撃退してやった
後顧の憂いを断つためにもきちんと仕留めておいた方がいいだろうな。
「トマスさん、あの開けた辺りで止めてください」
「承知しました」
手綱を握るトマスに告げると戦闘態勢。
あの辺とあの辺に多く隠れてる、と言う場所を教えてもらうと、魔法のイメージを構築していく。
「弱めのスタンガン」
馬車が止まるのとほぼ同時に、狙った場所でバチンと言う音と、あまり聞きたくない男の悲鳴。静電気のバチッという奴よりは強く、弾かれたような痛みはあるが気絶はしないという程度の電撃に、茂みからゴロゴロとむさ苦しい連中が転がり出てきた。
「もう一発……今度は強めのスタンガン」
むさ苦しい男が十数名、涎をたらしながらピクピク痙攣するという誰も得しない景色の完成。そして、これだけ倒れたというのに、他の隠れていた者と追ってきていた者たちが、馬車を取り囲む。コイツら、勝てそうにないとかそう言う判断はしないのかね?
「くっそ、何をしやがった!」
「それ、答える必要ある?」
義務もなければ義理もないし、サービス精神も持ち合わせていないので、問答無用。
「スタンガン」
放たれた魔法がまたバチッと弾けて数名倒れる一方で、リョータを危険と判断した数名がそのまま馬車に突っ込んできた。
「スタンガン魔法の欠点だよな」
あくまでも放電現象を引き起こしているだけで、ある程度以上離れると効果が無いとか、近すぎると自分も食らうというのはちょっと残念だな。今後も改良の余地がありとして研究していくか。そんなどうでもいい事を思っている横でエリスとポーレットがこの数日間、工房で作った魔方陣を描いた紙を男たちの足下へ向けて投げる。
少しの重しと、開いた形を維持するための芯を入れておいたそれはスルリと男たちの足下へ落ち、男たちが特に気にせずに踏むと、その姿が消えた。
「なっ!何……がっ?!」
ギリギリのところで「ヤバいかも」と思ったらしいのが二人、紙を踏む直前で立ち止まり、驚きの声を上げる。
「何がと聞かれて答えると思うか?」
「くっ……」
「エリス、他に隠れているのは?」
「んー、いないね」
「なっ!」
いや、獣人の五感を侮るなよ。特にエリスはすごいんだぞ、と言いたいがぐっとこらえる。
「死んでるかどうか心配ならそれを踏め。そうすりゃすぐに何が起きたかわかるぞ」
「そう言われて踏むと思うか?」
ですよねー。
「ま、いいんだけどな」
二人相手ならスタンガンを直撃させるのは容易く、あっという間にむさ苦しい男たちが聞き苦しいうめき声を上げる地獄絵図の完成となった。
「フム、噂以上の手際ですな」
「どうも」
トマスの称賛を軽く受け流して、転がっている汚い物体のところへ向かう。時折動くのでスタンガンを数発追加しながら。
「そいつら、どうするので?」
殺すのかという意味だ。
「うーん、連れて歩くのは邪魔ですね。殺して埋めるのが手っ取り早いか」
「賞金がかかっているかも知れませんよ」
賞金?いらないな。
「賞金がかかっていたとしても手続きに時間がかかりそうなので、止めておきます」
男たちがビクッと怯えたような反応をするが、気にしたら負けだ。
「とりあえず、誰に指示された?」
黒幕くらいは吐かせようかと質問してみたが無駄だった。ちゃんと、ナイフで石をスパスパ切るというパフォーマンスも交えたが、ここにいないコイツらの仲間のなかでちょっと立場が上の奴がどこかからもらってきた仕事らしく、そいつが誰から話を聞いたのか、知っている者がいなかった。
「情報源としての価値は無し、と」
「それでは、解放するので?」
「解放したら、きっと懲りずにまた追ってくるのでこうします」
魔法陣を描いた紙を広げ、その上に男を乗せるとその姿が瞬時に消える。
「全員、この上に乗せます」
「それは一体どういうものなのですか?」
「秘密です」
「……わかりました」
トマスは念のため馬と馬車の点検をすると馬車の方へ行ったので、エリスたちと一緒に男たちを魔法陣から送り出す。縛り上げる手間もなくポンポン乗せるだけでいいから簡単でいいな、これ。
ちなみに転移先は、先日崖に描いた魔法陣。崖の壁面に描いたから転移先は当然垂直の崖。いきなりそんなところに転移させられたら、落下するしかない。一応、下は砂浜があったが、高さは二十メートルほどあったので、無事で済むとは思えない。何しろ、まだスタンガンの影響でまともに体も動かないから。オマケに、いきなりどこかに、という状況になればすぐに追ってくる事はまず無いだろう。
「縛って片付けるよりも楽ですし、殺して埋めるよりも面倒がないですね」
「まあな」
ポーレットはこういうのもよく経験しているのだろうかサバサバした感じでズルズル引っ張ってきているが、エリスは多少思うところもあるようだ。
「ちゃんと死んでくれるといいんですけど」
思ったより過激な考え方だった件。まあ、盗賊だの何だのと言う、誰かを襲うと言うことに対して思うところの方が大きいか。
片付け終えて馬車の点検も済むと再び走り出す。さすがに一度に二十名弱を撃退したのだからしばらくは襲ってくることもないと願いたい。と言うか、このまま何ごとも無く行きたい。
願いが届いたのかどうかはわからないが、そのまま泊まる予定の村まで無事に到着。翌朝まで何ごとも無く過ごし、予定通り村を出発した。
街に立ち寄らない方針という事で、二日目からは海の方へ向かう道を走る。海岸沿いの道に出たらあとはそのまま東へ。
イーリッジは魔の森に面した街を結ぶ街道と、海沿いの村を結ぶ道が明確に分かれているので、こんなルートもとれるというわけだ。そして当然ながら、村と村を結ぶような道は通る者も少なく、日に一、二組の行商人などとすれ違えば良い方というレベルになると、周囲の警戒もしやすくなる。
こんな状況で貴族の紋章を掲げている馬車にわざわざ近づいてくる者なんて、どうせロクでもない連中だからだ。近づいてくるもの全てを警戒する方針はわかりやすいが、追ってくる者もすれ違う者もほとんどいないので出来るだけエリスを休ませるようにしながら進んでいく。
幸いな事に道の北側はほとんどの場合砂浜が見えるか高い崖。南側に森が見えるが、ゆうに百メートルは離れており、相当な名手でも無い限り弓矢を射かけるのは難しい。
目に見える範囲だけ見ればいいなら、リョータとポーレットで充分で、エリスは夜の警戒をメインにする事となるのはごく自然な流れだった。
そして、村で宿に泊まる時にも二人の泊まる部屋の両側を押さえ、廊下に不寝番を置くようにすれば襲撃もしづらくなると言うもの。しかも、警戒能力の一番高いエリスは廊下ではなく、室内の窓際で待機して外からの襲撃にも備える。
とまあ、ここまでかなり警戒してきたのだが、何事もなく。
途中で一日雨が降ったが、馬車を止めるほどでもなく、予定通り十日の行程で国境、すなわち荒野の一歩手前の村が見えてきた。
「ん?村の入り口に誰かいますね」
御者台にいたポーレットからの報告に武器を取り、様子を確認しようとしたら御者をしているトマスがそれを制した。
「アレは、私が頼んだ商人です」
「トマスさんが?」
「ああ、正確に言うと当家が依頼した、ですな」
ああ、うん、細かい事はどうでもいいや。
「商人を手配とは?」
「王都を出る時に積み込んだ食料の補充です」
へ?
「充分積み込んだのでは?」
「それはもちろん。最悪の事態を想定して充分に積んでおります」
「ならどうして補充を?」
「我が主のためです」




