?」」」」


 つい十分ほど前にドラゴンの封印が解かれたとの連絡があり、全員で武器や薬類を取り出して、渡しやすいように準備したというのに、もう撤退?


「どういうこと?」

「片付いた、ってわけじゃないよな……」


 魔道具は一方的に向こうが喋るだけだから、質問できないのがもどかしいんだが、と前置きしてデニスは言った。


「Aランクパーティ……全滅だ」


 最悪のシナリオだ。


「荷物はそのままでいい。あとで回収。とにかく逃げるぞ」


 いのちだいじに。リョータは余計なことを考えながらも、デニスの指示に従い足を進めようとして……


「マズい!来た!」


 その声に思わず振り向いた。

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