ドラゴン営巣地へ
「よっ……はっ……」
「エリス、程々にな」
「うん……ちょっと難しいね」
「慣れが必要だな」
四本を同時に上下すれば速度が変わり、それぞれを上下に動かしてやると左右に曲がるのだが、前後左右のバランスを考えながら動かさないとおかしな動きになってしまう。この辺りは自動車の構造を知っていて運転もしていたリョータにとっては特に難しくないのだが、そんなものを知らないエリスにとっては少々手こずるようだ。
そして、四本のレバーを巧みに操ればスピンターンすら出来るだろう。車体が耐えきれずにバラバラになるのを気にしなければ。かなりの強度があると言っても、全て金属製ではないし、普通の荷車は高速スピンターンなんてしないから、木工職人もそんなことは想定していない。せいぜい、相当な田舎で暮らしているからなかなか簡単に修理出来ないので出来るだけ丈夫にして欲しい、という注文だと受け取っているだろう。
「明日一日、これの練習をしたら出発。ドラゴンの営巣地を目指……す前に運転の練習を重ねようか」
「うん!」
どう見ても、旅とか営巣地越えとかが目的ではなく、荷車を走らせるのが目的になってるようにしか見えないな。別に良いけど。
翌日、とりあえず安定して真っ直ぐ走らせられるようになったので、旅を再開。ただし、真っ直ぐ営巣地を目指さず、ほぼ真北へ向かう。海岸沿いにいくつか漁村があり、海産物が有名だと聞いたからである。
「うまっ」
「おいひいれす」
「お、それもウマそう」
「半分こしよっ、私もそれ食べたい」
生のままの刺身を提供する店はなかったが、干物に煮付け、塩焼きに揚げ物とレパートリーは豊富で、メニューに目移りしすぎた結果、三日間も滞在してしまうといった具合で過ごし、ようやく営巣地へ向けて移動を開始した。
「おお……あれか」
「すごいねえ」
海の幸を堪能して三日目の昼頃、遠くに霞んで山が見えてきた。ドラゴンの営巣地だ。
ドラゴンの営巣地は、魔の森と外側を隔てる山脈がほぼそのまま海岸までせり出してきたような地形が生み出した地である。山脈の高さは誰も登った者がいないので不明だが、おそらく五千メートル級の山が連なっているのだろう。そして、その山頂付近に本来なら魔の森の奥に棲息しているドラゴンたちが、巣を作っている。と言っても、その巣は暮らすための巣ではなく、卵を産み、雛を育てるためのものとみられており、ヘタに近づくと卵や雛を守るために神経を尖らせている親ドラゴンが激怒して襲ってくるらしい。らしい、というのは試しに行ってみるかと行った連中が一人として帰ってこないから。冒険者ギルドもブレナク王国も営巣地を抜ける山道から外れて登らないように通達しているが、特に罰則はない。何しろある程度以上登ったとみられる連中が戻ってこないのだ。罰則を設けるまでもなく、極刑が適用されているようなものだからだ。
ポーレットから聞いた情報の他、冒険者ギルドでもドラゴン営巣地の情報は簡単に手に入るので、それらの情報を改めて思い出す。
「意外なことに定期馬車が五日おきくらいで往復している」
「あと、商人が動かしている乗合馬車も結構あるんだっけ」
「そう。で、馬車で行くとだいたい三日で向こう側へ抜けられる」
間に泊まれるような村などがないという他は特にどうと言うこともない道だが、だいたい三日に一度以上の頻度で上空を飛ぶドラゴンの姿が見えるという。そしてドラゴン姿が見えると五回に一度くらい、ドラゴンが人間に気付き、高度を下げることがあるという。そしてさらに五回に一度くらい、かなり低空まで降りてきて、数回に一度、襲ってくるそうだ。
そこで王国の騎士団が訓練と、ドラゴン素材の実益を兼ねて定期的に往復しているほか、馬車の護衛として冒険者が雇われるため、営巣地西という身もふたもない名のついている村は、村としては珍しく冒険者ギルドの支部がある。取り扱っている依頼は馬車や徒歩で移動しようという者達の護衛が大半で、わずかだが向こうへ荷物を運んで欲しいという物もある。ただし、物を運ぶ系の依頼は依頼側も失敗の可能性が普通よりも高いことを承知の上で頼む上に、依頼料は冒険者ギルドが通常定める規程よりも高い。そして運ぶ冒険者側は……失敗イコールドラゴンに襲われているということ。失敗と判断されたうち八割は依頼を受けた冒険者パーティごと全滅で、残り二割もだいたい無傷で済んでいることはない。もっとも、ドラゴンに襲われること自体、それほど多いわけではないので、冒険者にとっては実入りのいい仕事で、人気があるそうだ。
リョータたちは自走式荷車で移動する予定なので護衛を受けるつもりはなく、荷物運びでちょうどよいのがあれば受ける予定にしている。
「でもなあ」
「ん?何か困りごと?」
「この荷車、速いじゃん」
「速いねえ」
馬車と併走したわけではないからわからないが、多分馬車の三倍くらい、時速にして四十キロ以上は確実に出ている。単純計算でドラゴン営巣地を越えるのは一日。道が整備されていないことを考えても二日かからない。そんな速さで到着したら、それはそれでまた話題になりそうだ。
「いいんじゃない?」
「え?」
「リョータはリョータのやりたいようにやればいいと思うよ」
「そうか?」
「うん!私はリョータと一緒なら何でもいいし」
そう言うエリスはこの速度に息も切らさず併走出来ているんですけどねえ……
「っと、ちょっと停止」
「やっぱりダメ?」
「この辺が……うん、ちょっと割れかかってるな」
「トンカチと釘に……板はこのくらいで大丈夫?」
「んー、もう一回り小さい奴なかったっけ?」
「さっきので使っちゃったよ?」
「じゃ、これでいいか」
工房まで戻ってもいいが、面倒なので手持ちでどうにかしていく。荷車は――当たり前だが――この速度での走行を想定して作られていない。だから全体を補強するような魔法陣で強化しているが、補強する魔法自体が不完全でこのようにヒビが入り、割れてしまう部分がどうしても出てくる。そうした箇所に金属板を打ち付けるなどして補強して、ドラゴン営巣地越えに備える。もっとも、荷車の調整がダメなら馬車の護衛を引き受けるなどしてもいいのだが。
「んー、もっと丈夫な材料で作るしかないのかな」
「丈夫?全部鉄で作るとかになっちゃわない?」
「そうなるよな。でも、そんなの作れる工房とかなさそうだよなあ」
城や街の門、あるいは地下牢の扉といったように、この世界でも鉄をはじめとする金属で大きなものを作る技術はある。あるのだが、馬車を作るような技術はない。車輪のハブや車軸を金属で作ることは出来るのだが、全体を金属にして軽量化するところまで加工技術が発達していないので、馬が引っ張れない重さになってしまうのだ。八頭立てという非常識な構成で試した例もあると言うが、詳細は不明。そしてもちろん、実用性がなさ過ぎてどこぞの城のホールに飾られているだけだという。
そして二人が乗れる程度の荷車サイズでも同じ事が言える。今はこうして魔法陣を組み込んで魔力で自走させているから軽々走っているが、街で作った直後は工房まで運ぶのは二人がかりで引っ張った。あちこち補強用の金属部品を組み込んでいたためにとんでもなく重く、運ぶだけでひと苦労。全部を金属で作り直した日には運ぶことすら出来なくて……となりそうだ。
「さて、そろそろ村が見えてきたな」
日が暮れてくる頃に、村が見えてきたので自走テストはそろそろおしまい。一旦荷車を工房に戻して、徒歩移動。その後のことは冒険者ギルドの依頼掲示板を見て考えよう。
「リョータ……」
「ん?」
「えっとね……言いづらいことがあるんだけど」
いつも思ったことをだいたいストレートに言うエリスにしては珍しい。
「あれ……」
「ん?」
遠くてよく見えないが、村の入り口に誰かがいる。
「ん?」
「あははは……」
しばらく歩いて行くと、あちらもこちらに気付いたらしく、ブンブンと手を振っている。
「なんで……ポーレットがいるんだ?」
「わかんない」




