王女の帰還 その二
普通の速度って、あっという間に門の前に着いちゃうんですが。
と言う予想通り、すぐに門の前に。
完全武装で騎乗した騎士たちに護衛された、ブレナクの紋章のついた馬車は当たり前だがよく目立つ。
王都へ入るチェックを待っている行列からは興味津々という視線を感じる一方で、下手なことをして面倒に巻き込まれたくないという空気も漂っている。
そして、人の出入りをチェックしている衛兵たちは……右手と右足が同時に出るレベルでガチガチ。そりゃそうだ。
門の目の前に馬車を停めていると言うことは、さっさと書簡を回すべきところに回してここを通せという無言のプレッシャー。
しかも乗っているのは、先代国王の娘、元第一王女。現国王の姉にあたるらしいから、平民の衛兵たちが相手をするには荷が重いどころか持ち上げるのも憚られるレベルだろう。
そうして待つこと十分。
「さて、行きましょうか」
「え?」
「何も問題はありません。馬車を出して」
「はっ」
書簡がどこに行ったのかはわからないが、どこからも返事が来ていないのに、ズンズン入っていくとか大丈夫なのか?
「あの……」
「問題ありませんよ」
「そうなんですか?」
「ええ。私にとってはただの里帰り。この子たちにとってはただの帰宅。騎士たちはその護衛。そしてあなた方三人は平民ですが、冒険者としてそれなりのランクで信用も高い。せいぜいあなた方が冒険者証を見せる程度で通れるでしょう?」
ちなみに待ち行列をすっ飛ばすのは貴族ならいつものこと、ということで通すらしい。
そして、衛兵たちも動き出した馬車を止めるなど出来るはずもない。せいぜい出来るのは馬車の通り道を広く開けて邪魔にならないように交通整理をする程度だ。
「このまま城に向かいます。道は全て頭に入っていますので、まずはまっすぐ進みなさい」
「はっ」
門を通るところは若干狭いのでゆっくり進んでいたが、御者台の騎士が手綱を繰ると、軽やかに走り出す。
だが、王都と言えど道がそれほど広いわけでもないため、安全のために騎士が二名先行して人払いをしていく。
「は……ははは……はは……」
ようやく復活したポーレットだったが、この状況を見ておかしな笑いをしたのち、再び気絶した。
「はあ……ったく……エリス、周囲は?」
大丈夫という返事として、トンと屋根が一度叩かれた。
何事もなく城につけるはず。その後は知らん。
ある程度進んだところで、前方が騒がしくなった。小窓から覗くと完全装備の騎士が数名、道を塞ぐように立っていて馬車を止めろというので仕方なく馬車が止まる。
「リョータ、周囲の警戒を」
「え?」
返事を待たずに王妃がさっさと馬車を降りるので慌てて後に続く。
「出迎えご苦労。城までの先導をよろしく」
言いたいことだけ言って馬車に戻るので慌ててその後に続くと、王妃が馬車を出せと指示を出す。
しかし、馬車を出せと言われても、馬のすぐ目の前を騎乗した数名が塞いでいるんだけど。
「さっさと先導なさい!パース家の騎士は先々代の頃から愚図ね!ロイル家は相変わらず乗馬が下手。全くなってないわ!」
馬車の窓を開けて次々と騎士たちを罵倒する王妃。地味にダメ出しされてダメージを受けた騎士たちが仕方なく道を空けながら反転。城までの先導をしてくれた。
「リョータ、いいですか?」
「は、はあ」
「今回の件はイーリッジ側の失態、いえ、失態程度では済まない次元の話だというのはわかりますね?」
「それはもう」
「それを可能な限り穏便に済ませようと、この国の元王女が出向いているのです。この程度のことで文句を言われる筋合いはありません」
王族怖い。
城に着いたら着いたで、普通なら来客用の部屋に通されて、呼ばれるまで待つという流れのハズが、ズンズンと奥へ進んでいくので仕方なくついて行く。
その様子は当然城の中の人間が見ないわけもなく、警備の騎士たちが出てくるのだが、ここまで先導してきた騎士たちの疲れ切った顔と、王妃の「どきなさい!」という一喝で引き下がっていく。
ただ単に「どけ」と言うだけならいいんだけどね。そこにひと言付け加えないで欲しい。
「どかないと、この者たちがお前たちを一刀両断にしますよ」
俺たち、どんだけ危険人物なんだよ。
この空気で完全に気を失ったポーレットを背負い進んでいった先にあったのはなかなか立派な扉とその前で構える騎士二人。だが、その二人を一喝して下がらせると、王妃がくるりとエリスの方を向く。
「あの扉の模様、上から三つめ、右から二つ目、わかりますか?」
「えと……はい」
「あなたの脚力なら充分でしょう。思い切り蹴り飛ばしてください」
「へ?」
「まず、跳び上がって」
「跳び上がって……」
「そして蹴り飛ばして」
「わ、わかりました」
貴族だの王族だのに疎いエリスと言えど、扉を蹴り飛ばせと言われるとは思わなかったので聞き返してしまったが、どうやら聞き間違いではなかった様子。リョータの方を見ると、実に微妙な表情をしながらも頷いていたので数歩下がって助走をつけて跳び、言われた位置を蹴った。
いきなり扉を蹴れとか、何を言い出すんだと思ったが、エリスが蹴ったら扉ごと吹っ飛んでいったのはちょっと予想外だった。
「ここ、建て付けが悪かったんだけど、まだ直してなかったのね」
「は……ははは……はは」
「あははは……」
さすがのエリスも乾いた笑い。ポーレット?扉の吹っ飛んだ音で一瞬目覚めたがすぐに気絶した。いい加減起きろよ。体格的にそれほど重くないけどいい加減歩きづらいんだよ。扉がまるごと無くなってさっぱりした入り口をズンズン進んでいく王妃の後についていくとか、現実逃避したいのは俺も同じなんだよ。
「これはこれは国王様、私を出迎えることも無くこんなところで何をしているのかしら?」
「あ……姉上……えっと……いつこちらに」
「先程手紙を送らせたはずですけど?」
その手紙を出して一時間ほどでは国王のところまで届かないんじゃないですかねえ?
「えっと……その……」
「その書類……そう。首謀者の一覧を作っていたのね?」
「え、いや……そういうわけ」
「作っていたのね?」
「は、はい!」
絶対違う仕事をしていたと思うんだけど。
「で、吊すのはどこかしら?チェンバー家?それともジョイス家?ああ、ヴォイア家もかしら?ステイト家の当主は大それたことをするような度胸もないでしょうから、犯罪者奴隷で鉱山送りかしら?」
「あ、あのですね」
「図星なのね。全く、私がいた頃から全然変わっていないというか、懲りてないのねあいつらは」
そもそも何をやらかしていたのだろうか?怖いからこれ以上聞かない、聞きたくないけど。
「それとレクス・イートン!」
「ひいっ!」
「こそこそ逃げようとしてもそうは行かないわよ!」
「そ、その……えっと!」
そのままバサッと机の上に詰まれていた書類の山を崩し、いくつかの書類の束を拾い上げると目を通し……般若ってリアルで見るのは初めてだな。
「まさかと思いますけど、この程度で済ませるつもりだったのかしら?」
一応は一国の王なんだから、土下座しながらの命乞いとか、戦争の最後で敵兵に囲まれてする行動だろうと思うのだが、現在進行形でそれが行われている。これ、見てていいのかな?
「で?」
「一覧としては、こ……これ」
「で?」
「そのっ裏取りがまだ途中」
「で?」
「えっと……その……」
「で?」
「すみません!ごめんなさいまだ全然何も!」
「で?」
国王が気絶した。




