さっそく襲撃されそう
「冒険者の護衛を雇ったことをお伝えしたところ、誰を雇ったのかと聞かれまして」
「はい」
「少し悩んだのですが、隠す方がまずいと判断し、冒険者ギルドに確認の上で、リョータ様たちのお名前を出しました」
「そうですか」
「すると、「それならば安心だ」とのことでしたが、一体どういうことかと確認したところ、いくつかの国で話題になっているとか」
ほとんど通過しているだけのハズなのに、あちこちの王族貴族に名前が売れすぎのように思えるが……考えるのはやめておこう。一応冒険者ギルドに確認した上でって事らしいが……異世界に個人情報保護とか求めるのは無理だろうから、仕方ないか。
明日は日の出と共に出発すると言うことで、そのまま屋敷に泊まるよう言われたので従う。朝までにまた襲撃でもあるかと思ったが、そう言うことも無く、無事に出発。門の所まで近衛がそのまま護衛として同行してくれた。
「それでは我々はここまでとなります」
「道中の安全をお祈りしております」
見送られながら門を出ると、馬車は街道を東へ進む。
二頭立ての馬車が二台。先頭を走る馬車にデリックとヴェルナに、馬車内で面倒を見るための侍女が一人に、護衛としてリョータが乗り、御者台には御者をする使用人と、外の警戒用にエリス。後ろを走る馬車は主に荷物用だが、乗り切れなかった使用人とポーレットが乗り込んでいる。乗り切れなかったと言っても、御者の交代要員でもあるから無駄な人員はゼロ。
そして、イーリッジを抜けて荒野に出るまでの間は野営などはせずに村や街の宿を利用する予定。これは、旅慣れていない子供たちの疲労を極力抑えるための配慮だが、宿で襲撃を受けるおそれもあり、護衛のリョータたちにとっても気の抜けない部分である。
「あ、あの!」
「はい、何でしょうか」
街道を走り始めて五分ほど。デリックがヴェルナと目配せし、意を決したかのように問いかけてきた。
「ぼ……冒険の話、聞かせて下さい!」
来ると思った。だが、その場合の答えは事前にトマスから言われている。
「申し訳ありません」
「え……あ、あの……えっと」
「申し訳ありませんが、イーリッジを出るまでは我慢して下さい」
「イーリッジを出るまで?」
「はい」
トマスの用意した回答はとてもシンプルだが、納得出来る内容で、この二人にも言い聞かせれば大丈夫ですと言われていたので、そのまま伝える。
「お二人はまだ命を狙われている状況です」
「はい。それはわかっています」
「少なくともイーリッジを出て、荒野に入るまでは周囲の警戒をしておきたいのです」
「で、でも!あの獣人が」
「エリスは周囲の警戒という意味では信用出来ます。しかし、何かあったときに中で話に夢中になってしまっていたら、対応が遅れてしまいます」
「あ……」
「そう言うわけで、申し訳ありませんが、イーリッジを出るまで十日ほど我慢して下さい」
「それでは、イーリッジを出たら!」
「はい。色々とお話ししようと思っていますよ」
絵に描いたような喜色満面の二人に、同席している侍女のアンヌが顔を綻ばせながら、
「すみません、お手数をかけます」
と礼を述べた。
「お二人とも、リョータ様たちの話を聞けると楽しみにして「わーっ!」
「アンヌ!言っちゃダメ!」
二人を軽々と手玉にとっている様子は二人が幼い頃からの付き合いなのだろうとすぐにわかる。ちなみに、リョータを毒矢で撃ったのも彼女である。腕前もそうだが、いざというときの度胸もなかなかのものがありそうで頼もしい。
とりあえず二人とも自分たちが狙われていて護衛が必要だという事は理解しており、リョータが冒険譚を話していたら護衛にならないという事も理解しており、
「それまでの間は我慢しますね」
「はぁ……楽しみです」
と我慢する事を約束してくれたが、逆にハードルが上がった気がする。
とは言え、ポーレットに言わせると、
「ドラゴン討伐作戦とか、サンドワーム討伐とか、たっぷり脚色しても問題ないですよ。だいたい、普通の冒険者は一生のうちに一度、ドラゴンを討伐すれば良い方です」
「そうなのか?」
「オマケに小型とは言えドラゴンを二人だけで討伐とか、ワイバーンとか、シーサーペントとか、色々ありすぎですよ」
と言う事だったので、荒野を進んでいる間も話題は尽きないだろうと思う。
あまり熱中しない程度の他愛の無い、子供たち二人の話を聞きながら、時折コンコンと御者席の窓を叩き、
「エリス、どう?」
「問題ありません」
と確認するのは忘れないようにして進んでいく。
一時間ほど進んだところで、小休止。馬を休ませるのと御者の交代。護衛体制も交代し、リョータが御者席で周囲を警戒、ポーレットが馬車内、エリスは後ろの馬車で休憩。
もっとも、エリスは休憩しろと言っても常に周囲を警戒しているだろうけど。
やがて昼になると、昼食のために馬車を止める。
事前の話の通り、食事の用意は使用人たちがテキパキと進めていく。やけに手慣れているなと思ったが、この数年、第一王子夫妻が国内をあちこち視察してまわる事が多かったので、自然にこうなったという。
「そしてうまい」
「はい」
「こんなのを旅の最中に食べられるとは思いませんでした」
荒野に入ったら否が応でも携行食メインになるので、せめてそれまでの間はと、比較的手をかけた料理が並ぶ。
何でも出発前から下拵えをしておいて、かなり手間を省いているらしいが、冒険者はそう言う発想をしない。と言うか、そんなに料理が出来るなら冒険者なんてやらないか。
食事を終えて馬車に乗り込むところで、エリスがピク、と反応した。
「どうした?」
「追っ手がいる……かもしれないです」
「確実ではないと」
「はい」
街道を進んでいるのではなく、街道から少し外れた茂みを進んでいる気配があるという。
それに気づく時点で相当なものだと思うが、普通の冒険者も道中の新鮮な肉や臭み消しの香草を求めて茂みを進む事があるから今は断定出来ない。
とりあえず使用人たちに伝え、エリスが先頭の馬車の御者台で警戒する事にして走り出した。
「……」
子供たちもさすがに追っ手が来ているらしいと言うので緊張気味だが、緊張して大人しいぶんにはありがたいので、そのままにしておく。
「エリス、どう?」
「後ろから十人……前方で待ち伏せもあるようです」
「待ち伏せ?」
「この先の開けたあたりにいるようです」
相変わらずとんでもない嗅覚というしかないな。
「了解。馬車の速度を緩めてもらって、飛び降りて迎撃するか」
「わかりました」
エリスが小声で御者に伝えると、少しだけ馬車の速度が落ちていく。
「あ、あの!」
「はい?」
「大丈夫、ですよね?」
「ご安心を」
返事と同時に、トンと屋根の上にエリスが飛び乗る音がして、すぐに屋根の一部が開かれる。中からすぐに出られるようにと、今回のブレナク行きのために馬車を改造したのだが、早速役に立つのか。出来れば使わずに済ませたかったのだが。
「リョータ!」
「おう!」
手を伸ばしてエリスの手を掴むとグイと引き上げられた。
「さて、後ろは」
よしよし、後ろの馬車でもポーレットが御者台に移動したな。あれ?でもポーレットはあそこで何をするんだ?持っている武器はラビットソード。魔法は現在もまだ練習中でほぼ当たらない。今度弓矢でも持たせてみるか?矢代は自分で稼いだ分からさっ引けばいいし。
と、今はそんなことを考えている場合じゃない。周囲を見ると、なるほど少し怪しく動いている茂みが……あからさまだな。
「えっと、あそこか」
「うん……ぱっと数えられないくらいに隠れてる」
「了解」




