完済、そして
「お疲れ様でした」
「ええ、本当に」
一応は冒険者ギルドで扱った依頼ということになっているので、完了を報告。既に報酬は受け取っているので、あとはギルド内の書類手続きだけの話。そしてこれ以上ここにいると絶対に面倒なことになるので、早々に逃げ出した。
そして街で色々買い込んでから工房へ。
念のためにイーリッジ側の転移魔法陣を破壊。こちらは近くの村に転移魔法陣があるのでそれで充分。そしてブレナク側の転移魔法陣を別の位置へ移動。王妃の気が変わって使おうとしても使えず、他の位置にあるのではと探そうとしても簡単に見つからないようにしておいた。と言っても、イーリッジを出るときに完全に破壊してしまうつもりでいる。ここに戻ってくる気は無いのだ。
「ではお疲れ様ということで……乾杯」
「「乾杯!」」
工房前の広場に建てていた小屋を撤去してテーブルを置き、露店で買い込んだものを並べてお疲れ様の宴会開始だ。
今までも色々なゴタゴタがあったが、今回は別格ということで、お疲れ様会を開催。食事も豪華で、普段なら買わないような高いものも並んでいるし、そもそもイーリッジの料理自体――城で出されたのは高級な王族向け料料理なのでノーカンだ――が初めてなので、色々と新鮮だ。
そして腹も膨れ、日が傾きかけたところで少しテーブルの上を片付ける。
「さてポーレット、コイツの話だ」
ドン、とテーブルの上に今回もらった報酬を積み上げる。そしてもう中身を数えるのが面倒なので、重さがだいたい同じと言うことだけを確認して山を三つに分け、一つをポーレットの前に押しやる。
「こっちが俺とエリスの分、それがポーレットの分だ」
「うへへへ……すごいですね」
「うんうん!」
今までも結構な額の報酬を見てきたが、今回のは次元が違う。ポーレットの表情はあまり他人に見せてはいけないものになっているが、それはリョータとエリスも似たようなものだ。
「さて、そこから借金返済だ」
「はい!」
ポーレットが袋を開けて、だらしなく口元を緩めながら硬貨を数えて積み上げていく。
「……これで全部ですね」
「お、おう」
ずいっとリョータの前に出されたものを見て、リョータが用意しておいた書類にサインを書き入れる。
「これで返済完了だ」
「はう……長かったぁ」
サインした完済証書をポーレットの方にやると、左手の奴隷紋が鈍く光り……残高がゼロになった。
「やりました!やりましたよ!」
これでポーレットは借金奴隷の立場からは解放された。が、奴隷紋は消えない。これをきちんと消すためにはリョータのサインの入った完済証書を持って商業ギルド本部で手続きをする必要がある。
と言っても、手続き自体はポーレットだけでできる簡単なものだ。
「ということで、ポーレットとはこれでお別れだな」
「そうですね」
「寂しくなります」
元々、借金奴隷の仕組みについて知らなかったリョータの不手際から始まった借金奴隷の主従関係。完済したならそれでおしまいで、それ以上ポーレットがリョータたちの旅に付きあう必要もないのだ。
「まあ飲め」
「はい……って、私を酔わせてどうするつもりですか?」
「酒じゃないんだが」
「うふふふ」
水平線へ日が沈み、星が瞬き始めたのを見上げながら、思い出話に花が咲き、日付が変わるかというくらい遅くまで語り合った。
「じゃ、元気でな」
「はい。お二人もお気をつけて」
ポーレットはしばらくイーリッジ側で活動することにしたので、王都の前で別れることにした。リョータたちは王都に入らず、そのまま東へ向かう予定だ。
「気が向いたらまたこっちに戻ってきてくださいよ」
「やだ。面倒なことになりそうだし」
「そ、そう言わずに。ほら、私に会いたいってだけでも」
「お前に会うと面倒ごとが起きる気がするんだよな」
「ひどっ!」
そして、笑顔で別れ、歩き始める。
「さて、当面の目標はドラゴン営巣地とか言うのを越えることだな」
「はいっ。どんなところなんでしょうね」
「行ってみてのお楽しみだな」
時折振り返って手を振る二人を見えなくなるまで見送ると、両手でパチンと頬を叩く。
「さ、行きましょう!」
これで借金のない綺麗な体になれるのだと気合いを入れて、王都へ入る。商業ギルド本部の場所は確認済み。迷子になる心配もないし、仮に迷子になってもそれをどうこう言う仲間もいない、残念なことだが。こうしてポーレットはちょっぴり寂しいけれど、新たな門出を踏み出した。
ブレナクから徒歩で五日ほど進んで隣の街、ジアンに到着する。ここから三日も歩くとドラゴン営巣地のすぐ手前の村になり、そこからは大陸有数の危険地帯となる。
取り立ててこのジアンに何か用があると言うこともないのだが、実に久しぶりに普通の冒険者らしい活動をしようと立ち寄り、ホーンラビット狩りと薬草採取にかかる。ヘルマンに色々と教えてもらい、呼び名が違うことが判明した各種薬草だ。
ついでに街の木工所に頼んで荷車を一つ作ってもらうことにした。通常のものとはやや違う構造ではあるが、珍しい構造ではないので三日もあれば作れると言うから、それを待つ間に材料も集めておこう。
こうして冒険者ギルドの期待――色々たまっている依頼があったらしいが、知ったことではない――に反して、新人冒険者と変わらない成果だけを出す日を過ごし、荷車の完成と共に街を出て工房へ荷車を引きながら向かう。
「これを混ぜて……完成!」
「リョータ、こっちも出来たよ!」
「よし、それじゃ……これをこうして」
車輪に魔法陣をいくつか記述。そして車軸からスルスルと線を描き、荷車の前に取り付けた座席の前に。そしてそこには簡単なレバーを四本取り付ける。中に歯車とカムが入っていて、動かすとカチカチと音がするし、動かすときには少し引っ張らないと動かないというロック機構付き。ただの荷車に取り付けるには不自然な機構だが、欲しいのはその中にある魔法陣とレバー自身の材質……ホーンラビットの角だ。
荷車の車輪は普通に荷台に着けられているのだが、左右の車軸は繋がっていない。普通の荷車は人が引くか馬が引くかの違いによる引き手部分の違いがあるが、車輪は左右を一本の車軸で繋いでいる。
どうしてわざわざこんな構造にしたのかというと……
「では……始動」
レバーを上げ、魔力をそっと流すとガタゴトと荷車が走り出す。そのまましばらく真っ直ぐ進み、右側のレバーを少し下げると右側へ曲がっていく。元の位置に戻すとまた真っ直ぐに。
「いい感じだな」
「リョータ、私もやりたい、やってみたい!」
「いいぞ」
レバーを上げると供給魔力が増え、下げると減る。これによって四つの車輪の回転数が変わり、このように左右に曲げることも出来るし、速度を変えることも出来る。以前使っていた魔法で進む荷車に比べると大幅な改良が施されているし、荷車自体も特注したので、強度もかなり増した。また、座席も座り心地がいいものを指定。木工所から「これならちゃんとした馬車を作った方がいいぞ?」と言われたが、馬が引くわけでもないものだからと言ったら変な顔をされた。




