お子様たちの限界?
短く呟いてトマスが素早く剣を振り下ろす。一瞬遅れてポーレットが剣を振り上げ、カチンと言う金属音と共にトマスの剣が根元から切断される。が、
「その程度」
彼ら三人の持つ剣の切れ味は既に知っている。だが、その剣を奪われることは想定していまいと、素早く左手首を回し、ポーレットの手首を叩き、剣をはじくと右手でキャッチ。そのまま頭を狙って振り下ろすと、意外にもポーレットがその動きに反応しており……素早くナイフに持ち替えて突っ込んできていた。
「痛っ」
「か……は……」
それほど上等では無いが、薄さの割に固い皮と金属の補強の入った鎧はたかがナイフにあっけなく貫通された。その一方で振り下ろした剣はポーレットの被っている革兜に当たり、ちょっと痛いと言った程度。所詮は中古の短剣。重量も大したことないことも相まって、このくらいだとそれなりに経験を積みながら鍛えられていたポーレットにとってはハリセンで叩かれた程度にしか感じない。
「……っとと、っと」
「ぐ……何……」
ナイフの刃渡りは短く、鎧の厚さと鎧下のおかげでそれほど傷は深くないが、それでも肺に届きそうな程度には深く、思わず足が止まる。このナイフの切れ味はこの短剣と同等レベルか?だが、なぜこの短剣、まともに斬れないのだ?
「ポーレット、下がって」
「はいっ」
ポーレットが飛び退くと同時にリョータのスタンガンが放たれ、蹴破られた窓から出ようとしていた使用人たちとトマスを昏倒させた。
「ぐ……は……」
「クソ……」
「馬車の中にももう一発スタンガン、と」
「ぐはっ」
「くっ」
あとは縛り上げて終了、だな。
「本当に申し訳ありません」
「いえいえ。これが仕事ですから」
日が昇る頃にようやく気がついたアンヌが馬車を飛び出してきて数秒。綺麗に縛り上げられた他の使用人たちと穴の中から聞こえるうめき声にだいたいの状況を把握したアンヌが謝罪の言葉を口にする。だが、リョータたちにしてみればこれが仕事。頼まれた仕事をしただけで謝罪されるのは居心地が悪いので、とりあえず状況説明をしつつ、アンヌからもいくつかの説明を受ける。
第一王子こと、マーカス・ドゥーリフが成人し、ヘイリーを妻として迎え入れたとき、イーリッジ王家の通例として一旦独立した。そしてその時に、身の回りの世話や事務方をこなすための人材としてトマス、アンヌをはじめとする使用人たちが選ばれ、共に働き始めた。このときアンヌはトマスたちの技能に偏りがあることに少しばかりの違和感を覚えていた。情報収集や護身術などに長けているくせに、書類仕事や家事などが不得手とか、使用人としては半端すぎるどころか役に立つのかと。だが、アンヌの立場上、それを口にすることはできなかったし、他の使用人たちも合わせれば特に第一王子一家を支えるに不都合は無かったのでそれ以上口を挟むことはしなかった。
だが、それからしばらくして子供たちが生まれ、先日の暗殺。このとき、トマスたちは突然の体調不良を理由に同行しなかったのだが、これも今から考えれば不自然だった。高熱が出ているとか、どこかが痛むといった症状がある様子も無く、ただ「体調が今ひとつでして、歳ですかな」というのは……トマス一人だけならあり得るとも言えるが、一斉にというのはおかしい。しかし、使用人全員が倒れたというわけでも無いなら予定は予定としてこなさねばならず、出掛けた結果がアレである。しかもどうにかこうにか戻ってみれば、体調不良を理由に残っていた使用人たちは全員ピンピンしている。
しかし、アンヌと同時期に入った使用人で生きているのはアンヌと今回目の前で縛り上げられている者のみで、相談出来る相手もいない状況。今回の荒野越えはアンヌにとってもかなり危険な賭けだったのである。
「そういうわけで、リョータ様たちにはなんとお礼を申し上げればよいのか」
「護衛の仕事ですから」
「いえ、そう言うわけには」
「仕事ですから」
「えっと……」
「仕事ですから」
「……はい」
とりあえずアンヌさんには納得してもらったが、さてこれからどうするか、と言う話もある。
「難しいところです」
「でしょうね」
イーリッジに戻り、状況をそれなりの所に訴えれば、第二王子派に打撃どころか下手をすると首が飛ぶかもしれない、物理的に。第一王子夫妻だけで無くその子供たちも殺害しようとしたとなれば、国王に対する反逆罪に相当すると言ってもいいハズだし。イーリッジの常識はよく知らないけど。
だが、戻るのは危険と言えば危険。あの子供たちはもちろん、リョータたちも色々な意味で目立つため、こっそり戻るというのは難しい。つまり、作戦が失敗したと知った第二王子派が次に何をしでかすかと言うことになる。
ではこのままブレナクへ向かうのは?これもまた厳しい話だというのがポーレットの言。
「冒険者だけで荒野を越えると言うときでも、最低五人は必要と言われています」
「六人いるんだが」
「失礼を承知で言うなら、子供たちは頭数に入れるどころかむしろマイナスです」
「ま、そうだろうな」
王族の子として生まれ、蝶よ花よと育てられた二人がこの荒野を越えるというのはかなり厳しい。それを承知した上で、使用人を多くしてどうにかしようとした結果がこれだ。
ふと視線を感じてそちらに目をやると、スタンガン連打による気絶から立ち直ったらしいトマスがこちらをふてぶてしい目つきで見ていた。
「まあ、言わんとするところはだいたいわかるが……言ってみろ」
「戻った方がいいぞ」
猿ぐつわを外して第一声がこれだ。
「へえ?」
「子供二人連れて、お前たちだけでこの荒野が渡れると思うか?戻った方が賢明だ」
「ご高説どうも」
それ以上聞くことも無いのでスタンガンで昏倒させて猿ぐつわを噛ませておく。
「と言う意見がありましたが」
「でも、きっと」
「ですよねえ……失敗した場合のことを考えて、ってのがありそうです」
「リョータ」
「ん?」
「子供たちが起きたみたい」
「そうか」
エリスが馬車内の音を聞きつけ、それを受けてアンヌが立ち上がる。
「お二人の身支度をしてきます」
「じゃ、朝食の用意はこちらでしておきますが……外に出すのはちょっと待ってもらっていいですか?」
「わかりました」
「ポーレット、簡単でいいからメシの仕度。エリス、こいつら片付けるぞ」
「「はい」」
「ううっうわああああん」
「ひっく……ひっぐ……なんで……なんで!」
「ドマズぅぅ……えっぐ……」
襲撃者のうち、穴に落ちていていなかったのを全部放り込み、トマスたちを改めて縛り直したところでアンヌから合図。とりあえず出してもいいと双方が判断し、なんだかよくわからない状況になっている理由を説明した結果がこれだった。
わからないでもない。
王族、それも次期国王の可能性が最も高い第一王子夫妻なんて、王国内での忙しさはトップクラスで、おそらく子供たちと接する時間は使用人たちの方が長いくらいだろう。子供たちに施される様々な教育で、両親と自由に接することが難しい立場だと言うことを頭で理解させたとしても、それはそれだ。そんな環境だからこそ、使用人たちを本当の両親祖父母のように慕っていたはずなのに、彼らが裏切った。いや、裏切ったならまだ良い。何しろ最初から隙あらば殺害することを前提に入り込んでいたのだから、これまでに向けられた優しい笑顔も、よくできたと褒める言葉も全て嘘っぱちだったとなれば、一体何を信じれば良いのか。
両親が亡くなったことを悲しみながらも、それを表に出してはならぬと堪え、必死に普段通りを振る舞っていたのだろうが、限界を超えるのも仕方ないだろう。
「あの……えっと……」
「やっ」
アンヌが必死になだめようとするが、二人はアンヌも拒絶。並んで座っていたリョータとエリスにひしとしがみついてしまった。




