使用人にだって限界がある
「リョータ……えっと?」
「よしよし、くらいかな」
それぞれが両方にしがみついてしまってエリスが戸惑うが、リョータだってこういうときにどうすればいいかなんてわからないので、とりあえず頭をなでるくらいしか思いつかない。
それにしても、信用して良いはずのアンヌすら拒絶とはなかなか厄介だな。既に冒険者の護衛という金銭だけのつながりだけを信じるようになってしまっているとは。だが、信用していた、慕っていた使用人という者に裏切られたのだから、仕方ないか。
十分ほどしてようやく泣き止んだところで朝食にするが、二人ともなかなか手をつけようとしない。リョータたちが「これ、ポーレットが作った奴だから」と言って手をつけはじめたらようやく少しずつ、といった感じだからこの先が思いやられる。それでも、食べることで少し落ち着いたようなので、改めて話をする。
「で、どうします?」
「どう、というのは?」
ヴェルナはギュッと両手を膝の上で握りしめたまま動かないが、デリックは兄としてしっかりしなければと言う心意気なのか、こちらの問いに答えてきた。
「このまま荒野を越えるか、イーリッジに戻るか。どうしますか?」
「えーと……このままブレナクに向かうのはダメなのでしょうか?」
「ポーレット」
「はい。畏れながら申し上げます。荒野をこのまま越えるのはかなり厳しい状況です」
「かなり……ですか」
「はい。正直なところ、お二人を連れてと言うのが非常に厳しいです」
「ええと……」
どうやらリョータたちが護衛にいるのだから大丈夫と思っているようだが、単純にそうも行かないと言う話をしなければなるまい。
「まず、イーリッジに戻る方から話します。正直なところ何事もなく戻れるかどうかが微妙です」
「微妙?」
「他にも襲撃者を手配している可能性がゼロではありません」
ここまでの間に五十名以上を投入している時点でそろそろ諦めろと言いたいが、これだけ人数を投入してしまうと後に引けないとも言える。恐らく戻る場合は、今までに無い規模での待ち伏せも警戒した方がいいだろう。
「それに、無事に王都まで辿り着いたとしても、その後どうするかという話になります」
「その後?」
「……第二王子派の最終目標は、第二王子が国王になる事。現国王が退位するなり何なりして第二王子が国王に即位するまで、何年かかるでしょうか?」
「あ……」
現国王が余命幾ばくも無いという状況ならともかく、それほど高齢でもなく、健康上の問題も抱えていないと聞いている。少なく見積もってもあと十年は現役だろう。そしてさすがにこの先十年以上、護衛をするのは契約外。そして、依頼されても丁重にお断りしたい。
「で、では!ブレナクへ向かうのは!」
「この人員では難しいです」
まず、馬車の問題だ。
現状、二台の馬車で移動しているが、一台は子供たちを乗せており、荷物を乗せるスペースはあまり多くなく、これ一台に荒野を越える荷物を全て積み込むのは不可能だ。
ではもう一台の方はと言うと、こちらはこちらで荷物を乗せるスペースを確保するために人の乗るスペースが犠牲になっていて、ここまでの間も使用人たちは馬車の中では座る事すら出来ていない。
馬車の中はウナギの寝床のようになっていて、わかりやすく言えば大型観光バスの下にある、交代用運転手が寝るスペース。アレが並んでいるのだ。使用人という立場でアレコレ気を回すために、僅かな時間でも休憩を取りたいというならともかく、子供たち二人を乗せるには適さない。
となれば必然的に馬車二台での移動となるのだが、続いての問題、御者がいないというのが待っている。
ここにいる中で御者を出来るのはアンヌとポーレット、かろうじてエリス。リョータもここまでの間に多少は教えてもらったが、緊急時に数分交代するのがせいぜいで、頭数には入れられない。そして、エリスは出来れば周囲の警戒、索敵を担当させたいとなると、アンヌとポーレットだけとなり、二人の負担が大きすぎる。
それではと、休憩の頻度を上げたらそれだけ時間がかかるという事になる上に、アンヌは子供たちの世話もしなければならないと言う、ブラックな労働環境に足を踏み入れる事になってしまう。
「いえ、大丈夫です」
「却下します」
アンヌが大丈夫、やってみせると言うがリョータは却下する。
最初の数日は良くても、荒野の真ん中で過労で倒れられたりしたら詰みだ。
「ククク……」
「諦めろ」
「ここで終わりだ」
忌々しい事に、トマス以下使用人たちが縛られたままこの状況を見てほくそ笑んでいる。ナイフで刺されて結構な出血だというのに元気なじいさんだな。
「では……えっと……その……」
「この状況、理解いただけましたか?」
「それは……はい」
「とても大変なことだというのはわかりました」
まだ幼いのに聡明で助かる。
「その状況を踏まえてお二人に確認します」
「はい」
「な、なんでしょうか」
雇い主である子供たち二人の意志を最大限に尊重する方針はブレさせない。
「荒野を越えて、ブレナク、お二人の祖父母のところまで、行きたいですか?それとも住み慣れた王都へ戻りたいですか?」
二人が顔を見合わせて、揃って答えた。
「「ブレナクへ行きたいです」」
「わかりました……最善を尽くします」
返事がどうだったとしてもここを早急に離れる必要はあったので、まずは移動の準備をしようと立ち上がると、アンヌがすがり付かんばかりの勢いで来る。
「あのっ」
「アンヌさん、とにかくここを移動しますので荷物をまとめてください。俺たちはアレを片付けてきますので」
「はい」
二人の意思は確認した。ならばそれを叶えるためになんでもするだけ。そのためにはいつまでもここで実りのない会話をしていてもしょうが無い。
何より、ここはまだ荒野に入ったばかりの場所。新たな追っ手が来ないとも限らないので、まずはここを離れる事を優先すべく動き出す。
荷物の方はアンヌとポーレットに任せ、スタンガンを数発放ちながらエリスと共に元使用人たちのところへ。
「聞こえていたかも知れないけど、俺たちはこのまま荒野を越える」
「……」
「出来るわけないって言いたげだな。だが、やり遂げてみせる。と言ってもその結果をあんたらが知る術は無いけど」
スタンガンを食らいすぎてろくに口もきけなくなっているのをいいことに、こちらから言いたいことだけ言ってから、落とし穴の中へ蹴り落とす。上から降ってきたのに押しつぶされた、既に落ちていた連中のうめき声が聞こえるが気にしない。
「これで全部?」
「はい」
ここで襲撃があった事、迎撃した事の痕跡を消すため、襲撃者たちの手荷物やら、罠としてはっておいたロープを穴の中に放り込むと魔法で地面を操作。押しのけておいた岩盤を元通りに埋めながら穴を完全に塞ぐ。塞ぐ時に潰されるおっさんたちの悲鳴が聞こえた気がするが、気のせい。よく見れば何かをやった痕跡があるようにも見えるかな?と言う程度に綺麗になったところで終了だ。
「よし、片付いたな」
「でもリョータ、どうするの?」
「ん?」
「私たちだけなら大丈夫だけど、あの子たちを連れて荒野を越えるのって、結構キツいと思うよ?」
「まあね」
「もしかして?」
「それしかないだろうな」
エリスが考えている案、しかないだろうな。
「とりあえず日が傾くくらいまでは東へ進もう。急ぐ必要は無い」
「わかった」
「はい」
ガラガラと車輪を鳴らしながら馬車が進む。ずいぶん人数が減ったために、心なしか音も軽くなったような気がするが、この先の事を考えると気が重い。




