母が強すぎる
「そしてもう一つ」
終わらないかあ……
「短期間であの荒野を越えてきた。その方法を知りたい」
やっぱりそこか。
「馬です」
「馬?」
「はい。馬に頑張ってもらいました」
嘘は言ってないぞ。
「そうか、相当な名馬なんだろうな」
「はい。それはもう!」
馬を可愛がっていたエリスが代わりに答えた。良く懐いて言うことを聞くというのも名馬と言えば名馬だから嘘は言ってない。
「で、どのような方法を用いたのですかな?」
「それを知ってどうするんですか?」
冒険者ギルドは国家に帰属しない組織。そしてそこに所属する一定以上のランクまたはギルドがこれと認めた冒険者も国家に縛られることはない。というのは建前で、実際には冒険者ギルドは国の単位で組織されていて、だいたいは王都やそれに準ずる街にその国のギルド本部があり、ギルドマスターを始めとする要職の人事に口を挟む国も珍しくは無い。国家に縛られない組織が自由気ままに運営されては秩序も何もあったものではないし、冒険者ギルドにとっても国家との結びつきが無いというのは色々と不都合も多い。しかし、冒険者ギルドは冒険者の秘密をペラペラと王族貴族に漏らすようなことはしない。余程素行が悪く、犯罪行為に手を染めているならともかく、リョータたちのように何かと目立つ行動があるものの、実力が充分すぎるほどあるような冒険者がヘソを曲げて、ギルド脱退なんて流れになったら、ギルドにとって損失だからだ。だが、必要最低限と判断した情報は伝えられることもある。今回伝えられた内容は実にシンプルだった。
「Sランクですら評価が足りないと言ってもいいような成果をもたらしておりますので、絶対に機嫌を損ねることの無いよう注意願います」
だが、その注意事項があってもなお、国王としては聞いておきたいのだ。
「今回の件、非常に大きな問題になっているのは承知しているかね?」
「どの位大きいのか考えないようにはしていますが」
「うむ。考えない方がいいくらいに大きいぞ」
国家間が友好であることを示す、どこからどう見てもあからさまな政略結婚だが、当事者たちは互いに惹かれあい、仲睦まじい夫婦となり、子供も二人生まれた。片やイーリッジをいずれ継ぐであろう第一王子、片や嫁ぐにあたって王位継承権こそ放棄したものの、それまでは継承権五位の第三王女。それを暗殺した上にその子供たちも暗殺未遂なんて、穏便に事が終わる方がおかしいだろう。当然、ブレナク側としてはイーリッジ側に説明を求めることになる。無論、その説明は真犯人を特定し、処刑を終えた経緯の説明以外には無い。
通常なら、すぐにでも使者を派遣して、となるのだが、両国の間に広がる荒野のせいでブレナクの王都からイーリッジの王都までは普通に行って二ヶ月弱はかかる。魔道具による通信である程度の情報のやりとりが出来ると言っても、情報のやりとりが出来る、まで。しっかり追及して説明をしてもらうためには直接乗り込む以外に無い。
だが二ヶ月なんて期間を空けてしまったら、イーリッジ国内の状況がどう転がるかわかったものではない。下手をすると、今回の首謀者たちがさらに色々と事を進め、イーリッジ国王を排除し、自分たちの擁立する人物を王に据え、適当な真犯人をでっち上げるなんて事もあり得る。
「と言うわけで、あちらが動き出す前にイーリッジに乗り込み、ケリをつけねばならん」
自分の娘とその夫を殺され、孫の命まで狙われた国王というのはなりふり構わなくなるんだな。
「一つ確認です」
「なんだ?」
「まさかと思いますが、イーリッジに戦争を仕掛けたりしませんよね?」
「せんよ。荒野を越えるだけでひと苦労なんて戦争、消耗するだけで利はない」
「ふむ」
この件が片付いたらさっさと出て行くつもりだから、二国間がどうなろうと知ったことではないが、開戦の片棒担いだとなるとさすがに寝覚めも悪いから避けておきたいところだ。
「では、もう一つ。あちらに向かいたいのは誰でしょうか?」
「私が自ら、と言うわけにはいかん」
国王が出向くのは少々どころか問題が多すぎるのがイーリッジとブレナクとの関係だ。荒野を越えるだけで一ヶ月以上かかるために片道で二ヶ月、往復すれば四ヶ月。それを短縮出来るとしても、イーリッジに国王を受け入れる準備も態勢もあるはずがないだろうし、何よりも王族を平気で殺すことを画策した連中がいる国家だ。
国王が無事で帰ってこられるとは、とまでは言わないし、行けるなら行っておきたいというのが国王の本音。だが、今は時期が悪いのだそうだ。何でも年に一度、国内の貴族が王都に集まり、重要な事案の話し合いをする日程が明日から約一ヶ月。
重要な事案と言っても、何か問題が起きているというわけではなく、今年の天候状況から予想される農作物の収穫と税収の見込み。街道や街の整備が必要なところはあるかといった、毎年定例の内容だ。当たり前だが、全てが国王が確認しなければならない事案ではない。そのために、街を治める領主として貴族を任命、派遣しているのだから。
つまり、貴族同士が「もう少し上げるべきだ」「現状維持だ」といった意見をぶつけ合っているのを見ているだけではあるが、時にヒートアップしすぎておかしな方向に流れることがある。そんなときに一喝して場を納めるのが国王の主な役割。毎年数回、国王の一喝が必要になることがあるらしいから、国王不在というわけにはいかない。
また、今年は……イーリッジに嫁いだ元王女が殺害されているのだが、これにブレナクの貴族が関与している可能性もある。リョータたちは直接見ていないが、王都に彼らが到着したことを聞いてすぐに各所で確認したところ、不審な連中が荒野に向かったらしいという情報が集まっている。おそらくリョータたちが到着したことにはまだ気付かず、迎撃するために集められた戦力だろうとの見かたが強い。
もちろん、不審に見えるだけで、実はごく普通の冒険者連中だったという可能性もあるために、いきなり捕らえると言うことはしない。証拠が出そろったら捕らえる予定だが今はまだ泳がせておく。
一方、その人数が五十名ほどという時点で、それなりに大きな金の動きがあるのは容易に予想出来る。ではその資金源は?ブレナクの貴族にそんな者がいるとは考えたくないが、もしもそうだとしたら、貴族が一堂に集まるこのときに尻尾を掴んでおきたいところだ。
「人選は済んでいないが……」
「私が向かいます」
「お前は黙ってろ!」
「いいえ。黙っていることなど出来ません。私の娘のことですよ?!」
そっか。嫁いでいった第三王女って王妃との間の子だったんだ……母は強し、だな。
「それに、私以外の誰が行っても意味がありません」
「むむ……」
ある程度の地位にいる貴族などを連れて行っても、軽くあしらわれて終わり……とはならないまでも、徹底的に追及、糾弾というのは難しいだろう。しかし、王妃が行ったなら?イーリッジの制度では王妃には職責上、これと言った責任や役割が割り当てられているわけではない。が、王妃と言うだけで充分すぎるほどの地位。イーリッジも無碍に扱うことは出来ない。
「仕方ない……か」
「では早速」
「ちょっと待ってください」
国王が渋々承諾し、王妃がいざ出発とばかりに立ち上がりかけたのをリョータが慌てて止める。
「いきなり出発と言われても」
「準備は出来ております」
いつ準備をしたのかと問い詰め……無理だよな。いくら何でも王族には、と思ったら、あちらから説明してくれた。
「私たちでもリョータさんたちの情報は捉えております。ランク相応以上どころかSランクですら足りないほどの何かがある、と」
「は……はあ……」
「そして、あの子たちの護衛にリョータさんたちがついたと聞いた時点で、恐らくこちらの予想以上に早く到着するのではと考えておりました。そして、こうなることも」
発想が飛躍しすぎてる件。噂は……確かに事実が多いかも知れないけどなあ……いくら何でも噂に尾ひれ背びれがつきすぎ。そのうち、ヒレの力で空でも飛びかねない。




