王妃様の新しい楽器
「では行ってきます」
「気をつけて」
エリスを見送ったところでようやく復活したポーレットが文句を言う。
「私の方がヘルマンとの付き合いは長いんですよ?私が行った方が」
「お前、ここにいたくないだけだろ」
逃げられると思うなよ?
それからエリスが戻ってくるまで、国王の作ったリストに王妃が色々確認をしている様子を見ていたが……
「それで?ここは?」
「えっと……その……」
「はあ……情けない。アルノー家と言えば、おばあ様の実家でしょう?ここに上がること自体がおかしいと思わないの?」
「え?あ……えっと……」
「何か言い分は?」
「ありません」
本当に、何を見せられているんだろうね。
一時間ほどで国王から威厳というものが消え失せて、可哀想に見えてきた頃に、エリスがヘルマンを連れて戻ってきた。
「ただいま戻りました~って、リョータ、なんか疲れて……る?」
「心労って奴だな」
ちなみにポーレットは完全にダウンしたので部屋の隅に転がした。
「ヘルマン!久しぶりね!相変わらず元気そうで!」
「そういうアルレットは老けたな」
「女性にその言い方は失礼だと思いません?」
「いんや。いい女になった。王妃で無けりゃ口説いてるところだ。王妃を口説いたりしたら首が飛ぶからな」
「あら、お上手だこと」
王妃が気安くヘルマンの肩を叩き、二人が大笑い。ヘルマンはともかく王妃の大笑いって、相当なプライベートでもなきゃ見られないものだよなとチラリと視線を向けた先でポーレットが幽体離脱しかけていた。とりあえず塩をふりかけてみたら戻ったので良いだろう。なんか出かかってた幽体がダメージを受けてたけど気にしない。
「で、こっちにはリョータがいる、と。全く色々驚かされるぜ」
「え?」
「久々にちょっと違う店で飲んでたらそっちの嬢ちゃんがやって来てな。「いつも行かない店に行くとすぐにわかりますよ」だと。どう言う鼻をしてんだ?」
「エリスの鼻は特別製です」
エヘンと胸をはるエリスを見たヘルマンがハア、とため息をついて続ける。
「んで、この状況……あの後うまく逃げ切ったのは知ってるが、この短期間でブレナクまで行って、王妃連れて戻ってくるとはね。どんな手品だ?」
「国家機密ですよ、ヘルマン」
「へ?」
「方法を知るのはもちろん、探ろうとしただけでも首が飛びます」
「へいへい」
王妃様、ノリノリだよ……そして、話が全然進んでないし。
「えっと、ヘルマンさんを呼び出した理由……を、そろそろ」
「ああ、そうだったわね。ヘルマン、あるんでしょう?」
「……ほれ」
「さすがねえ」
王妃がヘルマンの出した紙束を受け取りホクホク顔で内容を確認し始める。
「チェンバー、ジョイス、ヴォイア……えー、ステイト家もなの?こんなのに賛同するくらいならもう少しキチンと働けって言いたいわあ」
「あの……?」
「簡単な話よ。ね、ヘルマン」
「まあ……な」
「わかるように説明が欲しいのですが」
ヘルマンからの実に長い説明によると、まず第一王子夫妻の暗殺と子供たちの暗殺未遂、この時点でヘルマンは仲間と共に動き出した。国内の各貴族の動向を探り、これから先どう動くべきかを判断するために。
と言うのも、冒険者と言えどまともな国家運営がされていないガタガタの国にいるのはメリットが無いどころかデメリットだらけになるので、冒険者としても捨て置けない事態として動いたのだ。
現在大陸北部でヤバい国は無いのだが、過去にあった例では、発行される貨幣が軒並み偽金レベルになってしまい、冒険者ギルドで依頼を受けて達成しても受け取る金は国内でかろうじて使える程度。他国へ出向くような仕事の場合にはどんなに頑張っても赤字になる……だけなら良いが、下手をすると偽金作りの疑いをかけられて投獄される危険性すらある。
それだけでも充分すぎるほどに面倒であるが、国家がまともに機能しないと言うことは犯罪者の取り締まりもいい加減になると言うこと。街道に盗賊があふれ、まともな移動が困難になってしまうのがかなり問題になる。盗賊が蔓延るなら、護衛の仕事が増えていいではないかというとそう言う話ではすまない。盗賊が多すぎて護衛どころではなくなってしまったり、そもそも護衛の依頼をする商人などがいなくなる。移動する際に襲われる危険が高すぎるから移動しない、と言うわけで。また、護衛するのもリスクが高くなる。例えば十日間かけて移動する場合、相当に治安の悪い、つまりあまり国の騎士団などが巡回しないような場所だと、多いときで二回程度、盗賊が出るというのが一般的。だが、まともに国家が機能しない状況下では、移動している間に二回が当たり前。そして、野営なんぞしたら夜討ち朝駆け当たり前になるから合計四回。戦闘で疲弊するのは明白で、護衛しきれなくなってしまうだけならまだよいが、下手をすると仲間が犠牲になった上で依頼失敗の違約金支払い。しかも前金を返しながら支払おうとしたら、受け取った前金が偽金だったので、犯罪者転落コース、なんてことすらあり得る。
もちろん、偽金かどうか冒険者ギルドでチェックしろよと言う話になるのだが、国民すら護るつもりの無くなったような国は冒険者ギルドも見限る。各街に支部は置いておくが、他国との連携がされない、完全に独立どころか孤立した組織になる。そして大抵の場合、そうなることを察知した職員たちは逃げ出し、ろくなチェックも無しに採用された、犯罪者一歩手前の連中が運営する組織に成り下がり、偽金を市中に放流する機関として機能するようになるから厄介だ。
国家がまともなうちに、まともな冒険者たちが自浄作用の助けとして動き出す。その中心に必ずヘルマンがいるはずだというのが王妃の読みで、その通りになったわけだ。
「それに、リョータたちなら何かやらかしてくれるだろうって期待してたんだ」
「何かやらかすって」
「実際やらかしてるだろう?王妃を連れて戻って来るってだけでも相当なものだが、それにかかる日数が荒野に出てから十日程度とか、おかしいだろ。普通なら二ヶ月以上はかかるんだぜ?」
「えーと?」
「きっとリョータなら俺たちの予想より早く動く。それも事態が悪化してどうにもならなくなる前に。そう信じてできる限りの人間を動かした。それだけだ」
「人望が厚いんですねえ」
「だが、一つ大きな失敗をした」
「え?」
「お前たちが戻ってくるのがいつになるか賭けていたんだが、俺の予想より二日も早かった」
「は?」
「リーズの奴が一人勝ち、総取りだ。全く、俺の眼も曇ってきたのかね」
「賭けてたんかい!」
思わず掴みかかりそうになったが、なんとか踏みとどまる。
「賭けをすることで、全員を鼓舞したりとか、危機感をあおったとか、そういうこと、ですよね?」
「は?まさか」
「え?」
「もしも、リョータたちが間に合わなくてこの国がガタガタになったってんなら、即座に逃げ出すさ。俺たちも面倒事はゴメンだからな」
「つまり?」
「調査ごとは、やっておかないとアルレットの雷が落ちるからやっておく。んで、それはそれ。賭け事は賭け事」
「楽しんでたんですね」
「人生、楽しんだ方がいいぞ?」
それには深く同意する。
さて、それはそれとしてあっちはどうなったかな……
「で、ドリエル家の名が書かれている件については?」
「えっと……その……」
「確かに彼の家系は飛び抜けて優秀な人材を輩出しているとは言えません。が、これまで六代にわたり、国家のために尽力し続けている誠実な家系だというのは……まさか、知らなかったのですか?」
「は……は……い……」
バシーン!とハリセン――王妃に請われて仕方なく渡したリョータ手製――が国王の頭で素晴らしい音を奏でる。うん、アレは楽器、アレは楽器だ。
「恥を知りなさい!」
女王様かな?




