国王自らやって来た
「こちらでしばらくお待ちください」
城につくと子供たちと別れ、別室に通される。ちなみにアンヌは子供たちと同行しているが、これは子供たちの世話係という役割を担ってきた故だろう。子供たちからの信頼も回復出来たようで何よりだ。
「リョータ」
「ん?」
「すごく感激してる声が聞こえる」
「そうか」
王族、それも貴族ともなれば人前で感情をあらわにすることは、弱みを握られるきっかけになりかねないので憚られるが、エリスの聴覚の前では意味が無い。どうにか一件落着。あとは報酬もらえば俺たちの仕事も終わりだ。
「そもそもあの子たちって、ここの王様の孫に当たるんだよな?」
「そうですね」
「それが、殺されそうになったって時点でとんでもない外交問題だよな」
「そうですね」
外交問題と言われてもピンとこないエリスとは対照的に、その辺は色々な場面に遭遇してきたであろうポーレットが同意する。
「さて、ポーレットに質問」
「な、何でしょう」
「俺たち、このまま何事も無く城を出られるかな?」
「無理だと思います」
イーリッジの一部の貴族が、嫁いだことにより表向きは離脱したとは言え、ブレナクの王族に連なる者を害した。
これが嫁いだ王女に明らかな非があったと言うのであれば、問題視されるのは第一王子を害する必要があったのか、子供たちに罪はないだろう、とか言う部分であって、妃の殺害に関しては……殺人事件という扱いはあったとしても、それ以上のことにはならないだろう。
しかし現実はほぼ真逆に近い。政治的、つまり血縁とかに加えて能力的にも優位に立っていた第一王子を何としても排除したい第二王子派が実力行使に出て、第一王子だけでなく夫妻とそばにいた使用人を殺害。さらに、かろうじて生き延びた子供たちに追撃をしようとしたとなると、これは一体どういうことだという話になる。
ブレナクからイーリッジに王族貴族が嫁いだ例は過去にもある。もちろんその逆も。言うまでもなく両国が友好関係にあることを周囲に示すものであり、一部の貴族から反対意見が出ることはあるものの、それは何でもかんでも王が決めることが絶対というわけでは無いことを示している程度のこと。基本的には両国の友好関係バンザイと祝われることであり、今回もその例に漏れず、送り出すブレナク側も受け入れるイーリッジ側も盛大なパレードが催され、国民が祝福していたという。
それが、今回のように最悪に近い形で踏みにじられたらどうなるか。当然国家間の争いの火種になるのは間違いないが、問題はそれがどこまで飛び火するか。
最悪のパターンは「イーリッジ側の関係者を全て始末する。手始めにそこにいる冒険者たち」だろうか。
「さすがにそれはないと思いたいですが、状況が状況ですからねえ」
「最悪の場合は実力行使して逃げる……か」
だが、それをやるとこの先どこに行ってもお尋ね者になるだろう。
「さすがにここまで頑張った結果がお尋ね者は無いと思いますけど」
「そう有って欲しいけど、それだけじゃない」
「そうだよねえ」
「エリスはよくわかってるな」
頭をなでてやりながら続ける。
「多分、移動手段のこと、聞かれますよね」
「そうだよな……でも、工房のこととか聞かれても答えたくない」
「わかります」
実際にはエリスが何も警戒していないので、心配は要らないのだが、待っている間の暇つぶしとしてポーレットを怯えさせているだけである。
「この度の件、本当に何と礼を言えばいいのか」
「あなた、そうじゃないでしょう?」
「そうだな。ありがとう。心から礼を申し上げる」
国王から申し上げられてしまったら何と返せばいいんだろうね。
通常、国王と会うとなったら、謁見の間で「頭が高い」「ははー」とかやるのかと思ったが、事が事なだけにと言うことらしく、待っていた部屋に直接国王夫妻がやって来た。謁見の間とか執務室とかを通り越して、ただ単に王城を訪れた客を待たせているだけの部屋に、だ。
しかも、国王と王妃だけで無く、第二妃、第三妃まで連れているという豪華な顔ぶれ。王子王女が着いてこないだけマシと考えておこう。
そしてそこからは質問攻めだ。が、そもそも子供たちのことは今回の件で初めて知り合っただけの上に、基本的にアンヌに世話を任せていたので、好きな食べ物を知らないか、などと聞かれても答えようがない。と言うか、そう言う質問は直接本人たちにして欲しい。
だが、その辺りの質問はあくまでも前座。
彼らの目的は、襲撃者について、だった。
「そうか。徹底的に排除してきたか」
「はい」
「実のところ、襲撃者の素性をしっかり確認した上で、正式な抗議を、と言う流れにしたかったのだが」
「ああ、そう言うことでしたか。ポーレット、アレを」
「はいな」
何の意味があるのかわかりませんがと添えながら、トマスが持っていた、貴族家の紋章の描かれたハンカチを出す。
「他にも荷馬車の中にはこんな感じのがゴロゴロしてますよ」
「ほう」
三男、四男と言った、貴族家を継ぐことが出来ない者が、どこかの上位貴族家の使用人になるというのは決して珍しいことでは無い。が、その場合に元いた家の紋章の描かれた物を常時持ち歩くなど、通常ならあり得ない。いつでも帰りますよと宣言しているようなものだからだ。
あり得ないのに連中は持っていて、荷馬車にきっちり証拠として残していたという間抜けっぷりにも呆れるしかないが、これに気付いたのは一昨日のこと。
工房から引き上げるときに荷馬車を魔法陣の上に引っ張る必要があるが、王都への移動のために馬を一頭走らせている関係上、どうしても一頭で引っ張らなければならなくなった。そして重量的にちょっと負担が大きすぎるために荷物を整理してある程度ポーレットに背負わせれば軽くなるはずと、開けてみたらこの始末だ。
「これはつまり……最初から仕える家に忠誠を誓うこと無く、職務に就いていたと言うことの証と捉えても良さそうだな」
「やっぱりそうなりますか」
子供たちを殺害したあとは、計画を企てた貴族たちから相応の金を受け取って帰る。そんなところだったのだろう。どう考えても口封じに殺される未来しか無さそうなのにな。
「これだけあれば色々と追及出来る」
「お役に立てて何よりです」
よし、話は終わりだな。
「ところで」
「はい」
報酬がとかそう言う話かな?冒険者ギルドの手続きに則って依頼完了の印をもらえればそれでいいんだけど。
「今回の件の報酬だが」
「は、はい」
よし、ここまでは……大丈夫だな。
「まずこれが冒険者ギルドへ提出するための依頼完了の書類だ」
「ありがとうございます」
国王たちと一緒に入ってきた偉そうな人――多分、宰相とかそう言う人なんだろう――から、完了した旨が書かれた紙を受け取る。
「それとは別に、これを用意した」
「あ、ありがとうございます」
中身を見るのが怖い感じのする、ずしりと重い袋。
「それから、我が国での貴族位を」
「あの、申し訳ありませんが、私たちは貴族になりたいとか、そういうのは考えていないので」
「そうか」
王族の命を救ったというのはそれだけで騎士以上の位に取り立てるのがこの国の慣例らしいが、法で決まっているのでもないなら断る。法で決まっていても断るけど。
そして意外にもすんなり引き下がってくれた。ある程度予想していたのだろう。
「それでは追加でこれを」
「はは……はい」
断られることを想定していたらしく、重たい袋が追加。さすがに持ちきれなくなってきたので、エリスとポーレットに一つずつ渡す。中身はあとで確認しよう。多分、工房の奥に死蔵することになると思うけど。
よし、これで終わった!
気付いたら二百話です。
が、まだまだ続きます。




