ベテラン冒険者達
リョータ達の持ち場は魔の森に入ってから三時間ほど歩いた場所だった。少し小高い丘のようになっており、開けた場所で、眺めも良い。そして当然ながらリョータは今までに来たことが無い場所なので……
「実はこの辺はこの薬草がよく採れるんだ」
「おおー」
「あとはこの木。家具の材料になるんだが、ちょっとこれは細いな。もっと奥に行けばもう少し太い木もあるだろう」
リョータにとっては初めて訪れる場所で、興味を引かれる物が多いのだが、さすがに危険な場所と言うことなので、絶対に一人で来るなよと言われた。
「ま、さすがに今回は薬草を少し採って帰るくらいが精々かな」
「本命はドラゴンだからな」
「ま、俺らは後方支援だから、呑気に構えてりゃいいさ」
なんかフラグがどんどん立ってませんかね?
とりあえず少し開けた場所で荷物を下ろし、野営の準備を始める。リーダーのデニスにはギルドから通信用の魔道具(受信専用)が渡されており、定時連絡が入ってきていた。
「どうだった?」
「今のところは、何も動きはなし」
「今のところはか」
「でもそれって、いつ出てきてもおかしくないって事ですよね?」
「そう言うことだな」
何となく全員が空を見上げる。すっかり日が落ちて満天の星だ。日本の夜空は街灯などが明るくてほとんど星が見えないが、こっちは本当に星に手が届きそうなくらいによく見える。一応こっちにも星座はあるらしいが、占星術の意味合いが強く、詳しく知っている者はほとんどいないので、少し残念だ。
「とりあえず交代で見張りを立てるようにしよう。順番は……」
夜はまだこれからだ。
「わかった。また一時間後に」
ガイアスはそう告げると、通信用魔道具を置いた。通信用魔道具は魔術師ギルドがいろいろな魔物の素材から作っているのだが、双方向に通信できる魔道具はとても高価でヘルメス支部でも保有している数は少なく、今回のような緊急時にしか使われない。受信専用の方は比較的安価なので、冒険者達に持たせているが。
「どうでしたか?」
「なんだかよくわからない動きをしているらしいが、結界は維持されているようだ」
ギルド職員の問いに答えながら、目の前のテーブルに目を向けた。
普段は冒険者達が楽しく飲み食いする酒場だが、今はドラゴン討伐の本部となっており、並べられたテーブルには冒険者の配置が記された魔の森の簡単な地図が置かれていた。
ガイアスが地図を見ていると、ギルド職員が駆け込んできて、地図に描かれていた×印の一つを丸で囲む。
「……これで全員配置についたか」
「はい」
大陸全体で見れば、ドラゴンが街の近くに現れることは珍しくなく、毎月どこかの街でドラゴンの討伐が行われているとも言われている。だが、ヘルメス――と言うよりも、ラウアール王国でドラゴンが現れたのは約二百年前。ガイアスはもちろん、他の街の支部長達もドラゴン討伐の経験は無いため、手探りもいいところだ。
現時点で動ける冒険者は七十八名。そのうちAランクが十四名。これでなんとかなるかというと不安だが、今できるのはこれが精一杯だ。
「失礼します!」
大きな声で全身鎧で固めた男が入ってくる。ヘルメスに常駐するラウアールの騎士団――衛兵だ。
「ああ、そっちも配置についたか?」
「はい。それで、その……」
「今はまだ動きは無い。何かあったらすぐにそちらにも連絡する」
「わかりました」
一礼すると衛兵はギルドから出ていった。万一、ドラゴンが街に来てしまったときには彼らと共に戦うことになるが……
「訓練されていると言っても、戦力的にはCからDなんだよな」
時間稼ぎになるかどうか、微妙なラインだった。
ぼんやりと光る膜――結界――に見張り役として張り付いているミックが近づく。これ以上近づくのはさすがに危険、と言うギリギリの所で中の様子を見る。相変わらず、ドラゴンが背を向けたまま何かをしている。
「……ホントに何してるんだアレは?」
ドラゴンの結界の見張りを買って出たのはいいが、ずっとドラゴンは背を向けたまま、何かをしている。数歩戻って、置いてあった水筒を一口飲むともう一度結界を見る。気のせいか少しずつ光が弱くなっているような……?
「……結界を壊そうとしてるとか?」
まさかね。ドラゴンは知能が高いと聞くが、そんなことは……ねえ?
そばに置いてある時計を見て、通信用魔道具を手に取る。
「こちらミック。異常なし」
「わかった。何かあったらすぐに連絡を」
「了解……支部長」
「何だ?」
「そろそろ休まれては?」
「お前に言われたくは無いな」
出がけに見た時、既にかなりやつれていたが、大丈夫か?こっちは交代要員がいるが……と、すぐそばで寝ているもう一人の見張り役――弟のレイン――を見る。交代まであと三時間か。
もう一度中の様子を見るが、特に変化は無い。
「あと二、三日はこのままかな……」
希望的観測を呟くと、ダンジョンの中を何とはなしに見る。ドラゴンの魔力におびえ、あらゆる魔物が出て行ってしまった、空っぽのダンジョンを。
ガリッと左前足の爪で地面を引っ掻く。もうどれだけの時間、この作業を繰り返してきただろうか。
このドラゴンは魔の森のかなり深いところで生まれた。その身に蓄えた豊富な魔力により、極めて強力な魔法――ただし、使っている本人達は魔法と思わずに使っている――を行使する、他者にとっては災害以外の何者でも無い存在として、周囲の魔物達を喰らい、思うがままに生きてきた強者であった。
だが二百年前、ふとした好奇心から魔の森の浅いところまで来ていた彼――性別が不明であるため、ここでは彼と呼ぶ――は、小さな二本足の生き物を見つけた。
その生き物は、彼から見れば軟弱で矮小な存在でしか無かったが、見た目以上に豊富な魔力を持っている者がおり、ちまちまと放つ魔法はわずかながら、彼の自慢の鱗に傷を付けた。
少し腹が立ったので、前足の爪で撫でたら上下二つに分かれた。
尻尾を振り回したら原形が残らないほど壊れた。
炎を吹いたら灰になって消えた。
ただそれだけだったのだが、魔の森の他の魔物と違った反応に新鮮味を感じ、数日間、その小さな生き物数匹の相手をしていたら、集団でやって来た。仲間を呼んだらしい。その集団の中には少しは手応えのある者もいて、わずかに爪を欠けさせた者、鱗に刃を突き立てた者、炎に耐えた者などがいた。
生まれて初めての事だった。
だから少し興奮して暴れてみたら……全部死んでしまった。
弱い生き物だ。
そう思っていたら、すぐ近くで強い魔力を感じた。そちらを見やると、そこにも二本足がいて、こちらへ向けて魔法を放つところだった。
面白い。我に傷を付けることが出来るならやってみせよ。
そう思い、近づいて前足を振るった。
……のだが、その爪は空を切り、その身は光の檻にとらわれていた。
「お前の魔力で維持する結界だ」
二本足はそう呟くとその檻を岩で覆い隠し、去って行った。二本足の言語は理解できないので、何を言ったのかはわからないが、この光の檻に閉じ込められたということか。
しばらくの間、爪を立てたり、尻尾を振るったりしたが檻はびくともしなかった。体当たりをしてみても、炎を吹いてもダメ。足下を見ると複雑な模様――魔法陣――が描かれており、ほのかに光を放っていた。その光の様子をじっくりと見る。そうか、自分の魔力を吸い取って、この檻を作っているのか。つまり、魔力のある限り――生きている限りこの檻は維持される。
小賢しい。
足下の模様に爪を立て、ガリッと削る。が、地面は削れたが、模様で爪が止まる。
ほう、ドラゴンの爪でも簡単に削れないほどの硬さか。だが、この最強種ドラゴンの爪は引き裂けぬ物なしとも言われるほどの硬さを誇る爪だ。少しずつ削っていってやろうじゃないか。
そうして日々爪で削り続けること二百年。右前足の爪が欠け、左前足で削るようになり、また右前足で……を繰り返して、削り続けていた線が少しずつ細くなり、髪の毛ほどの細さになっていた。
あの二本足め……ここを出たら真っ先に探し出して、引き裂いてやる。ニヤリと笑みを浮かべながら爪を立てた。




