ふたたびのイーリッジへ
「とりあえず、準備が整っているのはわかりましたが、いくら俺たちでも騎士たち百人連れて、というのは出来ませんよ?」
「ええ。ですからどのくらいの規模なら大丈夫か、それを確認して最終調整をしようと思っておりますの」
準備万端過ぎて怖い。
「そうですね……移動に使える馬車は、ここまで乗ってきた程度……いえ、もう一回り大きい程度で一台。周囲に護衛の騎士をつけるとして五名と言ったところではないかと」
「充分です。すぐに用意を」
「はっ」
扉の前に立っていた人に伝えるとすぐに部屋を出て行った。と言うか、今ので大丈夫なのか?
「それで、どのくらいで着きますの?」
「そうですね。二時間かからない程度かと」
「ではこのあとすぐに出発します。支度して参りますので失礼します」
さっさと出て行ってしまった。
「えーと」
「色々とすまないが、頼む」
国王が頭を下げてきて、ポーレットが呆けてしまった。何か、口から魂が抜け出ている映像が見える気がする。
「もちろん、報酬ははずむ。先程の十倍程度でしかないが」
ポーレットが倒れた。
準備が出来たというので連れて行かれた先には、先程リョータが言った程度のサイズの四頭立て馬車に、八名の近衛騎士が待っていた。
騎士のうち二名は御者として、一名は馬車に乗り込むとのこと。そして向かうのは王妃様と子供たちとアンヌ、側仕えが二名にもう一人、宰相の息子。
往復の時間を考えてもせいぜい三日程度の予定としているため、荷物はそれほど多くなく、このサイズの馬車にリョータたち三人に子供たちとアンヌが乗っても充分広い。
「はは……は……はは」
「リョータ、すごい馬車だね」
「そうだね」
とりあえず正常な判断が出来なくなりつつあるポーレットはエリスに背負ってもらい、促されるまま馬車に乗り込む。道案内の関係で御者台のすぐ後ろになったのは幸いだ。王妃の向かいに座るとか絶対に正気を保てない。
実の孫である子供たちですら、緊張して固まっているのだから。
「では出発します」
「よろしくお願いします」
近衛騎士隊長の声と共に馬車が走り出し、王都の外へ向かうと、子供たちがギュッと両手を握り、表情も硬くなる。
「大丈夫よ」
「え、えっと……」
「大丈夫。あなたたちは何も悪いことなんてしていないの。私たちがちゃんと守りますから」
「は……はい」
「それでね。色々とお話をしたいの」
「お話し?」
「そう、いろんなこと」
「は、はい!」
一国の王妃と、隣国の王位継承者という立場ではなく、ただの祖母と孫としての会話。食べ物は何が好きとか、好きな絵本の話とか、内容のグレードは王族相当だけれど他愛のない会話。多分、今のあの子たちに一番必要な、何気ない会話だ。
こればっかりは平民であり、部外者でもあるリョータたちでどうにかなるようなものでは無かった分、王妃の心遣いはとてもありがたい。
「リョータ様、この先はどちらへ?」
「えーっと」
さて、道案内としての仕事はしっかりこなすとしよう。
道中の王妃と子供たちの会話はそれこそ祖母と孫の他愛のない話題が中心で、リョータたちに聞かれたところでどうと言うことのないものばかり。
だったら良かったのだけれど、とんでもない爆弾が仕込まれていた。イーリッジに嫁いだ第三王女は実際には第二妃の娘だったそうだ。
ブレナクの王族の慣習として、男の子は各妃の息子、女の子は全て王妃の娘として書類上は扱われるので、対外的には第三王女は王妃の娘であり、この子たちはブレナク王家でも正統な後継者に含まれる……のだそうだ。うん、どうしてそう言うことになっているのかよくわからんな。
王妃の産んだ息子と他の妃の産んだ娘が書類上は王妃が生んだことになるということは下手をすると数ヶ月差で産まれた兄妹なんてのが普通にあるわけだが、些細なこと、らしい。
ますます、よくわからん。
だが、それはそれとして……実の娘でなくても実の娘のように扱うと言うことで、王妃の意気込みというか気持ちが実に重い。思えば第二妃はあの場で口を出そうとしていたようにも見えていたが、王妃の剣幕に押されてしまったというか……生みの親より育ての親?何か違うか?
そんなことを考えている間に、転移魔法陣を描いた辺りに近づいたので、街道をそれて行くように指示。しばらく行ったところで馬車を停めた。
「もう少し前……もうちょっと……はい止めて」
人数を絞ったりもしたので、ギリギリではあるが魔法陣には馬車と騎乗したままの騎士たち全員が一度に乗れる。
「では……転移っと」
いきなり風景が変わり、騎士たちも窓から外を見ていた王妃も驚きの声を上げる。
「ここは一体どこですか?」
「秘密です」
「……」
「秘密です」
「わかりました」
「ではもう一度転移」
再び風景が変わり、馬たちが少々興奮してしまったので、落ち着くまで少し待つことに。その間にエリスが見張り役として馬車の上に移動する。ブレナクはともかく、ここは敵地。少しでもおかしな事があったら即対応が必要になるので……ポーレット、いい加減目を覚ませ。
「ここはもうイーリッジなのですね?」
「ええ。木立で見えませんが、少し行けば街道に出ます。そこから王都までは三十分とかかりません」
「……」
「秘密です」
「わかりました。しかし」
王妃の目つきが変わり、空気も変わった。
「コレがどれほどの価値を持っているか、あなたは理解しているのですか?」
「ええ、もちろん」
転移魔法陣はテレポーテーションではない。超高速での移動と、その際に発生する慣性とかの影響を打ち消すという魔法だ。ぶっちゃけ地球の科学力でも実現は出来ないがSFでは良く行われており、それっぽい説明をつけて実現している。そのそれっぽい説明が魔法で実現出来ている時点で随分とこの世界の魔法もアバウトだなとは思うが。
そんな魔法理論自体が既にこの世界の魔法理論を超越してしまっているのは十分すぎるほど理解している。これまでずっと秘密にし続けている理由の一つだ。
そして、秘密にしているもっとも大きな理由が、この転送魔法陣が物流に革命をもたらすと言うこと。いや、既に革命という単語ですら足りないだろうが、人と物の移動が徒歩か馬車、一部で船。かろうじて文字情報だけのやりとりを魔道具で比較的高速に出来る程度という世界で、大陸の端から端までほぼ一瞬で移動出来るというのは驚異の技術だ。
単純に荷物を運ぶだけという場合で考えると、生鮮食品の鮮度維持という観点だけでも画期的になる。他国との交易も効率が上がること間違いなしだ。
人の移動も、例えば貴族が街から街へ移動するのも大幅な時間短縮になる。年に一度王都に集まるというのも王都から遠い街に派遣されている貴族にとって、時間と費用の負担は大きい。
それらを一気に解消出来るなら、というのは確かに便利だが、同時に危うい部分も兼ね備えている。
移動が一瞬で、どこも経由しないというのは、違法な薬物やら犯罪者、奴隷の行き来がし放題。治安維持も何もあったものではなくなる。
そして、当然だが軍事力だって一瞬で移動となれば、戦争というものが大きく変わる。大陸南部は大分事情が変わるらしいが、少なくとも大陸西部、北部に関してはここ百年以上、大きな戦争は起こっていない。地理的に魔の森に沿って行くしかない上に、街から街の移動が徒歩でも十日前後というのは軍を動かして攻め入るには時間がかかりすぎる。
一応、各国が軍を保有しているが、国内での運用がメインで、魔の森でちょっと魔物が増えすぎているとか、盗賊団が鬱陶しいとかそういうときの戦力であって、他国に攻め入ることはあまり想定した戦力にはなっていない。
だが、転移魔法陣を使えば、部隊が一瞬で移動とは行かなくとも、数時間で移動完了。いきなり攻め込むという意味では充分に短い時間で為し得ることになる。王族が危機感を覚えるのも無理はない。
さすがに「秘密です」で押し通すには無理がありそうなので、ある程度のことは伝えておくか。いずれそうなることはわかっていたから、回答も用意してある。




