罠を作ろう
そんなことをやっていたら、上から声がかかった。
「大丈夫ですか?」
警戒して身構えながら上を見ると、三人……冒険者?つーか、「大丈夫ですか?」とは?どう対処したものかと思っていたらポーレットが一歩前に進み出た。
「もしかして、手伝ってもらえるんですか?」
「お、借金まみれのポーレットがいると言うことは、そっちのがリョータで、こっちがエリスか」
「ポーレット、知り合いか?」
「ヘルマンさんが動かしたと思われる冒険者、アード、レオン、リーズ。Aランクでヘルマンさんが動かすとしたら、というメンバーです」
「代わりに紹介どうも。アードだ」
「俺がレオン。こっちが」
「リーズよ」
礼には礼を持って。リョータたちも改めて自己紹介する。
「で、そっちのがリョータたちを面倒臭いことに巻き込んでる連中か」
「そうです」
「困ってるんですよ」
「ポーレットは別にいいだろ。いつものことだし」
「私、皆さんにどう言う認識をされているんで?」
不満を口にするがとりあえずスルー。
「ま、そこに転がしておくのも悪くないんだが、俺たちの方で引き受けよう」
「え?」
「ヘルマンが昔使っていた工房に閉じ込めておく。食い物と水は用意しておくから死ぬことはないけど、ひどい場所だぜ」
「ひどいって……ああ、言わなくていいです」
聞こうと思ったが、三人の表情がわかりやすく曇ったのでやめておく。多分、何かの薬草の汁をぶちまけてひどい臭いがついて取れなくなったとか、そう言うのだろう。ヘルマンを探しているときにエリスが露骨に変な顔をしていたところがいくつかあったから。
「一応俺たちの他にも何人か動いてる。多分ポーレットの予想してるような顔ぶれだな。まあ、見たところ腕は確かだから襲われても問題ないだろうが、後始末は俺らに任せてくれれば、簡単に済むぞ」
「それじゃ」
「あ、待って下さい」
三人がロープで縛った男たちを引きずっていこうとしたのをエリスが引き留めた。
「ん?何かな?」
「あの……私、ずっと周囲を警戒していたのに、三人が近づくの、気付きませんでした。一体どうやって、って」
エリスの問いに三人が「ほお」と感心する。
「俺たちはこれでもイーリッジでトップクラスの冒険者で、斥候を得意としている。ヘルマンからエリスがすごいって話は聞いていたから、気付かれないようにって備えてた。それだけだよ」
「で、でも!」
そう。エリスの索敵能力は嗅覚や聴覚が鋭いと言うだけでは説明がつかない次元だと自他共に認めており、エリスは慢心こそしないものの、接近する者を見逃すことはないように常に注意を払うことを心がけているのに、それが破られたのだ。
「そういう技術、とだけ」
「そうそう。簡単に手の内はさらさないって事」
「でもエリス。あなたの感覚の鋭さはあたしらも手を焼くレベルよ。自信を持ちなさい。そして、常に磨き続けなさい」
「だな。そうすりゃ俺たちでさえも気付かれずに近づくなんて出来なくなる。それは間違いない」
「……はい」
リョータは、エリスが未熟かと問われたらノーと答えるだろう。魔法こそリョータに及ばないものの、その索敵能力、機動力に迷いのない戦闘力は、こんな境遇でもなかったらとっくに冒険者のトップランカーになっていてもおかしくない。だが、エリスがそれで満足していないというのなら、彼らのアドバイスっぽいのが成長に繋がるなら。そして、エリスがそれを望むなら、好きにさせておこう。
「さて、色々と考えなければならないのだが」
「「はい」」
三人を見送って、今後について考える。街を出るまであと八日。ああやって陰ながら支えてもらえるとわかったとしても、自分の身は自分で守るのが鉄則だし、街を出たあとのことも考えなければなるまい。
「ポーレット、いい感じの店を教えてくれ。買いたい物は……」
「この村に何の用があるのですか?」
「んー、村自体に用はないな」
ドゥーリフ家に、数日王都を留守にするが期日までには戻ると伝え、向かったのが王都の北にある、ヘルマンと出会った刺身のうまい村。一通り準備を終えたら、いや、準備をしながら刺身を堪能してもいいだろうが、まずはやることをやろう。
「一番用があるのはコイツだな」
「工房ですか?」
「ちょっと作る物がある」
村の近くに設置した転移魔法陣に乗り、工房へ向かう。作る物は決まっているし、材料は工房にためこんだ物で十分に間に合う。作るのも大して手間ではないので、その間、二人は魔法の練習をしながら時間を潰してもらう。
「基本は転移魔法陣。だが、一方通行かつ、使い捨てにする」
今回用に調整した転移魔法陣用インクを作りながら、このイメージでいいだろうという図形を作り、目的の物を作っていく。
作業自体は簡単だが、作る量が多く、煮詰めたり魔方陣を大量に描くのに時間がかかったせいで四日もかかってしまったが、多分望み通りの物が出来たはずだ。
「と言うことで、試運転というか……まあ、本設置になるけどな」
「なんだかわかりませんが、何をどうするので?」
刺身のうまい村に戻るとそのまま海岸沿いを進み、いい感じの断崖絶壁へ。
「とりあえずこれ、持ってて。崖で作業するから」
「わかりました」
「気をつけて下さいね」
二人にロープを持ってもらい、崖を慎重に降りていく。高さは十メートル弱。このくらいだと、鍛えた冒険者ならどうにか対処出来ることもあるが、下はゴツゴツとした岩場になっており、何の用意もなく放り出されたら重傷は免れないという感じの場所。そんな崖の壁面に魔法陣を描いていく。
「よーし、いいぞ。上げてくれ」
そう頼んだのに、どういうわけかロープが緩められた。
「え?ちょ!」
「リョータ!」
直後に飛びだしてきたエリスに抱き止められてそのまま空中を蹴って崖の上に戻っていく。うん、エリスの情緒不安定っぷりが心配だ。でも、今のところ誰にも相談出来ないんだよな。状況が状況だけに。早いとこ奴隷紋を何とかしたい。そして、エリスのためにどこか良さそうな村でも探して、そこでのんびり暮らしてもらえるようにしてやりたいところだ。
さて、作業を終えたら動くかどうか試す。
「これをこうして……どうだ?」
「こっち、大丈夫です!」
「よし、もう一回!」
「あああ、紙が風で飛んでいく!」
うん、やはり欠陥が見つかった。ぶっつけ本番にしなくてよかった。
「使い捨てという前提だと、こんなのはどうでしょ?」
「やってみるか」
幸い、村は比較的大きく、ちょっとした日用品レベルの物なら売っているので、改良のための部材も簡単に手に入る。
どうにか改良を終え、王都に戻ったのは出発予定の前々日。屋敷に出向いて戻ったことを伝えに行こうと思ったら、入り口で衛兵に呼び止められた。
「ドゥーリフ家から伝言です」
「はい」
「街に戻り次第、一度顔を出して欲しいと。事前の連絡は不要とのことでした」
「わかりました」
門で人の出入りをチェックする衛兵も第二王子派の息がかかっているらしいので、コレも罠という可能性はあるが、屋敷に来いというのなら罠の可能性は低いハズと、向かってみたら執事のトマスから、
「急な変更で申し訳ないが、明日、出発としたい」
「また、急な話ですが……そちらの準備が出来た、と言うことですか?」
「はい」
何でもリョータたちが留守の間に、二度襲撃があったそうで、準備を急ぐことにした、とのことだった。
「えーと……大丈夫だったのですか?」
「ええ。王宮も事態を重く見ておりまして近衛騎士を数名、護衛に常駐させて下さいました」
さすがに近衛騎士は第二王子派ではなく、国王派。命令に忠実にこの家を守ってくれたのだが、近衛と言うだけあって国王が出かけるでもないのに王都を離れることは出来ないため、やはり道中の護衛を心配されたという。




