馬で移動は結構大変
「ここがどこなのかわかりませんが、普通の食事が出来るとは驚きました」
「食べることに関しては不自由はさせませんので」
工房奥の保管庫には生鮮食品を詰め込んであるので、荒野を越えるまでの間は普通に肉や野菜に魚介類を使った料理が可能。残念なことにパン焼き窯の類いがないので、パンだけは街で買った物がそのままだが、それだってほぼ焼きたてのままで保管されているので不満はないだろう。
「リョータさんたちが未だにCランクというのが謎ですね」
「色々と事情があるんで」
「詮索はしませんが、驚いていると言うことだけは知っておいてください」
そして翌朝、日の出と共に馬を一頭連れてリョータとエリスが荒野へ向かう。
「留守番よろしく」
「お任せください!って何も無いと思いますけどね」
転移して荒野に戻り、景色が急変したことで少し驚いている馬を落ち着かせるとエリスがひらりと馬にまたがる。馬車に積まれていた馬具はなかなかの高級品で馬の体格にもぴったり合った。
「はい」
「あ、うん」
何のためらいもなく伸ばされた手を握りエリスの後ろでまたがるが……これ、どこに手をやればいいんだ?捕まるところは……ここしかないんだろうな。
「すこし急がせるのでちゃんと手を」
「えーと」
「ちゃんと手を」
「はい」
仕方が無いというか、本人がそれでいいというのだからと自分で自分に言い訳して、腕を回す。
「いきます」
「おう」
エリスが軽く馬の腹に合図をするとパカパカと歩き出す。
「大丈夫?」
「うん」
「じゃ、もう少し速度を上げますね」
「わかった」
「ほいっ!」
エリスが再び合図をすると速歩に。並足ならともかく、早足だとさすがに揺れが強くなり、鐙を踏んでいるわけでもないリョータはしがみつくしかない。何にしがみつくかって、一つというか一人しかいないわけで、これはこれで天国でもあり、かなり色々な我慢を強いられる状況とも言える。
「リョータ、大丈夫?」
「大丈夫」
この世界で一般的に使われている馬は全力で走らせると時速六十キロほどで走るが、全力疾走できるのはせいぜい五分程度。もちろん、そんな走らせ方をしたらそのあとは相当な時間休ませねばならないため、緊急時にしか使えない速度だ。
そして、今の速歩だと途中で休憩を入れながら、五、六時間は行ける。ただし、体格こそ大人には劣ると言え、二人の人間を乗せているため、一日走ったら翌日は休ませなければ馬が潰れてしまう。だが、馬は全部で四頭いる。それぞれしっかり調教されており、馬車を引くのもこうして乗るのも全く問題ないと言うことなので、毎日馬を交替させながら行けば、普通に移動するよりも速く荒野を抜けられるハズだ。
荒野を越えた向こう側で待ち伏せという可能性もゼロではないが、「多分このペースなら十日以上短縮できます」というポーレットの予想を信じていくと、待ち伏せ側が考えている以上に早く着くことになり、待ち伏せの態勢を整える前にブレナクの王都に着けるかもしれない。
期間を短縮して襲撃されるリスクを減らし、子供たちとアンヌの負担も大幅に軽減する。まさに一石二鳥の策というわけだ。
途中で何度か休憩を入れ、日が暮れる頃に転移魔法陣を描いて工房へ戻って休むと翌日は馬を入れ替えてポーレットと共に荒野へ。
エリスとポーレットは転移魔法陣を完全に構築できないということでリョータが移動するのは必須だが、リョータが一人では馬に乗れない以上、どちらかが一緒に来ることになる。
そして結果、こうなる。
「しっかり捕まっててください」
「お、おう」
中身は大分残念な感じだが、エルフの血を引いているだけ有ってその容姿は平均以上どころか、年齢を感じさせないエルフの要素もあって美少女であるポーレット。エリス同様にくっつくのは中々に勇気が要る。
実のところ、この方法、一番負担が大きいのはリョータである。色々な意味で。
「どういうことだ?!」
「それが全く」
「わかりませんで済むならお前らなど要らん!」
「はっ、しかし……」
「無駄口きくヒマがあるならさっさと行って死体を持って来い!」
第二王子派筆頭の貴族たちはかなり焦っていた。本来ならとっくに死体を二つ、もしくは三つ、あるいは六つ持ち帰ってきて「よし、これで終わりだ」となるべきところがそうなっていない。どころか、荒野へ襲撃に向かった連中が一人も戻ってきていない。
一応アレコレ手を回してブレナク側にも待ち伏せ部隊を用意させているが、距離があるために魔道具による通信しか行えず、その通信も傍受されやすいために色々とごまかしながらのもの。
必然的にその精度は低く、うまく行く可能性はかなり低い。連中が荒野に入って五日以内くらいにはケリをつけないと、かなりマズい状況なのだ。
色々動いていることはそれとなく知れ渡っているかも知れないが、決定的な証拠は残さないように細心の注意を払ってきた。しかし、彼らがブレナクに渡り、王都にある故第一王子夫人の実家に辿り着いたら、その詳細が伝わってしまう可能性が非常に高い。
そうなったらブレナク王室が何を言ってくるか。そして何を言ってきたとしても、第二王子とそれを支援する貴族たちに何らかの沙汰が下されるだろう。それだけは絶対に避けなければ。
「じゃ、お休み」
「うん、お疲れ様」
体力的に一番キツい役と言うことで、工房へ夕方戻ってくると食事もそこそこにすぐに休ませてもらう。
「ふう」
工房と行き来しながらの移動開始から二日。今のところ追っ手の気配はないどころか、他に通行している旅人とすれ違うこともなく、順調そのもの。
「いろいろと……うん、アレだな。うん」
中身は充分すぎるほどにオッサンだが、肉体的にはまだ成熟していないリョータにとって、色々とキツい。
「はあ……寝よ」
馬に乗って移動というのは結構キツく、それなりに体を動かして鍛えられていたつもりでも両足の筋肉がパンパンに張っている。単純に乗り慣れていないので、力のかけ具合がよくわからないというのもあるが、それ以上に……は言わなくても良いだろう。翌朝には回復してしまうと言うのもありがたいが、それでもしっかり休まねばと、目を閉じた。
「大丈夫?」
「結構慣れてきた」
三日目ともなると、馬に乗るコツもつかめてきてあまり疲れなくなってきたのでエリスが少しペースを上げる。馬に負担にならない程度でリョータの様子を見ながら。
そして余裕が出来ると色々と余計なことに気が回るようになる。主に柔らかさとか。
「はあ……」
「リョータ、ホントに大丈夫?」
「あ、うん」
「でも、なんか辛そう」
「ああ、うん。その、なんだ……荒野を越えた先、どうするかなって考えないとならないんだよなって」
「そっか。そうだよね」
荒野を越えたら馬車移動に戻すというのは一つの案ではあるが、貴族の紋章のついた馬車を走らせるのはリスクが高い。
「ま、荒野を越えたとこの状況見ながら相談だな」
「うん!」
「なんか……ゴキゲンだね」
「え?そ、そう……かな?」
ポーレットが仲間に加わって以降、リョータと二人きりという時間が少なくなったどころかほとんど無くなっていたので、エリス的にこの移動方法は嬉しくてたまらないのだが、口に出すのはちょっと恥ずかしいし、変にリョータが意識してもちょっと、と思っているので誤魔化す。




