荒野を越えたぞ
「え?昨日はここまで来ていたんですか?」
「そうだけど」
「ふーむ……結構どころか、かなり早いペースですね」
「そうか?」
朝、荒野に移動して早々に、ポーレットが少し離れた所にある大きな二つの岩を指す。
「あれ、荒野のほぼ中間点の目印です。定期馬車もここを越えると、食事の量がちょっと増えます。余らせないようにするために」
「へえ……」
「このペース、いい感じですよ。途中で丸々一日潰れてますが、たった六日で真ん中まで来るとか、あり得ない速さです」
「早い移動方法だってのは予想してたけど、三倍くらいの早さだったとはね」
「これなら向こう側で待ち伏せをしようとしていてもうまく切り抜けられるかも知れません」
「残り半分、頑張るか」
移動する間、ポーレットからブレナクについて聞いておくことにした。
大陸の東北端にある国で、中央付近に王都があるが、王都自体は北海岸沿い。その先は大陸の東海岸沿いになるが、そちらに向かうには厄介な場所を通る必要がある。
ポーレットも二、三回往復した程度で、正直ほとんど正確な情報は把握していない。もちろん冒険者ギルドでも正確な情報は把握していない。荒野ほどひどい場所ではないが、抜けるのに三日ほどかかる、ドラゴンの営巣地だそうだ。
ドラゴンの営巣地など、誰がまともに調査出来るのかって話だな。
夕方戻ったときに状況を伝えたら当然三人には驚かれた。
と言っても、ある程度想像出来るレベルの話ではある。馬車でひと月かけて移動するという場合、だいたい馬車の速度は五、六キロ前後を維持。人間が歩くより少し早いかな、と言う程度だが、道の状態によってはもう少し速度を落とすことも多い。また、日が傾きかけたら早々に馬車を停められるところで停めて野営の支度にかかるし、朝は朝で片付けを済ませてからになるため、一日に移動出来る時間もそれほど多くない。
一方、リョータたちが今回採用した方法だと、馬の速度が十キロ前後。そして、朝は朝食を終えるとすぐに出発で、夕方も暗くなって足下が見えづらくなるギリギリまでと長い時間の移動が出来る。その上、馬をローテーションするから、少々馬が疲れても翌日以降にたっぷり休ませられるので、相当な無理をさせない限り心配要らない。
ちなみに四日も休むとアンヌもすっかり回復しており、食事の支度などは任せられるようになっていて、留守番をしていたエリスは子供たち相手に色々な話をしたり、魔法を使って見せたりとこれはこれで結構忙しかったようだ。
「まだ見つからんのか?!」
「は、はい……申し訳ありません」
「こちらから向かわせた者も見当たりません」
「トマスたちも足取りが全く」
「襲撃予定地点周辺は?」
「徹底的に調べさせましたが」
「それなりに実力があると聞いている。考えたくはないが、返り討ちに遭ったのでは?」
「それなら死体くらい転がっているだろう?」
「地面に埋めたとかそう言うのはどうだ?」
「あの荒野で地面を掘るなど」
「む、それもそうか」
「一応足の速い者を少し奥まで調べに行かせております。明日には戻るはずですので」
「わかった。念のため向こう側での待ち伏せも進めておけ」
「五日ほどで人を集めて、それから十日で荒野に移動出来るはずです」
「なら大丈夫だな」
さらに馬を進めること四日目の昼頃、遠くに村らしきものが見えてきた。
「リョータ、多分あれが村でいいと思う」
「おお、やっと着いたか」
とりあえず馬を止めて一度工房へ戻り、ポーレットを連れてくる。
「ええ、あれがブレナク側の荒野ギリギリにある村で間違いないですね」
「よし、エリス。どうだ?」
「周りに待ち伏せはいないね」
「よし、わかった」
それだけわかればこの場は充分と、三人で工房へ戻るとアンヌたちを交えて今後についての相談をする。
「とりあえず今日はこれ以上の移動は無し。明日の朝一で移動再開とします」
「それではいよいよ……」
普通に考えればこの先はこの三人も連れて行くべきだろうが、それについては既にリョータたちの中で結論を出している。
「まだお待ちください」
「え?」
色々と相談した内容を三人に話す。
「まず、この先の移動は俺とエリスだけとします」
「え?」
「そしてそのまま王都のすぐ側まで一気に行きます。今まで通り、毎日夕方には戻りますが」
「お二人だけで?」
「ええ」
ポーレットが荒野のあちら側に最後に行ったのは十年ほど前で、それまでにも何度か向こうに行っている。顔が売れるほどの活躍は絶対にしていないだろうが、そもそもポーレット自身がそこそこの有名人なので、ポーレットのことを知っている者も多少なりともいるだろう。
その一方でリョータとエリスは、冒険者ギルドやら各国の王族貴族の間で名前が知られているが、ブレナクでは彼らを知る王族貴族はいないし、冒険者ギルドも名前と活動状況くらいしか知らない。つまり、街に出入りすること無く移動していった場合、リョータたちが荒野を渡りきったと気付く者は恐らくいない。
一方、子供たち含めたこの三人を連れていくとなると馬車移動が必要になり、貴族の紋章入りの馬車が走っていたら襲ってくださいと言わんばかりになってしまって、気の休まるときが無くなってしまい、デメリットしか出てこない。
「可能な限り短時間で、安全に王都まで行くための方法ですが、どうでしょうか?」
「状況はわかりました」
「あの、一つ質問よろしいでしょうか」
「何でしょうか、デリック殿下」
「えっと、殿下はいいです。あの、あと何日くらいかかるのでしょうか?」
これはある程度ブレナクに詳しいポーレットが答える。
「定期馬車を使った場合、十日かかる距離です。定期馬車はちょっとゆっくりなので、普通に馬車移動だと二日ほど短縮されますね。ただ、荒野を越えてきたようなやり方で進みますので二日か三日かと」
「わかりました」
もちろん天候次第だが、ポーレットによるとこの時期だと天気が荒れることも少ないので見込みとしてはそんなモンだろう。
「よし、行ってくる」
「お気をつけて」
ポーレットに見送られながら荒野へ戻り、エリスの後ろに捕まって移動を開始。
昼前までに村に着いてしまえば、村に泊まらないという選択が不自然でなくなるので、村の近くすら通らない。つまり、村で誰かに見られて、という形での情報すら残さずに行くのが理想だ。
余談だが、イーリッジとブレナクの行き来も一応は国境を越えるという扱いになるので形式的には出入国のチェックはある。あるのだが、超えるのにひと月かかる荒野という時点で、通常の国境としては機能していない。
通常、国境付近に街が無い場合、村に出入国のチェックをする役人が派遣されるのだが、村という時点で警備兵の類いはほとんど常駐していないため、密入国はし放題である。だが、この荒野をひと月以上かけて越えてきて、それなりに宿やら店の充実している村に立ち寄らないというのは中々難しいため、チェックとしてはきちんと機能しているのが実情。
つまり、リョータたちはイーリッジとブレナクの歴史上、恐らく初めての密入国者となる。が、そもそもこの世界での出入国なんて、街に入るときにチェック出来ていれば充分というレベルのところが多いので、それほど気にすることも無い。
ましてや今回はブレナクの王族関係者も同行してするわけだから、身元とかその辺は大丈夫だろう、多分。
「よし!ブレナクに来たぞ!」
「うん!」
ちなみにブレナクは大陸北部の一番東にある国で、王都を越えて少し行くと街道は南下するルートに変わる。大陸西部から東部まで、ついにやって来たかと思うと感慨深いものもあるはずだが、道の具合が良くなったこともあってエリスが馬をとばすようになり、捕まっているのが精一杯でそれどころではなくなった。
「このペースなら!」
「え?」
「ポーレットの言ってた、最初の街を少し越えるくらいまで行けそう!」
馬の様子を見ながら走らせているから大丈夫だと思うけど、飛ばしすぎじゃ無いですかねえ?




